-作られた命、自然の村- Part 9
「何よこれ……」
メールに添付されていたのは一本の動画だった。動画の長さは五分にも満たないほど短いもので、アイリサは震える手で添付されていた動画を開く。そこに映っている姿は間違いなくマキミそのもので、家の障子に描かれている絵や風情のある座布団も全てアイリサが彼と付き合っている時から変わっておらず、見覚えのあるものだった。長く縮れた髪の毛に痩せた頬。大きくて高い鼻に、ハルサの首輪と同じ十字架のような紋章が付いたモノクルを付けている。前に会った時は優しい顔つきには好奇心を隠し切れないキラキラした瞳が輝いていたのだが、動画内のマキミの目はもはやそのような目では無くなっていた。
『……よう、アイリサ。
かなり元気そうだな』
マキミは片手をあげて軽く挨拶をする。
『……さて、君がこの動画見てるってことは……まあ俺は死んだんだろうな。
ははは、まるでドラマとかに出てくるようなイントロだろ?
俺の人生最後のジョークと思って笑ってくれ。
っと、こんなこと言ってる場合じゃなかったんだった。
何しろ時間が無くてな。
それと、この動画は見たらすぐに削除してくれ。
いいな?
――まず第一に君に謝らなけりゃいけない。
俺の研究内容についてだけど、君は当然知ってるよな?』
アイリサは数年前の事を思い出していた。マキミと共に大野田重工支配地域中の“遺跡”を廻った時の事を。そこで眠っていた数多くの“前時代”の兵器を掘り出し、それを大野田重工の役に立てるため仕組みを研究、解析し、己の技術とする。マキミはその部署を司る三番目の部長であり、アイリサはその補助をしていた。
『君にチームから離れてもらってから長くなる。
けれど、忘れていないはずだ。
俺の作り出した最高傑作……“鋼鉄の天使級”についてだ』
アイリサの記憶の奥底に閉じ込められていた単語が浮上してくる。“鋼鉄の天使級”と呼ばれる兵器……それは“大野田重工”の最高機密の一つ。“大野田重工”が世界で二番目に大きな企業に成りあがるために必要だった“力”だ。しかし、“遺跡”から発掘した技術にはブラックボックスの部分も多く、当然作り上げた“鋼鉄の天使級”問題は多かった。そして問題を解決するためにマキミがずっと探し求めていたのが“鍵”だ。アイリサが補助をしていた八年では終ぞ見つけることが出来なかった。
『実は……俺はずっと探してきていた“鍵”を見つけたんだ。
見つけたんだが……上に報告はしていない。
だが上層部は俺が見つけたことにもう気が付いてるだろう。
多分、俺はもうじき何者かによって殺される』
動画の中のマキミはため息をついて、充血している目頭を揉んだ。彼は本当に疲れ切っており、その表情はアイリサが知っているような明るいマキミではなく自分がしてしまったことの重大さに今更ながらどうしていいのか途方に暮れているようにも見えた。
『“鍵”は隠したんだ。
本当は破壊したかった…けど、出来なかった。
人並な言い方しかできないんだが、もし“鍵”の存在に他企業が気が付けば……言わなくても分かるだろう?
ただでさえこの星のパワーバランスは不安定だ。
しかし、ギリギリバランスを保てている。
だから“大野田重工”にも“ドロフスキー”にもどこにもこの“鍵”を渡すわけにはいかない。
俺は全てを葬り去ることにしたよ。
俺のこの研究室も、研究成果も、そして俺自身も。
俺の脳内を覗かれたらお終いだからな。
知ってしまった以上、俺ごと消し去らないといけない』
アイリサは何か言おうと口を開く。しかし動画だという事に気が付いてすぐに口を閉じ、前髪をぐしゃぐしゃと搔き乱した。当然動画内のマキミはそんなアイリサの様子など察する訳もなく淡々と話を続ける。
『それで……だ。
まあ、俺は死ぬ覚悟は出来てるんだが……。
アイリサ、実はお前に頼みたい事ってのは俺の大事な家族の事なんだ。
ああ、親父もお袋も死んでるからそういう家族って意味じゃないぞ。
五年以上前にお前に獣人を拾ったっていう話したよな?
こいつらの面倒を見てやって欲しいんだ』
「あんたバカじゃないの……」
過去のマキミは獣人に対して余り好ましい態度をとってこなかった。だからこそマキミのその願いに対してアイリサは信じられず、小さくそう呟いていた。
『ああ、当然ただでとは言わない。
それなりの金はこの動画が終わると同時にお前の口座に振り込まれる。
ついでに“ギャランティ”に話は通してある。
ツカサもハルサも自分達で働き、自分達で飯を食うだろう。
ただ“家”はアイツらに用意することはできない。
飼い主のいない獣人の末路は悲惨なものだ。
俺はこの二匹から家庭の……家族の温かさを教えてもらった。
お前、旦那と離婚してたっけ?
別居だったか?
いずれにせよ、お前にあいつらの新しい“ご主人様”になってやって欲しいんだ。
姉のツカサには家事全般をみっちりと叩き込んである。
だから家事全般させてやってくれ。
妹のハルサは……まあ家事に関しては色々と不器用だが戦闘センスは抜群だ。
……こんなもんか。
不思議なもんだな、死ぬ前に死んだあとのメッセージを残すなんてよ。
……………。
そうか……。
うん……。
俺は……俺は死ぬんだな……』
マキミは大きくため息をつき、がっくりと肩を落とす。モノクルを外し、疲れ切った身体を壁を背にしてもたれ掛かる。マキミはポケットから合成タバコを取り出すと咥え、大きく吸い込んで煙を吐き出した。動画内だというのにその匂いをアイリサはかすかに感じたような気がして思わず後ろを振り返る。そのままマキミは何も言わない時間がしばらく続くと、バタンと障子が開く音がして若く小さな女の子の声が動画に入ってきた。
『あっ、ご主人何やってるんスか?』
マキミは身体を起こし、声の方をニコっとして見る。
『何もしてないよ。
ただ疲れたから休んでいただけさ』
アイリサが見たことないような表情をしたマキミは優しい、我が子を見守る父親のようだった。
『こら、ハルサ!
ご主人様はお仕事中なんだから入っちゃダメでしょ!』
『えー!
なんでっスか!?
いいじゃないっスか、ご主人~!』
ドタバタと走る音が二つ聞こえる。ハルサをツカサが追いかけているのだろう。
『ハルサ!』
『いいんだよ、ツカサ。
さあ、仕事は終わりだ。
あっちで遊ぼうかハルサ』
『わーいっス!』
マキミが立ち上がり、カメラの方へと近づいてくる。そしてガサガサッとした物音と共に五分未満の動画は終わった。
※ ※ ※
「…ってことらしいのにゃ」
「そう……ですか……」
にゃは、とラプトクィリは適当に返事をして暇そうにベットで横になっている男の看病を続ける。男はすっかり大人しくなり、敵意を持っていないことがようやく伝わったのか静かにじっとラプトクィリの話をエクロレキュールと一緒に聞いていた。
「それであの嫌い方…ですか?
マキミさん…も…いい人に思える…です…?」
「にゃ〜…。
さっきも話した通りマキミはハルにゃん達の二番目の飼い主なのにゃ。
ハルにゃんが人間を嫌うのは一番初めの飼い主が原因なのにゃ」
「一番初めの…?」
聞きたそうにエクロレキュールは相槌を打ちながらラプトクィリの話の続きを待ったが、三分経ってもラプトクィリは何も話そうとしない。痺れを切らしたエクロレキュールは
「え…終わり……です…?」
と思わず聞いてしまったぐらいだ。ラプトクィリはあくびを一つして、え?というようにエクロレキュールを見る。
「それより前の話は知らんのにゃ。
そんなに聞きたかったら本人から直接聞いたらいいのにゃ」
そういうとハルサがいるであろう場所の地図をエクロレキュールに端末で見せた。この街の大雑把な地図が画面に映し出されており、ハルサの物と思われる赤い点が点滅している。
「ハルにゃんの首輪に取り付けられた発信機はいっつもボクからの指令で動くようになってるのにゃ。
ふんふん……。
これを見るに多分、すぐ近くの公園にいるのにゃ。
行って話を聞くといいのにゃ〜。
その間にボクはこいつと話しておくのにゃ。
かわいいボクとお話が出来るにゃんて幸せ者なのにゃ~」
エクロレキュールはラプトクィリと男の顔を交互に見て、頭を小さく下げると先ほど見せてもらった公園へと走り出す。降っていた雨は既に止む時間となっており、エクロレキュールは傘もささずに公園に辿り着くとベンチの上で横になって目を瞑っているハルサを見つけた。
「……ハルサ…」
「……なんスか?」
目を瞑っているハルサのケモミミがピクリと動き、尻尾が気怠そうに左右に揺れる。
「聞きたいことがある…です…」
「……………」
左右で違う色の瞳を持つハルサの目がゆっくりと開き、エクロレキュールの方を流し目で見る。
「隣…座る……です」
ハルサは起き上がると隣にエクロレキュールが座れるようにスペースを開ける。エクロレキュールは直ぐに横に座るとハルサの手を取り、真剣な眼差しで頼み込んだ。
「ハルサが……!
ハルサが…人間嫌いな理由……教えて欲しい……です……」
「えー……」
-作られた命、自然の村- Part 9 End
いつもありがとうございます。
また今後ともよろしくお願いいたします。




