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-作られた命、自然の村- Part 7

 二匹が男をエクロレキュールの家に連れ帰ってから丸二日間、男は目を覚まさなかった。当然獣人だらけのこの街に人間が来たことがバレたら大騒ぎになるのは自明の理だったので、二匹は出来るだけ裏道を通って男を運んだ。その間もハルサは本当に助けるのか、と

エクロレキュールに何度も質問し、その度にエクロレキュールは諭すように助ける、というのだった。そして三日目の明朝、男は目を覚ました。


「う…ここは…?」


 開いた男の目は濁ったグレーの色をしており、瞳の奥では機械の目であることを示すかのようにガラスで出来た水晶体レンズが天井の電気の光を跳ね返している。瞳の横には小さく“大野田サイバネティック工業”のロゴが入っている。久しぶりに出した声は声帯が萎びているのかかすれており、年相応の声ではあったのだが根本から人間があまり好きではないハルサからしたらあまり耳障りにしかならなかった。


「あ、目を覚ましたっス。

 便宜上、一応聞いておくっスけど気分はどうっスか?」


 はじめから突き放すような態度をとりつつも、ハルサは男の体が不審な動きをしないように監視を続ける。少しでも下手な真似をすれば男から奪ったナイフで男の息の根を止められるように小さな狼は構えていた。


「お前は誰だ?

 それに俺はいったい…?

 ああ、くそっ、頭がいてえ…。

 なあ、あんた……ここはどこなんだ?」


「質問ばっかりうるさいっスね。

 お前はさっさと体を治してここから出ていけばいいんスよ」


男は不安そうにキョロキョロと周りを見渡し、ハルサが持っているナイフを見つけると怯え始める。


「お、俺を殺すのか!?

 そうかお前ら、“ドロフスキー”の手先だな!?

 まさか、“シャウヤン製薬”と組んだのか!?

 そうなんだろ!?

 獣人が人間を殺したらどうなるのか知らないんじゃないよな!?」


「あー……うるせえっス本当に。

 ねえ、少し黙ったほうがいいっスよ」


耳障りな声で子犬のように喚く姿にハルサの苛立ちのボルテージが貯まる。


「ハルにゃん……。

 ボクがこいつの相手をするからエクロを呼んできてほしいのにゃ」


 このままハルサに相手をさせるのはまずいと思ったのかラプトクィリはハルサにエクロレキュールを呼んでくるように言いつけた。人間の男と一緒の部屋にいるのも嫌だったハルサからしたら正に願ったり叶ったりだ。


「分かったっス。

 もし何か下手な真似をしたらこれ、使えばいいっスから」


「大丈夫、大丈夫にゃ。

 丸二日寝てたんにゃから、直ぐには動けないのにゃ」


 ハルサが渡そうとしたナイフをラプトクィリは拒むとウインクして見せる。ハルサはラプトクィリがそういうなら、と椅子から立ち上がり外で洗濯物を干しているエクロレキュールの所に行くと男が目を覚ましたことを伝えた。


「おお…!

 本当…ですか…?

 よかった……です……」


 ラプトクィリの派手な紫色の下着を丁度干していたエクロレキュールは男が目を覚ましたことを聞いて、明るい表情になり、そしてほっとしたようだった。ハルサはその態度が少し面白くはなかったが、友達が嬉しそうなのに「水を差すようなことをいうのもな」と考え何も言わずにその場で踵を返す。


「ハルサ、部屋一緒に行く…です…。

 ね…?」


ハルサが来た道を戻っていると後ろからパタパタとエクロレキュールが追いかけて来た。そして外へ行こうとしていたハルサの服の裾をくいくいと引っ張ってくる。


「……行かないっスよ。

 人間が目覚めただけの話っスよね」


自分が思っていたよりもかなり低く、冷たい声がハルサの口から出ていた。エクロレキュールは何かに弾かれたようにハルサの裾を掴んでいた指を放す。二人の間には沈黙だけが流れる。


「ハルサ…。

 人間は……悪い人だけじゃない……ですよ…?」


 沈黙を破り、口を開いたのはエクロレキュールだったが、何気ないその一言は燻っていたハルサの怒りとやるせなさに火をつけるには十分だった。ハルサは振り返るとジロリとエクロレキュールを睨みつけ、牙をむき出しにして小さく唸る。


「またそれっスか。

 何回も言うっスけど、別に私はあいつに興味がないんスよ。

 少ししつこいっスよ、エクロ」


「ハルサ……」


 まるで消え入りそうな声は、廊下の空間に溶けてすぐに消える。いつも困り顔だったエクロレキュールの表情は更に困った顔になっていて、少し泣きそうにも見えた。そんな彼女の表情は燃えたばかりのハルサの怒りの炎に冷や水をぶっかけるのには十分だった。


「ごめんっス……。

 けど、私は…私は人間の事が大嫌いなんス…」


思わずハルサは謝る。しかし余計な一言を付け加えてしまう。


「なんで…そこまで…?」


「話したくないっス」


ハルサはそう吐き捨てると、廊下を一気に駆け抜けた。その先にある鉄の玄関のドアを蹴り飛ばすように開けて外に出ようとする。


「にゃあぁあ!?」


しかし、そこにラプトクィリが看病に使うのであろうお湯を持って出てきたのでハルサは思いっきりラプトクィリにぶつかってしまった。


「ハルにゃん!

 しっかり前を見て――にゃ?

 ハルにゃん!

 まだ話は終わってないのにゃ~!!

 どこに行くのにゃ!

 逃げるにゃ~~!!」


頭からお湯を被りびしょびしょになったラプトクィリは同じくびしょびしょになったハルサに拳を振り上げて説教しようとするが、ハルサはさっさと立ち上がると玄関から外へ飛び出してしまった。


「なんなのにゃ…」


残されたのは何がなんやら分からないずぶぬれになった哀れな猫が一匹だけ。


「大丈夫…ですか?」


「一体にゃにがにゃんだかわけ分からんのにゃ……」


 ラプトクィリはエクロレキュールに渡されたタオルで体を拭きながら尋ねる。エクロレキュールは困った表情のまま事の経緯を掻い摘んで話した。ただでさえ話すのが下手くそなエクロレキュールなのだからその説明もかなり時間がかかった。聞き終わった後ラプトクィリはまず一言目にこう言った。


「んーそうにゃねぇ……。

 とりあえずエクロ。

 ハルにゃんにそれは聞いちゃいけないことだったのにゃ」


「えっ……?」


エクロレキュールはラプトクィリの言葉に首を傾げる。


「ハルにゃんはその昔、今もかにゃ?

 人間によって酷い目に合ってきてるのにゃ。

 今生きてるのが不思議なぐらいなのにゃ」


「酷い目に合ってる…?」


「そうにゃ。

 人には人の価値観があるのにゃ。

 ハルにゃんの中で人間っていうのはとんでもなく醜い生き物っていう権化なのにゃ。

 そして恐怖の対象でもあるのにゃ。

 まあ、でも別にエクロは悪くはないのにゃ。

 そんなの知らにゃいのがデフォルトにゃからね~…」


「……そっ……か……です…」


しゅん、としてしまったエクロレキュールの頭をラプトクィリは撫でてやるとその頬っぺたを引っ張る。


「え、な、え…?」


「気にしちゃだめなのにゃ、エクロ。

 何があったのかは分かったにゃけど、どっちが悪いとかないのにゃ。

 むしろそうやってぶつかるのも友達なのにゃ。

 だから彼女が帰ってくるまで待てばいいのにゃ~。

 それか迎えに行ってあげるといいのにゃ」


 ラプトクィリは「青春にゃね~」と言いながら遠い目をして頷くと、くしゃくしゃになったタオルを空っぽの洗濯機の中に入れて再びお湯を貯めるために洗面所へと戻っていく。エクロレキュールはその場にポツンと立っていたが色々と考え、お湯を貯めているラプトクィリの近くに寄るとハルサに何があったのか教えてほしい、と尋ねた。


「えー、ボクも詳しくは分からないにゃけど…それでもいいのかにゃ?」


「はい。

 友達の事…ハルサの事もっと教えて欲しい…です……」




               -作られた命、自然の村- Part 7 End

先週の更新分、間違えてましたごめんなさい~~!!!!!!!


編集しましたのでまたよろしくお願いいたします!!!

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