-作られた命、自然の村- Part 6
「“兵器生命体”…?」
「そう…です…」
そう言いながらエクロレキュールは靴を脱ぐと、湖の砂浜に足を浸けた。湖にしては洗い波が真っ白なワンピースの端を濡らし、そこから滴る水滴が水面をキラキラと光らせる。いくつかの花弁がエクロレキュールの頭に付き、彼女はくすぐったそうに首を振る。
「生きてる兵器ってことっスよね?
うーん…私、初めて聞いたかも知れないっスよそんな概念…」
ハルサはビルの瓦礫に腰掛けると靴と靴下を脱いで、足先を少しだけ水面に浸けてみた。思ったよりも冷たい水は新鮮な感覚となって、ハルサに伝わってくる。水の冷たさに耳と尻尾の毛が逆立ったのを自分でも感じる。
「はじめて…ですか。
だとしても、あの、絶対、絶対に街の外の人間に…誰にも…言わないでほしい…です…」
生きた兵器が今こうしてハルサと会話をしているという事実が可笑しくて、少し半笑いになりながらも真剣な表情をしているエクロレキュールを前に表情を崩さない様にしつつハルサは目の前の真っ白な女の子を見つめた。見れば見るほど美しい人形のような少女が兵器と言われても全く実感が沸かない。だからこそハルサはそれを冗談と受け止めていた。
「言わないっスよ。
それにエクロが兵器だなんて面白い冗談っス!
案外ジョークのセンスもあるんスね?」
「そう…かな?
へへ、でも本当…です…」
「本当って……。
兵器って言われてもとっさに私には分からないっスよ。
それにどうしてそんな大切なことを私に教えたんス?」
エクロレキュールは冷たい湖から出ると靴と靴下を持ってハルサの横に腰掛ける。そして彼女はハルサの目の前まで近づくとまっすぐな瞳で正面から見据えてきた。
「ハルサは友達…だから…。
だから言う…です…」
友達、と面と向かって言われたのはタダノリ以来だった。
「そう……っスか…。
安心するといいっスよ。
エクロが兵器だろうが別に私は知ったこっちゃないっスから。
それで関係が変わるわけでもないっス!」
ハルサは咄嗟に照れくささから目をそらしてエクロレキュールにそう言う。
「ありがと…です…。
私……精神年齢が同じ友達…初めて…です…。
だから……うれしい……です…!」
「せ、精神年齢って…」
「えへへ、じ、冗談…です……」
「こんのぉ……!」
二匹はケラケラと楽しそうに笑う。心底から楽しく笑った事が少ないハルサは心の奥底がじんわりと温まるのを感じた。まるで姉のツカサに感じるような居心地の良さをエクロレキュールから感じていた。そんなハルサと同じぐらい楽しそうなエクロレキュールだったが、ふと何かを感じ、電撃攻撃を食らったように立ち上がった。
「エクロ?」
「静かに…です…」
ハルサに黙るように言い、エクロレキュールは耳を澄まして周囲の様子を伺う。ハルサも負けじと耳を澄まし、何か異変がないのか感じ取ろうとした。
「あっ!
エクロ!」
ハルサが呼んだが全く振り返らずにエクロレキュールはビルの瓦礫から水面に飛び降りると湖の中を腰まで浸かりながら勢いよく走っていく。ハルサも水に濡れるのは嫌だが、エクロレキュール一匹で行かせるのも不安に感じ、慌てて服を脱いで下着姿になるとエクロレキュールの後を追いかけた。湖の中でもありふれた廃ビルの裏側――丁度ハルサ達から見えない影の部分でエクロレキュールは立ち止まり、ハルサもそこにたどり着く。息を切らしながらエクロレキュールとハルサはそこにいた生き物を見てはっ、と息をのみ眉をしかめる。
「人間……!」
「そうっス…ね…」
廃ビルの影で死んだ魚のように浮かんでいるのは人間の男だった。二匹は再び顔を見合わせる。まず先に動いたのはエクロレキュールだった。彼女は男の近くに寄ると首元にそっとその細い人差し指を這わせる。
「生きてる…です…」
「まじっスか…。
でもまたなんでこんな所に…」
エクロレキュール曰く、どうやら息をしているらしい。男は中年ぐらいの見た目で、髪の毛には白髪が混じった黒だ。その体型はハルサが知っているようなお腹が出ている都市部の中年男性とは違いしっかりと引き締まっており、着ている服から企業に雇われている傭兵もしくは戦闘部隊に所属しているのが簡単に分かった。
「とりあえず運ぶ…です…。
ハルサ…手伝ってほしい…です…」
エクロレキュールは人間の男の手を引っ張り、何とか岸にまで運ぼうとする。
「え、助けるんスか!?」
驚いたハルサは思わず大きな声を出してしまった。
「そう…です」
エクロレキュールはその声にびくっとしながらも引っ張る手を放そうとしない。ここは水面だ。男の体はぷかぷかと浮かんでいるので運ぶのはこの二匹ならば簡単だろう。ましてハルサは戦闘用獣人だ。なんなら男を背負って運ぶ事も出来る。しかし……
「やめたほうがいいっ…スよ、エクロ。
人間は……人間は、災いを招くっスよ」
「ハルサ…」
ハルサの脳裏を、今まで人間にされてきたことがフラッシュバックする。自分のご主人を失い、姉を壊された経験だけでもハルサが人間を嫌うのは当たり前の事だ。常日頃から獣人は人間の“憂さ晴らし”として全世界で使われている。人間の事を好きな獣人なんてペットとして飼われている獣人ぐらいのものだ。
「こういう輩はここで殺したほうが身のためっス」
ハルサは男の服のベルト部分にしまわれているナイフを抜き取るとそれをエクロレキュールに見せる。ナイフは軍隊で使われているような短いものだったが、人を殺すには十分な長さだった。
「武器もしっかり持っているんスよこいつ。
今まで何人も殺してきたに決まってるんス。
それに体をサイバネで強化しているとしたらかなり厄介っスよ。
仕込み銃を持ってたらどうするんスか。
エクロ、不安分子はここで殺したほうがいいんスよ。
わざわざ考えなくても分かるはずっスよね」
ハルサはナイフの先をつん、と人差し指で軽く触る。太陽の光をしっかりと反射し、脂一つ付いていない、かなり綺麗に手入れされているナイフはいとも簡単にこの男の頸動脈を切り裂いてくれるだろう。
「私が殺るっスから。
危ないし、血がかかるから下がっていてくれっス。
こういう仕事は私が――」
そう言いながらナイフを持って男の喉に狙いを定めたハルサだったが、男とハルサの間にエクロレキュールがナイフから男を守るように立ちはだかる。
「エクロ!?」
「ダメ…です…。
殺すのは…絶対に…だめ…!」
今までにない程強い口調で拒絶を示したエクロレキュールに対し、ハルサは少し頭に血が上って矢継ぎ早に諭す。
「何言ってるんスか!?
こいつは人間で、私達獣人とは決して相容れないんスよ!?
もしこいつが生きて帰って、貴女の事をベラベラと喋ったら終わりなんスよ!?
こいつを生かすなら二度と街の外に出さないようにするぐらいの覚悟が必要なんスよ!?」
態度が急変したハルサに戸惑いながらもエクロレキュールはその場を動かない。動かずに
「だとしても……殺すのは……ダメ!」
ナイフを持っている手を震えながらエクロレキュールは抑えに来た。
「……分かったっスよ」
その真剣な眼差しに気圧され、逆にハルサが気圧されゆっくりとナイフを下す。
「でも、もしこいつが変な動きをしたら殺すっス。
それでいいっスよね?」
そのまま男のベルトについている鞘を引きちぎると、ハルサはナイフを仕舞う。
「……分かった…です…」
二匹は男を頑張って湖から引っ張り出すと上半身の服を脱がし傷を確認する。思ったより男の傷は浅く、二、三日もすれば回復するだろう。
「ベッドに…運ぶ…です…。
ハルサ……」
「あー、もう!
分かってるっスよ。
手伝う、手伝うっスから!」
ハルサは服を着ると、男の手を掴む。そしてエクロレキュールは足を持ち、二匹はひいひい言いながらあの長い長い階段を降りて行った。
-作られた命、自然の村- Part 6 End
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