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-作られた命、自然の村- Part 5

「かなり細かい雨っスね……」


「植物を育てるため……です…。

 昔の人類の遺産…です…」


 霧になっているほど細かい雨は屋根に集まると水滴となり垂れ、破れたビニールに当たりポツポツと小さな音を奏でる。雨は強くなる様子も弱くなる様子もなく、本当に機械的に降っているといった感じではあったが黒くない雨を見るのはハルサにとって野菜と等しく初めてだった。


「雨って黒くないんスね…」


「く…ろ……?」


不思議そうに首を傾げたエクロレキュールにハルサは教えてあげる。


「そうっスよ。

 大野田重工の土地の雨は基本的に全部黒いんス。

 だから私はデフォルトで雨は黒いものかと思ってたっスよ」


「えぇ……。

 ばっちぃ……です……」


「ばっちぃって…」


 二匹は他愛もない話でしばらく暇を潰す。居酒屋のおばさんが軒先で雨宿りしているエクロレキュールとハルサの姿を見ると獣人用のジュースを渡してくれた。それを飲みながらぼんやりと天井の人工星を見上げていると、あっという間に霧雨は止む時間になっていた。雨が止んですぐに獣人の姿がポツポツと現れ、賑やかさが少しずつ戻ってくる。人間による怒号も、喧嘩もない平和な空間を初めて味わっているハルサは商店街のまだ見ていないお店を見て回りたかった。


「後で見る…です。

 先にこっち…がいい…です…」


「め、めっちゃ引っ張るじゃないっスか!」


「時間が時間…」


が、エクロレキュールはどうしてもハルサに見せたい景色があるらしい。ハルサの服の裾を強めに引っ張り連行する。また帰ってくるときに見ればいいか、と思い直し小さな狼はエクロレキュールの後ろをついて歩き始めた。


「こっち…です」


「かなり遠いんスか?」


「ううん……。

 徒歩で…二十五分くらい…です…」


「結構っスね。

 そんな遠くまで行くとは思わなかったっス」


「そんなに遠くない…です…」


「体力お化けじゃないっスか」


 ガヤガヤとした賑やかな中心街は徒歩五分程で終わりを告げ、代わりに現れたのは大きな栽培用機械を内部に収納した巨大な四角い工場群だった。工場の入口や屋根には中で栽培しているのであろう野菜の絵がボロボロになってはいるもののうっすらと残っており、まだ元気に水蒸気のようなものを出して稼働している工場もあれば、使われずに完全に朽ち果ててしまっている物もあった。そしてどの工場にも大きな番号が振ってあり、所々読めない文字が記載されている。


「あ!

 エクロ、エクロ。

 さっきの雨はこの工場内の野菜には届かないんじゃないんスか?

 だって屋根あるっスよね?」


「……さっきの雨は…野菜用じゃない…です…。

 街に生えている…街路樹とか…花とか…です…」


「ああ、そういう…」


 不気味なほど静かな工場群の中を通っている道路を二十分程歩くと二匹はこの街の終わり、いわゆる壁にぶち当たった。ここがジオフロントの終わりの部分、一番の外周部だ。壁は鉄のような見知らぬ金属で出来ているようだったがメンテナンスする人がいない今は所々に錆が目立ち塗ってある塗料は剥がれ、ボロボロになっている。


「本来なら…メンテナンス用のロボットがいた…。

 けど……全部ダメになった…。

 この子が…最後の一台…だった…」


 エクロレキュールが指さした先には四角い箱のようなものがある。錆びた壁に寄りかかって倒れている四角い箱のような機械はメンテナンス用のロボットだったのだ。側面と正面にはこれまた今まで見たことない企業のロゴが付いている。胴体部のメンテナンス用ハッチのガラス部分は割れ、内部の機関は長年雨に打たれ、酸化した影響で二度と動かないぐらいにまで損傷していた。壊れてもう何十年も経過していることが簡単に見て取れる。


「ここから腐食が進んで最後はこの街の天井が落ちてくるんじゃないんスか?」


壁の錆はその奥の太い柱にまで浸食していた。そう尋ねたハルサに対してエクロレキュールは少し表情を曇らせたが直ぐに気を取り直してハルサの手を引く。


「…わからないです。

 まぁそれはいい…です。

 早く先に行こ…です」


エクロレキュールは分厚い三重になっているドアを片手で簡単そうに引っ張る。外の汚染物質を通さないための扉はその重みで自分自身が軋み、静かな空間にギギギと金属音を垂れ流す。ドアの奥には階段があり、それはかなり上階まで伸びていた。


「げー、すっごい階段じゃないっスか」


「いい運動になる…です。

 いいから行く…です」


「くぅん……」


ヒーヒー言いながら長い階段を登ったハルサを待ち受けていたのは一枚のこれまた大きなドア。


「え、これめっちゃ重くないっスか…?」


ドアノブを掴み押したハルサだったがドアノブはびくともしない。それもそのはずこのドアは本来は油圧で動く自動ドアなのだから。側面の開ボタンを押しても壊れているのかドアは開かない。


「今開ける…です…」


エクロレキュールはハルサと場所を変えると片手でドアノブをぐいっと押して見せた。錆びたドアは軋み、錆を可動部からボロボロと落としながらまるで新品のドアのように簡単に開く。


「まっぶしっス!」


「ふふ…」


 ドアの外から刺すように入ってきたのは久しぶりに見る太陽の熱いぐらいの光。暗い所から明るい所にいきなり出たハルサの目が慣れるよりも先に鼻をつん、と嗅いだことのない匂いが刺激し、湿気をたっぷりと含んだ空気が体の隙間を通り抜けてジオフロント内へと流れ込んでいく。甘いような、しょっぱい様な独特の香りとしか言いようのないその匂いはどこか心に安らぎをもたらすようだった。


「な、なんスかこの匂い……。

 というかこの場所…は……?」


 ようやく目が慣れたハルサの目の前に広がっていたのは大きな、大きな湖だった。海にも見間違えるほど激しい波が音を立てて砂浜に打ち付け水がチャプチャプと音を奏でる。砂浜には沢山のネジやパイプ、コンクリートの破片といった類が散乱していたがそれらは長年の劣化により角が取れている。決して穏やかではない湖の表面からは傷んで崩壊した沢山のビルの残骸が突き出していて、そこにかつてあったのであろう大都市の幻想を残していた。ビルを覆いつくすように緑色の蔦植物が茂り、黄色い小さな花が咲いている。その花弁が風に流されて真っ青な空と湖の青色に黄色が添えられていた。


「海…?」


「湖…です…」


「というか今はお昼だったんスね。

 全然気が付かなかったっス…」


「ずっと…下は暗い…ですから…」


 エクロレキュールは得意げに両手を広げてもっとこの景色を堪能するように体で示す。心地よい風が吹き、ハルサの長い髪の毛が風に靡く。ハルサは思いっきり息を鼻から吸い、口から吐き出す。久しぶりに吸った大気は甘く、体に残っていた痛みや疲労が全て溶けて流れ出すようだった。と、ここでハルサは気が付く。


「エクロ…!!

 環境汚染物質は!?

 私思いっきり息を吸っちゃったっスよ!?」


「大丈夫…です。

 ここは……そんなものない…です…」


「へ……?」


きょとんとしたハルサに説明するようにエクロレキュールが湖面を指さす。ハルサがじっと目を凝らして指の先を見ていると、キラリと何かが鋭く光を跳ね返して来た。


「魚…!?

 え、魚がいるんスかここ!?」


「そう…です……。

 しかもかなりおいしい…です…」


食べたのか、と心の隅で思いつつ環境汚染物質で汚染されきったこの星に自然が残っていることを疑問に思うハルサ。


「どうやってこんな……?」


「少し…“頑張った”です…」


そういってエクロレキュールはにこっと笑って見せた。


挿絵(By みてみん)



「“頑張った”……?

 どういう意味っスか…?」


「“そういう”意味…です…」


「???」


煙に巻かれて不思議な顔をしながら、小さな狼はふとこういう場所で自分と姉が暮らせたらなと改めて想像する。争い事なんてやめて、全てを忘れ、いっそここで暮らす事が出来たなら……。


「ここで自分が目覚めた時は酷かった…です。

 どんな生物も…生きれないような……」


「目覚めた?

 どんな生物も生きれないってまるで自分は生物じゃないかのような…?」


エクロレキュールは少し目を細め、胸に手を当てる。


「自分は“兵器”…です。

 大昔……“大崩壊”時代に作り出された…“兵器生命体”…です…」






                -作られた命、自然の村- Part 5 End

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