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-作られた命、自然の村- Part 4

 ハルサがルフトジウムに刺されてから約五日が経過した。初めの二日間は治癒のために寝ていただけのハルサだったが、三日目にもなると完全に傷口は塞がり動けば少しの痛みを発生させるものの日常生活に支障がない程度には動けるようになっていた。


「どう……?」


「体調自体は悪くないっス。

 痛みが少しあるぐらいで……」


「あれ……。

 あの武器、もう持てそう……です?」


エクロレキュールがおずおずと指さしたのは壁に立てかけてあるハルサのアメミットだ。ハルサは布団から起き上がるとアメミットの側に行き、傷がついた部分をサラリと撫でる。ルフトジウムの鋏の高熱で溶けて傷がついたのは外観だけで内部の機関部は全くの無傷で、アメミットはハルサが触ったことによりステータスランプを二回、青色に瞬かせた。


「こいつは全然大丈夫っスよ。

 もう振り回せるし、持てるっス!」


アメミットを持ち上げハルサはそれをエクロレキュールに見せびらかすように振り回して見せる。あまり部屋が広くは無いので壁に穴を開けない様に恐る恐るではあったが、それでも自らの体の回復をハルサが実感するには十分だった。


「まだ……痛む……です?」


振り回していたアメミットを壁に戻しハルサは椅子に腰掛ける。金属で出来た椅子は冷たくハルサのお尻を冷やしたので直ぐにハルサは立ち上がると布団の上に移動した。


「本当に少しだけっスけど……ね。

 それに体調はかなり元通りにはなってきてるっス。

 エクロがずっと看病してくれたお陰っスよ。

 ありがとうっス」


 出血で動けないハルサの体を濡れたタオルで拭いたり、患部の包帯を変えたり、ご飯を食べさせてくれたのはエクロレキュールとラプトクィリの二匹だった。特にエクロレキュールは寝なくてもいい体の作りらしく、ラプトクィリが寝ている間も側にいてくれたので少し捻くれた考え方をするハルサも友達を超えた命の恩人として感謝していた。


「え……へ……照れる……です……」


嬉しそうに赤と青の目を細めたエクロレキュールは自分の癖っ気を指先でくるくると回して照れ隠しをしながらも、隠しきれない鼓動の高まりが頬に少し赤みを差す。


「ハルサ……。

 少し……外を歩く……です。

 回復…早まるはず…です」


「そうっスね。

 まだ私はこの街をよく知らないからついでに案内してほしいっス!」




      ※  ※  ※




 ハルサとエクロレキュールの二匹はラプトクィリに「外出する」と伝え建物から外に出た。ラプトクィリは心配して付いて行きたがったがなにやら仕事があるようで躍起になってパソコンと格闘している。サイバーキャットの邪魔をしないように二匹は外、といってもジオフロントなので厳密には中なのだが、太陽光の無い夜の様に真っ暗な外へと繰り出した。


「エクロ、結構いい家に住んでるんスね」


「えへ……。

 そう……かな……?

 みんな…各々いいなって…思った家に…住んでるだけ…です…」


「空き家ばかりだからっスか?」


「そう……です…」


 エクロレキュールが住んでいる家には“第六地区機材交換所”という朽ちかけた大きな看板が付いていた。建物の大きさはそれほど大きいわけではなく、正に平屋という表現がぴったりだ。明かりが全く入ってこない状況にも関わらず家の周りにはなぜか沢山の花が咲いており、家周辺を甘い香りが包んでいた。エクロレキュール曰く花は気が付いたら何故か生えていたらしい。彼女の住んでいる場所は他の場所よりも一段高い所にあるので、道路の先にポツポツとだが明かりが付いた小さな街並みがよく見える。どこか大野田重工都市のような雰囲気を漂わせつつ、別企業支配地域の文化も融合されており、独特としか言えない街は決して活気があるわけではない。ハルサは頭上にある提灯のようにも見える街灯を見上げ、レンガ造りになっている壁をそっと触る。


「……こんな場所初めてっスよ。

 沢山の文化が入り混じっていて変な感覚っス」


「ここは…奴隷の理想郷…。

 みんな…誰かに虐げられて…生きてきた獣人達…です。

 だから…ここでは…誰も差別はしない…です。

 上下関係なんて…ない…です」


 二匹はポツポツと歩き出す。遥か頭上にある天井には分厚い鉄板が張り巡らされていたが、その鉄板に埋め込まれたライトはキラキラとまるで星のように輝いている。本物の星空に見えるように設計者はかなり苦心しただろう。人工とはいえ家の外から出て星空が見えるのと見えないのでは大違いなのだから。


「あら、エクロちゃん。

 お散歩?」


「です……」


少し歩くと前から来た痩せた中年のアナグマの雌獣人がエクロレキュールに気が付き、手に持っているボロボロの袋からいくつかのきゅうりと人参を取り出して渡してきた。工場で切られていない生野菜を初めて見たハルサは目を真ん丸にして物珍しそうにきゅうりと人参を眺める。


「これ、お野菜。

 よかったら食べてねぇ~」


「ありがと……です」


ぺこりと頭を下げ、エクロレキュールはきゅうりと人参を受け取る。アナグマの獣人は嬉しそうに笑い手を振って


「いいのよこれくらい!

 あなたのお陰で私達は平和に暮らせてるからねぇ~!

 本当に感謝してるんだよ~!」


「いえ…皆さんの力…です…」


「ところで……この子は誰かしら?

 初めて見るけど」


エクロレキュールが貰った野菜をハルサはまだしげしげと観察していたが、その言葉に慌ててお辞儀をして自己紹介を始める。


「わ、私はハルサっス!

 狼で……戦闘用獣人っス!」


「戦闘用獣人!?

 こーんなにちっこくてかわいいのに!?」


「っス!」


アナグマ獣人はエクロレキュールの横に立っているハルサのほっぺを手でもちもちと挟み込み、頭を撫でる。完全にペットのような感覚で愛でられたハルサは混乱しながらも、敵意はまるで見られないので為されるがままに流されることにする。


「頬っぺたももっちもちだし尻尾もふっさふさでかわいいわねぇ……。

 こんなにかわいいのに戦闘用獣人だなんて……。

 そうそう、この街には戦闘用獣人も沢山いるわよ。

 でもね、ここなら無理に戦う必要はないの。

 のんびりと畑を耕して、家畜を育てて、雨が降ったら本を読むの。

 人間にこき使われる事もなく、媚び諂う必要もないのよ。

 みんな自分が得意なことをして生きているわ。

 貴女もここならきっと自分の生きたいように生きれるはずよ」


「っス……?」


ずっともにもにされ続けているハルサからしたらまるで話が頭に入ってこない。


「あら少し難しかったかしら?

 まあ、そのうちきっと分かるわよ~。

 そのお野菜はできるだけ早く食べるようにね。

 そしたらエクロちゃん、またね~」


「はい…また……です…」


 二匹はそのままトコトコと街の中央をめがけて歩く。およそ二十分程歩いただろうか。寂れた繁華街のような場所にたどり着く。過去には沢山の人間が住み、かなり賑わっていたであろう場所には今は人間はいないものの、かなりの数の獣人がいた。エクロレキュールを見つけたみんなは手を振ったり何か食べ物を差し出してくるので、その度にエクロレキュールはハルサを紹介し、ハルサはペコペコと頭を下げた。


「めっちゃ人気者じゃないっスか!」


「ふふ……。

 嬉しい…です」


「一体またなんでこんなに?」


「ごはん…。

 食べながら話す…です」


みんな楽しそうに買い物をし、ご飯を食べ、まるで人間のように振舞っている。話ができない程知能指数が低い獣人もそこでは椅子に座り、服を着て、一匹の、いや一人の獣人として認められているのだった。


「こんな所があるんスね……」


「やっと…ここまで来た……です。

 勝ち取った…自由…です」


「勝ち取った自由……っスか。

 姉様にも見せてあげたいっスよ。

 平和に暮らせるならそれに越したことはないっスから」


大野田重工での獣人の扱いが通常だと思っていたハルサからしたらこの場所は完全なまでに天国だった。復讐に気を取られて人を殺している今が終われば、姉を連れてここで暮らすのも悪くない。そう思いつつ、楽しそうに寂れた商店街のお店をエクロレキュールと共に見て回るハルサ。三十分程しただろうか。街中に小さなサイレンが響き渡る。


「?

 なんスか?」


『間もなく予定された雨の時間になります。

 雨の降り始めは午前十時から午前十時半までです。

 皆さん傘を持ちましょう』


「あ、五分後に雨が降る…です。

 大体三十分で止む……ですから……雨宿りするです…」


「こんな地下なのに雨っスか…」


街を見て回っていた二匹は明かりがついている茶屋の軒先に避難する。直ぐにサラサラとした小粒の雨が降り始め、街は霧雨に包まれた。






                -作られた命、自然の村- Part 4 End

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