-作られた命、自然の村- Part 2
「――っち!!」
思わずハルサはホログラムの仮面の下で大きな舌打ちをする。中華料理店で働く傍ら、ギャランティの施設でスタミナを増やす訓練を重ねに重ねたのだ……が、それでもまだまだ“奴”相手には足りないという事が明白になったのだから。戦闘用獣人としてスペックが劣っていることを嫌でも実感する結果にハルサが納得できるわけがない。
「オラオラ!
もうスタミナ切れか!?
そんなでっかい獲物は捨てちまえ!」
息を切らしているのが敵にバレないようにしているのだが、当然のように真っ白な髪の毛のアイツにそんな小細工は通用しない。
「ルフトジウムさん!
乗客の避難は完了しています!
好きに暴れちゃってください!
こいつらに逃げ場はありません!
大鎌の獣人を無力化し、赤髪の獣人も捕獲しちゃいましょう!
何としてでもここでこいつらとの因縁を終わらせて帰りましょう!」
巡航速度で走る“カテドラルレールウェイ”の巨大な蒸気機関車の上で夕日に赤く染まりながら三匹の獣人が争っている。一匹は身の丈よりも大きな“アメミット”と呼ばれる大鎌を持った小さな狼で、もう一匹は身の丈と同じぐらいの大きな鋏を持った白い髪の山羊だ。小さな狼はダボダボの防弾仕様のコートをはためかせ、鋏から吐き出された銃弾をその衣装の表面で弾いている。しかし、その動きは徐々に鈍ってきており勝負が長引けば長引くほど敗北が近づいていくのは誰の目からしても明らかだった。
『ハルにゃん!
もうこうなったら一回撤退するしかないのにゃ!』
「撤退って言ったってどこに……!」
骨振動で伝わってくるラプトクィリの言葉にハルサは息も絶え絶えに返事しようとするが目の前に迫ってくる鋏の刃を右へ左へと躱すので精一杯だ。当然ハルサが相手にしているのは目の前のルフトジウム一匹だけではなく、ルフトジウムの相棒でもあるウサギの獣人もだ。
「当たれ」
「っく――!」
鋭い鋏の刃を躱した先にサイントが放った銃弾が迫ってきており、ハルサはバック転しながら手を地面につけて腕力で無理やり自らの体の軌道を大きく変える。
「遠くから撃ってきて……!
マジでうざってぇっスあいつ…!」
地面を手で擦りつつ、体勢を立て直し大鎌を自分の体へと引き付ける。その流れで大鎌の先についた対物ライフルをウサギの獣人の方に向け躊躇いなく引き金を引く。
「っしゃァ!」
しかしルフトジウムが間髪入れずに、アメミットの間合いに踏み込んでくるとアメミットを鋏でがっちりと挟み込んで本体を持ち上げて銃口を上へと逸らした。大きな銃声と共にアメミットの銃口から音速をはるかに超える速度で徹甲弾が大空へと発射され、焼けた薬莢がチリンと地面に落ちて音を鳴らす。
「おいおい、お前の相手は俺だろうが。
連れないねぇ。
浮気しちゃうんだな?」
ハルサは思いっきり体を捻りつつ、大鎌を振りかぶって絡みついている鋏を解くと、大きく後ろに飛んでルフトジウムとの距離をとる。少しでも息を整え、次のルフトジウムからの攻撃に備えなければならない。
『ハルにゃん!
あと少しで列車は渓谷に差し掛かるにゃ!
水深がそこそこある川が流れてるのにゃ!!
ボクの合図で列車から同時に飛び降りるのにゃ!』
「飛び降り――っ!?」
「っはぁ!
やるなぁ!」
ラプトクィリからのとんでもない提案で激しく動揺したハルサの一瞬の隙を突いたルフトジウムの鋏の刃をハルサはアメミットの刃ではなく、太ももにつけた小刀でなんとか往なす。滑った鋏の刃と小刀とが摩擦で火花を散らし、鋏の刃がハルサの髪の毛を少し削り取る。もう少しそれていたら首に刃が刺さり戦闘不能にまで追い込まれていただろう。
「さっさと俺にその首を差し出しやがれ!」
「ルフトジウムさん!
もう少しです!」
「ちっ!
こんの……ォ…!」
小刀を逆手に持ち替え、すかさずルフトジウムの背中に突き刺そうとしたがそれを察知したウサギの獣人から正確極まりない援護射撃が飛んできて、今ハルサの持っている小刀を手から叩き落とす。
「そんな――!」
「もらった!」
完全に自分のプランを崩されたハルサは一瞬頭の中が空白になる。その瞬間、強い衝撃と共にハルサの腹部に違和感が生じた。ルフトジウムがハルサの手から零れ落ちた小刀をキャッチするとそれをすかさず腹部に突き刺したのだ。
「あ……え……?」
ハルサは自分の置かれた状況を直ぐには理解することが出来ず、自分の腹部から小刀の柄が生えているのをただぼんやりとだけ見ていた。何か声にしようと口を開くが肺はしぼみ、ただ心臓だけが早鐘のように脈打っている。
「ここまで俺を手こずらせたのはお前が初めてだったよ。
純粋に楽しかったぜ。
ありがとうな」
動きが完全に止まったハルサの首を刎ねる為にルフトジウムが大きく鋏を振りかぶる。
『ハルにゃん!
今がタイミングなのにゃ!
そのまま渓谷に倒れるのにゃ!』
「っ……!」
ハルサはラプトクィリの迫真の声ではっとすると自分の腹部からこぼれる血を手で掬い、ルフトジウムの顔面へと投げつける。
「うっ!?
てめっ――!」
すかさず襲ってきたのは強烈な痛み。今までハルサが感じたことのないようなその痛みは渓谷へと飛び込む恐怖を薄れさせるには十分だった。ルフトジウムの目を潰し、最後の力を振り絞ったハルサはアメミットを大事に握りしめると列車の天井から飛んだ。
「ふざけんな!!
てめぇ!
首を置いていけ!!」
目についた血を拭ったルフトジウムが落ちていくハルサを掴もうとする。しかしハルサの小さな体はするりとその手のひらを潜り抜けると渓谷へと落ちていく。同時に列車の窓が割れ、ラプトクィリも渓谷へとその体を投げ込む。
「てめぇら!!
待ちやがれ!!!」
「先輩!
死ぬつもりですか!?」
サイントが追いかけようとするルフトジウムの裾を掴んで止める。ハルサとラプトクィリ二匹の小さな体は四百メートル以上落ちると小さな水しぶきに変わる。渓谷に流れる川が直ぐにそれすらかき消すとあたりは静寂へと戻っていった。
「あれは流石に生き残れませんね。
任務は完了ですよ。
このまま帰りましょう、ルフトジウムさん」
カンダロが二匹に対して慰めの言葉をかける。ルフトジウムは自分の手で首をもぎ取れなかったことに対して悔しさを隠そうともせず鋏を握り、顔についた血をサイントが差し出したハンカチで拭うとそれを列車から捨てた。
「あばよ。
願わくばもう二度と会わないことを」
まだかろうじて出ていた太陽は完全に沈み、辺りは急激に暗闇に包まれる。ルフトジウムとサイントとカンダロはどこかやるせない思いを胸に列車の中へと戻っていった。
※ ※ ※
記憶に残っているのは赤い赤い炎。それと血まみれで倒れている自分の主人だ。あの時の光景がまだ脳裏に焼き付いて離れない。だから自分の姉が復讐すると言ったときハルサは乗った。拒否する理由などなかった。ここで死ぬならそれは主人への忠義で死ぬことになる。その結果に対してハルサは文句を言うつもりなどなかった。
「…………!」
「……………ん!」
「あ………ろ!
…………………!?」
「なん……!?
だ……で………にゃ!」
寒い。ただひたすらに寒い。
「あ、姉様……。
寒い……っス……」
余りの寒さに布団を取ろうとしてうっすらと目を開けると、そこは自分の家ではない。視界にはひげをたっぷりと生やした屈強な獣人の姿が映る。自分の体がゆらゆらと揺れていて、ようやくハルサは自分が誰かに抱きかかえられて運ばれていることを理解した。
「ハルにゃん、寒いかにゃ?
もう少ししたら温かくなるのにゃ。
だから頑張るのにゃ!」
「ラプト………。
わ、私は……」
心配そうに顔を覗き込んでくるラプトクィリにハルサは何かを話そうとするがまだ混濁している意識がそうはさせない。耐えがたいほどの眠気がハルサを襲い、ハルサは再び意識を手放したのだった。
-作られた命、自然の村- Part 2 End
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