-作られた命、自然の村- Part 1
「ほらおいで、ハルサ。
髪の毛と尻尾乾かしてあげる」
「姉様〜!
明日から仕事っスから念入りにお願いするっス!」
「うふふ。
はいはい」
お風呂から上がったばかりでほかほかなハルサの腰まである長い髪の毛とフサフサな尻尾をツカサはバスタオルでしっかり挟み込み水を吸い取っていく。超極細合成繊維を何百層にも重ねて織られている“大野田繊維製”のタオルは強力に水を吸い取っていくが、それでも毛量の間に蓄えられた水分全てを吸い取るには足りない。三枚ほど用意されたタオルはたちまち全てが水分を吸い込んだ物に変わる。
「髪の毛、だいぶ伸びたわねぇ~……」
「そうっスか?
たまに戦闘で切られたりするから下手したらもっと長かったかもしれないっス」
あっけらかんとした態度でハルサはツカサに報告する。ツカサは所々変に直線に切れている部分をハサミで形を整えつつ、ハルサの尻尾に乗せていたタオルを横にどかしてドライヤーのスイッチを入れた。
「それでなんだか形が変な部分が多数あるのね……。
私のかわいい妹は際どいラインをくぐり抜けているのかしら……?」
鳥のさえずりを邪魔しない程静かな音で温風を吐き出してくれる“大野田電機製”のドライヤーは傷んだ髪を修繕し、更に保湿までしてくれる重工都市女子必須のアイテムだ。製品のロゴを見ながらツカサは思い出したように口を開く。
「そうそう、ハルサ。
そういえばどう?
ラプトクィリとはうまくやれてるのかしら?」
ツカサはドライヤーの風を満遍なく長い髪全体に当てながら、もう何年も使っているであろうマキミから貰った合成鼈甲で出来た櫛を髪に通す。水に濡れて黒が強くなっていた髪の毛が乾くにつれてどんどん本来の色である灰色を取り戻していく。天井から吊るされた電球がハルサの細く繊細な髪を照らし、キラキラと様々な色に輝く。ツカサと全く同じ髪質はツカサにとっても触っていてサラサラと心地よく、櫛の歯がすっと髪の間に入り通り抜ける。
そ「うまいことやってると私は思うっスよ。
ラプトがいなかったら危ない場面も沢山あったっスから」
「そう…。
上手くやってるならいいのよ。
懐かしいわね、私もあの娘と昔はよく働いたっけ。
うふふふ」
ツカサは小さく笑いながら、ラプトクィリと刻んだ記憶を思い返す。ハルサはそんな姉の様子を見て少し口を尖らせる。
「姉様の昔話、全然知らないんスよ。
ラプト曰くまるで鬼神のようだったとか聞くんスけど…」
教えてほしそうに姉の方を見る妹だったが、ツカサははにかみながら前を向く様にハルサに言うとまた灰色の髪の毛を梳かし始める。
「そんなことないわよ。
私はいたって普通の戦闘用獣人よ?
みんなが言う程……別段強かったわけでもないわよ。
ただかわいい幼い妹がいたから育てるのに一生懸命だったってだけかしらね」
ツカサはどこか遠い目をしながらハルサの髪の毛を乾かし続ける。今姉妹が住ませてもらっている家主のアイリサが使っているシャンプーと同じお日様の匂いがツカサの人よりも敏感な鼻を刺激すると、かつて自分達が暮らしていた家の匂いが日々薄れていくことを実感して少しだけツカサは寂しく感じる。
「へへ、ありがとうっスよ姉様」
「私は貴女のお姉ちゃんだからね。
当たり前の事をしただけよ」
髪の毛と同時に尻尾も乾かしていくが、くすぐったいのかハルサは三本もある尻尾をわさわさと動かす。
「ハルサ。
尻尾動かさないの」
「くすぐったいんスよ~!」
「ほとんど毎日やってあげてるでしょ。
いい加減に慣れなさいな」
「姉様だってくすぐったいと動かすじゃないっスか~!」
「私はいいのよ」
「なんでっスか!?」
ツカサは尻尾を乾かし終わると、ハルサのもみあげから生えている赤色の髪の毛をサラリと撫でた。ワインレッドの髪の毛はハルサのケモミミやアホ毛等から生えているが片方のもみあげだけ他の部分と色が違うのは正直ツカサとしても気になっていた。
「しかしなんでここだけ色が違うのかしらね……?
発注者のこだわりかしら……。
だとしたら何故私にはないのかしら……?」
「えーそれは流石にわかんねっス」
「他の所の色と同じになるように染める?」
「うーん……。
でもまあ、不便じゃないっスからいいっス」
「余りにも目立つようになったら染めましょうか。
仕事上そっちの方がいいわね」
「っス!」
ツカサはハルサの既に少し乾いているケモミミ近辺に風を当て、乾かし始める。いつもは真上にピンと伸びているケモミミが気持ちがいいのかピクリと動き、左右にへにゃんと下がる。
「ここ気持ちいいんでしょ」
「へへ、姉様の手でわしわしされるとへにゃーってなるっス…」
安心しきっている表情の妹を見てツカサは嬉しそうに頭を撫でてあげる。自慢の妹は家にいるときしかそのような顔を見せてくれない。
「狼なんだから犬みたいなこと言わないのよ」
「姉様の前だったら犬でいいっス」
「もー……」
嬉しそうに尻尾を振っているハルサ。忙しい姉妹の平和な束の間だったがツカサは思い出したように一つの話題を切り出した。
「そういえばルフトジウムさんとはどうなってるの?」
その名前を出した瞬間、ハルサが振っている尻尾が止まり、体が強張った 。
「プ、プライベートな面で言えば上手いこと行ってるっスよ。
今度は一緒に射撃場に遊びに行くっス…から。
料亭だけでなくAGSで事務として将来働かないかってまで言われてる所っス…。
怪しまれてはない……と思うっス」
当然ツカサはハルサとルフトジウムが仕事先でぶつかっている事は知っている。そしてルフトジウムがハルサの正体に気が付いていないことも知っている。
「そうなのね……。
ねぇハルサ、AGSの社員さんたちはみんないい人よ。
ルフトジウムさんやサイントさんの口コミでうちのお店に沢山のAGSの獣人さんが来るようになったわ。
あの人達は荒くれ者も確かに多いけど、きっちりと話は聞いてくれるわ。
もしハルサがそっちで働きたいっていうなら私は止めないわよ。
将来安泰ですもの。
それにきっとみんな可愛がってくれると思うわ」
「…………」
ツカサのその言葉にハルサは黙り込む。沢山あった髪を無事に乾かし終え、ツカサはドライヤーのスイッチを切ると白色の和服の襟を直してゆったりと立ち上がる。
「でもそっちの道に行くならマキミ博士の復讐は止めないとね。
それにアイリサさんの所にいつまでもいるわけにも行かなくなるわ。
あの人はマキミ博士の考えている“鍵”について知りたい一心でやってるのだと思いたいのだけれど……」
眉を顰め、難しい表情のツカサ。ハルサは自分の乾いた髪の毛の具合を首を振って確かめる。
「姉様、復讐を諦める訳にはいかないっス。
私が心の底からご主人と認めるのはあの人だけっスから。
……アイリサさんもそりゃ少しは認めてるっスけど。
それでもやっぱり……」
ツカサは髪の毛を乾かす道具を片付け、茶菓子保存専用戸棚からハルサの大好物のオーガニック三色団子を一本取り出すとそれを渡す。
「団子ー!
わーいっス!
大盤振る舞いっスね!」
「前回“ロバート・ロボティクス”の支配地域に行ってたわよね。
無事に帰ってきてよかったけど……。
危ない目にあったりした?」
「ん……。
ああいう仕事をしている以上仕方ないっスよ姉様。
心配してたらキリがないっスよ?」
ハルサは直ぐに三色団子を口の中に全て入れ終わるとごくりと呑み込む。その顔は危険な仕事をまるで何も気にしていないようで、またそのような危険な場所に身を置いていることすら気にしていないようで、その少し冷めたような対応が余計にツカサの心を抉る。
「そうよね……。
わかってはいるけど……。
やっぱり心配なのよ、ハルサ」
ツカサは目を細め、自分の手首を反対の手でぎゅっと握りしめる。戦闘用獣人として全く使い物にならなくなってしまった自分に対して情けないと感じ、また妹にその代わりをさせることに不甲斐なさを覚えているのだ。
「でもまるで映画みたいだったっスよ。
私ミサイルの上を走ったんスから!
すごくないっスか!?
なんて言ったって――」
ワイワイとはしゃいでいる小さな妹をツカサはぎゅっと抱きしめる。
「私が戦える体だったらよかったんだけど……。
ごめんね、ハルサ」
辛そうな顔をする姉に対して、ハルサは不思議そうな表情を向ける。
「なんで謝るんス?
姉様はもう十分頑張ったんスよ。
だからそういうのは私に任せるっス!」
ハルサはツカサの手を握ってにこっと笑って見せる。
「次の任務……。
また遠い所なのよね?
気を付けてよね、ハルサ……」
「分かってるっスよ姉様~!
無事に帰ってくるから心配しなくていいんスよ~!」
-作られた命、自然の村- Part 1 End
いつも読んでいただきありがとうございます~~!!
これからもどうかよろしくお願いいたします!




