-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part Final
「まず第一に大鎌の獣人がどういう人物を狙っていたかです。
一人目はオヌイ・ミヨツクという人物でした。
この人物は小児性愛のろくでもない男であることが分かっています。
ろくでもない男ですが、仕事の成績はそれなりに優秀でした。
最後にはなんやかんや一つの警護小隊を任されていましたから」
「ほう?
警護小隊というと…重工直轄の部隊か」
「そうです」
セイカは興味ありげにホワイトボードに映し出されているスーツを着てびしっとキメているミヨツクの表情を眺める。カンダロはミヨツクのデータをずらずらとメモに書いてある全てを描きこんでいく。
「優秀な男ではありますが、特記するべき武勲はあまりありませんね。
敢えて言うなら彼が小隊を率い始めた三年後に起こった銀行強盗阻止くらいでしょうか。
その後、ある事件をきっかけに引退。
そして彼の安否は未だ不明です。
なぜか誘拐後の足取りが全く追えなくて……。
こちらにつきましては重工の都市管理科と連携して捜査を進めています」
「なるほど。
ざっくりとした感じにではあるが、お前達の状況は理解した。
大鎌の獣人が狙っている二人目については誘拐の阻止に成功したんだったよな」
「その通りです。
二人目はアサガワ・カズタカと呼ばれる人物で、こちらは輝かしい経歴を持っています。
大野田重工直轄の第四警護部隊の隊長を二十年勤めた後、教官として沢山の弟子を育成していました。
またアンドロイド戦での戦闘近代近接戦闘の第一人者として名高い経歴を持っていましたがある事件をきっかけに引退。
莫大な退職金と共に“ロバート・ロボティクス”の片田舎で暮らしていました」
カンダロは今回護衛に成功したカズタカの写真を映し出す。そしてその横に功績をメモしていく。カズタカの功績はミヨツクの倍ぐらいの長さになっていたが、セイカはしっかりとそのメモを余さずに読み切る。
「この二人の共通点って言えばある事件をきっかけに引退……ぐらいか。
その事件ってのは?」
セイカは頭をガリガリと掻いてカンダロにさらなる追加説明を求める。カンダロはそれを待っていましたとばかりに口火を切った。
「この二人、実は二年前からずっと同じ所で働いていたんです。
そして何度も言うとおりにある事件をきっかけに大野田重工を解雇されています」
「勿体ぶるな、カンダロ。
早く正解を言ってくれよ」
「それは一年前に起こった“大野田重工”の研究室長の事故による死亡です」
※ ※ ※
「――ってワケで護衛に成功したってワケさ」
陽天楼の店内でルフトジウムは得意げに今回の武勇伝を今日は黄色いチャイナドレスを着た小さな狼の獣人、ハルサに語っていた。ハルサはルフトジウムの話に目をキラキラとさせながら相槌を打って素直に聞いている。
「ルフトジウムさんすごいっス〜!
目標の護衛に成功して、かつ相手を出し抜いてやったって訳っスね!?
尊敬するっス〜!」
ルフトジウムが注文した草食獣人用回鍋肉定食をテーブルの上に置いて、ハルサはニコリとして見せた。ルフトジウムはへへっと照れくさそうに笑い、手の平をひらひらとして軽く否定を示す。
「たまたま今回は偶然上手く行ったのさ。
サイントのマグナムの腕前が無かったら今頃俺はミサイルで木っ端微塵だったぜ。
まぁ、それでもうまくいったのはほとんど俺のお陰だけどな!」
ルフトジウムは割り箸を割ると烏龍茶を一口飲み、差し出された回鍋肉定食に箸をつけた。肉のようにも見える合成野菜の何ともオーガニックな匂いが空腹を刺激する。
「そんな遠い所で働いていたから三週間も来れなかったのね?」
ツカサがハルサの後ろからぬっと現れて会話に入ってきた。いつもニコニコしているツカサの手には追加でルフトジウムが注文した青椒肉絲があった。
「そういうことだ。
まぁ、俺レベルにもなるとこういう所は極秘で行くことが多くてよ。
悪ぃな〜!
でも出来るだけ早くメッセージの返事はしてただろ?」
モゴモゴと食べながらルフトジウムは話す。ハルサは真剣な顔をしてルフトジウムの横に立って手を前で組むとぽつりと話し始める。
「そうなんスけど…余り無理しないで欲しいっス……。
私はルフトジウムさんの負担になりたくないっスもん。
それに私はルフトジウムさんが無事に帰ってくるのが一番安心するっス!」
「ん゛!?
て、照れるぜ…おいおい……」
箸を止めて少し照れくさそうにルフトジウムはハルサから目を逸らすと席の上に置いてある胡椒と七味をササッと回鍋肉と青椒肉絲の上にかけた。
「あらあら。
私はお邪魔みたいだからあっちに行ってるわね。
ハルサのことよろしくね、ルフトジウムさん」
そのツカサの一言でハルサはようやく自分が告白じみた事を言ったことに気がついた。一瞬で真っ赤になったハルサは慌てて言い訳を始める。
「え!?
いや、私はその、純粋に心配で……」
「いいんだぜ。
ありがとうな、ハルサ」
ルフトジウムは手を伸ばすとハルサの頭をワシワシと撫でてやった。サラサラとしたハルサの長い髪の毛からはいい匂いが漂い、先程までイライラとしていたルフトジウムの表情は安らかなものに変わっていた。
「撫ですぎっス〜!
ルフトジウムさん~!」
「いいだろうが~!」
チビ狼をもっと見ていたかったルフトジウムだったが、扉を蹴破るような勢いで入って来たサイントがそうはさせなかった。珍しくその表情は疲れており、いつも元気に立っている耳はしおしおと折れていた。
「あら、AGSのウサギさんじゃないの。
どうしたのかしら?」
「ル、ルフト……先輩は……?」
厨房から出てきたツカサがすかさずお水を差し出す。ハアハアと、肩で息をするサイントに驚いたルフトジウムは箸を一旦横に置き、何があったのか小声で尋ねる。
「どうした?」
水を飲み、少し落ち着いたにも関わらずサイントの表情は焦ったままだった。
「先輩!
実は――」
※ ※ ※
爆発はAGSの契約していた本社都市郊外にあるVIP専用のマンションで起きた。ルフトジウム達が護衛に成功して匿っていたカズタカのフロアが爆破されたのだ。その爆発範囲はすさまじく八階にあったカズタカの部屋は跡形もなく吹き飛び、室内にいつの間にか置いてあった可燃物により火災が発生。火災自体は消防により三時間後に鎮火したものの、室内から真っ黒に焦げた遺体が発見された。
脳内に埋め込まれていた電子チップと焼け残っていた歯型や頭蓋骨の形によりその遺体がカズタカ本人だと断定された。
「あー……。
やっぱりそうなったのにゃ?」
「頭が痛いわよ。
本当に困ったわね」
ラプトクィリは机の上で頭を抱えているアイリサ博士に淹れたての熱いコーヒーを差し出した。
「何よこれ」
「お土産なのにゃ。
ボクの故郷の味と匂いを覚えておくといいのにゃ」
「貴方が抜き取った情報で役に立つものがあるのかどうか……。
その分析はギャランティにぶん投げているわ」
「それがいいのにゃ」
アイリサはため息をついて報告書を読み直す。カズタカが死んだ。その情報は確かな伝手から来たもので信じざるを得ない。
「どんどん深みにはまってる気がするわ……」
「そりゃそうなのにゃ。
ボクは細かいことよく知らにゃいけど、重工の最重要機密にも関係する事を探っているんじゃないのかにゃ?
でも前回のカズタカの死は重工が関係していないとかいってたっけにゃ?」
眼鏡を外しアイリサは椅子に深く腰掛ける。
「“鋼鉄の天使級”……。
マキミの死とどう関係してるっていうの……?
それにどうして二人とも私が欲しい情報を出す前に殺されるのかしら……くそっ……!」
「とりあえずコーヒーでも飲んで落ち着くのにゃ。
今回の報告書は後で読むといいのにゃ~♪」
-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part Final End




