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-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 14

 約束の三十分が近くなると大量のサイレンの音や飛行ドローンのエンジン音が周囲に響き渡り始める。援軍の到着まで約十分を残すぐらいになった時、黒い車のドアが開き中からカズタカがポイっと吐き出された。カズタカに酷く痛めつけられたような形跡はまるで無かったが、彼のご自慢の家が爆破されてから何時間も移動や襲撃もあったせいでその顔は疲れ切っていた。


「おっ、終わったようだな」


腕を組んで車にもたれかかりながらぼんやりとしていたルフトジウムはデバウアーを持って地面に投げ出されたカズタカに近寄ろうとする。


「サイントさん、回収しにいけますか?

 ルフトジウムさんは一応の事に備えて戦闘態勢は継続でお願いします


「わかった。

 行ってくる」


「サイント危なくなったら直ぐ言えよ。

 デバウアーの電源は切ってねーから何時でもまた戦えるぜ」


まるで市場の魚のようにコンクリートにべちゃりと置かれているカズタカをサイントが拾いに行くとほぼ同時に黒い車は発車した。どんどんと遠くなっていくその車を追いかけようともせず、カンダロとルフトジウムはほくそ笑む。ここまで思ったように事が運ぶとはまるで思ってもみなかったのだから。


「しっかり歩いてください。

 だらしないですよ」


結ばれているロープを切ってあげて、サイントはカズタカを引き起こす。足が痺れているのか、足元が崩れそうになった老人に対してサイントが叱咤激励を飛ばす。


「………それが保護すべき対象にかける言葉か…?」


「そうですよ」


「ふん……」


ヨロヨロと車の所まで来たカズタカをサイントは車に押し込むと、しっかりとシートベルトを締めてあげる。


「本部に報告。

 こちらカンダロ。

 目標を確保する事に成功した。

 これより帰還する」


やがて三人の元へ大量の“エクステンド”の援軍が押し寄せてくると、事の顛末をカンダロはへとへとになるまですることになったのだった。




    ※   ※   ※





それから凡そ一週間は矢のように早く経過した。部隊は“ロバートロボティクス”の支配地域からまた大野田重工本社都市のAGS本社ビルに戻る。


「は?

 お前、ふざけてんのか?」


 ドスの聞いた恐ろしい声は本当に自分から出たのか疑う程の声だったが、怒りが頭の中で沸騰しているルフトジウムは指で机をコツコツと鳴らしながら言葉を続けるように催促する。横に座っているカンダロは腕を組んでむっつりと黙り込み、部屋の中を重い空気が支配していた。


「ですから……。

 クラッキングの跡も、ネットワークが接続された形跡も……」


「なわけねぇだろ!!

 そんな事出来るわけねぇんだから!」


鉄製の机を思いっきり叩いてしまったからか、机を挟んで反対側にいる細身で弱そうな男のAGSの情報分析官はびくっとして俯いてしまった。厚いレンズの入った眼鏡がずり落ちそうになり、情報分析官は慌てて眼鏡の位置を直す。


「ですが……しかし……敵も巧みといいますか……。

 この手法は不可能では無くて……。

 いや、限りなく不可能に近いんですが……」


消え入りそうな声で報告を続けようとする情報分析担当官だったが、頭に血が昇ったルフトジウムが立ち上がってよく冷えた緑茶缶に手を伸ばしただけでその声は消えてしまう。予想外の事が起こると割と怒るルフトジウムは悪名だけが会社の中で流れていることも多く割と多くの社員から恐れられている。彼もルフトジウムを恐れている一人だった。


「おいおい、落ち着け。

 こいつに対して怒ってどうする」


「うるせぇなぁ……んなこたぁ分かって……」


 部隊長にすら恐れなく噛みつこうとするルフトジウムだったが、F部隊部隊長のダイ・セイカがじろりと睨みつけると言葉を途中で切ってぷしゅっと緑茶缶を開けた。


「分かってねえだろ。

 俺の大切な机を叩きやがって。

 これが壊れたら今年に入って五つ目なんだぞ。

 お前は馬鹿力がある戦闘用獣人なんだから大人しく座ってろ。

 出来ないならサイントと一緒に待合室でダイズコンビやバチカチームと遊んでるんだな」


「……クソッ」


ルフトジウムは開けたばかりの緑茶缶をガシッと掴むと頭を冷やすために立ち上がって部屋から出ていった。部隊長の部屋に残ったのはカンダロとセイカ、そして今回カズタカの脳を調べていた情報分析官の三人だけだった。


「……それで一体またどうして分析が不可能になったんだ?

 脳に残っている記録は損壊が激しいってことか?」


セイカはルフトジウムがいないのにまだ萎縮している情報分析官に優しく話しかける。話しかけながら情報分析官にも緑茶缶を勧めると、彼はようやく落ち着いて理由を説明し始めた。


「……そういうわけではありません。

 自分を過大評価するつもりはありません。

 ですが、僕はこう見えても情報分析のプロフェッショナルだと自負しています。

 今回のは…認めたくはありませんが相手の方が上手でした」


「要するにもうどうにもならないってことです?」


 なんとも歯切れの悪い情報分析官に流石のカンダロも少しイラッとする。微糖の緑茶缶を開け、カンダロは鼻から大きく息を吐きながら窓の外に目線をやる。自分達の努力が全て水の泡になった可能性があるのだからこの反応も当然と言えた。


「敵は間違いなくSSSクラスのクラッカーを抱えています。

 人間の脳は限りなくデリケートなものです。

 侵入した形跡を全く残さないなんて芸当が出来るのは世界でも五人いるかいないか……。

 そのうち四人は各大企業に所属しています。

 残りの一人、今回の犯人の可能性として高いのは昔ネット上でミームにもなっていた“サンレスキャット”かと」


「その“サンレスキャット”っていうのは?」


いまいち話についていけていないカンダロは上司に説明を求める目を向ける。話そうとする情報分析官を抑え、セイカは口を開いた。


「かなり昔の話になる。

 全世界で使われているネットワークと呼ばれるもの全てが“ある一人”もしくは“一匹”のクラッカーに把握されてしまった事件があったんだ……」


 今から約二十年ほど前の話だ。今覇権を争っている全ての大企業が結託して事の対処に当たった短いが平和な時代があった。全ての大企業はネットワークを利用して家庭用お掃除ロボットといった小さなものから鉄道や船、挙句の果てには超巨大兵器まで制御していた。しかしそのネットワークが全世界で同時に奪われた事件があったのだ。その時、犯人は自らの事を“サンレスキャット”と名乗ったのだった。


「その事件は企業のネットワークを管理している人間にサンレスキャットがクラッキングを仕掛けた事から始まったんだ。

 クラッキングされた人間は自らの脳みそから情報が抜き取られていることにも気が付かなかった。

 そして一週間に一度受けなければならない精密診断ですらクラッキングされていた形跡は見つからなかったんだ」


カンダロはその話を聞いてぞっとする。自らの脳みそにアクセスされて勝手に情報が抜き出されているのに本人からしたら全く気が付かないなんて悪夢だ。ましてこの時代自分の脳がネットに繋がっていない人間などほとんどいない。戦闘用獣人ぐらいではないだろうか。


「じゃあどうやって解決したんです?」


「全部の企業が力を合わせてどうにかしたらしい。

 細かい話は俺も分からん」


セイカはガハハと笑い、情報分析官に対してもう下がるようにとの指示を出す。情報分析官は礼をすると大人しく部屋から出て行った。部屋の中に残っているのはセイカとカンダロだけになる。


「なぁ、カンダロ。

 大鎌の獣人は一体何が狙いなんだろうな」


「分かりません。

 ですがだからと言って放っておいていい訳でもありませんから。

 仲間も何人もやられてますし。

 今まで敵のバックに大きな組織がついているという確信はありませんでした。

 しかし今回の件でそのことに関してある確証を持ちました」


「そうだな。

 今回の件、報告書をしっかり読ませてもらったが大鎌の獣人の背後には誰かがいる。

 誰か…その誰かについて心当たりは?」


「全くありません。

 いくつか目星はついていますが。

 そして狙われている人物についての共通点はいくつかですが見えて来ています」


「ほう?」


セイカは腕を組むと説明しろ、というように顎でホワイトボードを指して見せた。






                -見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 14 End

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