-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 12
装甲版を射抜いた徹甲弾はその中に入っている人間の脳の形を模した人工知能を貫通するとそのまま反対側の装甲版に鋭く、尖っている弾頭を半分ほどめり込ませてようやく停止した。人工知能の中枢部分を太い鉛でぶち抜かれたビークルは直ちに活動を停止する。ルフトジウムを狙っていたガトリングは回転を止め、耳障りなエンジン音は徐々に弱まりその巨体はゆっくり高度を下げていく。
「よし!」
「装填されきってた弾は全部使った。
今から予備の弾を装填する。
その間に撃たれたミサイルは頼む」
ドスン、と腹の底から響くような音を立てて落ちた軽く十トンを超える重さは高速道路の基盤を揺らすほどの衝撃を与える。一番初めに地面についた機首はその重みを全て余すところ無く地面に伝え、コンクリートはその重みに耐えることもできずバラバラに砕けていく。塗装片と金属片と大きなコンクリートの塊を撒き散らしながらビークルは鉄筋の入った防音壁に激突してようやく停止した。
「ひゅー…!
全く、いい腕してるなお前」
「…………」
「ちっ、連れねーな。
少しでも愛想よくしたらどうなんだ?」
大鎌の獣人はお腹辺りについているポケットから取り出した二発の銃弾を手に持って、大鎌のマガジンを外し弾倉内に装填しようとする。と、その時車が道路の細かな凸に乗り上げて揺れた。
「おっと」
「あっ」
バランスを崩したルフトジウムがその体勢を立て直すために後ろに一歩右足をずらす。たかが一歩は廊下やホテルの部屋でなら当然問題にはならない。しかし二匹がいる狭い車の天井の上ではその小さな一歩は大きな問題を呼び起こした。
「あ…あ……あー!」
ルフトジウムのずらした右足は大鎌の獣人の手……よりによって銃弾を持っていた方の手に当たったのだ。摘んでいた程度の支えしか添えていなかった銃弾二発は伝えられた衝撃で大鎌の獣人の手から飛び出した。飛び出した銃弾は天井に当たりチリンという綺麗な金属の音を立てて転がる。
「ッ――!」
「てめっ……!」
慌ててルフトジウムと大鎌の獣人二匹が手を伸ばすが……遅かった。銃弾は二発とも狼の手と山羊の手の隙間をすり抜けると天井から転がり落ちて、夜の闇へと消えた。
「……すまん」
流石に謝るルフトジウム。
「……どうするんだよ」
大鎌の獣人は立ち上がるとジロリと大失態を犯してくれた山羊を睨みつけた。山羊と狼は二匹して空を飛ぶビークルに対して打つ手を無くした訳だ。
「どうするったって……。
どうしようね」
少ししおらしくなったルフトジウムも困ったように片目を瞑る。
「先輩!」
そんな微妙な空気を吹き飛ばすように銃声が二発響く。生き残った二機の人工知能は仲間を一機を落としたルフトジウムと大鎌の獣人の二匹を最重要ターゲットとして再設定したようだ。二匹目掛けて飛んできた対戦車ミサイルをサイントがマグナムで撃ち落とした音は二匹の間に流れていた微妙な空気を少し払う。
「すまん、サイント!」
「いえ。
あの程度のスピードならサイントにとっては止まっているようなもんですから」
車の窓から顔だけ出し、相変わらずの無表情でそう言い放つサイント。そのセリフにルフトジウムは何かを思いついた。
「止まっているよう……か。
なるほど思いついちまった。
大鎌野郎、作戦を話すからよく聞きやがれ。
サイントもな!
ああ、そうだ。
重ねて言っておくが…」
「“選べる立場ではない”って?
それはお互い様だろ」
「畏まりました、先輩」
※ ※ ※
「まじで…?」
「当たり前だろ。
これ以外でいい方法があるなら言ってみろ。
すぐに採用してやる」
「ないけど……」
大鎌の獣人の心の底から心配そうな声はごもっともだ。なぜなら彼女はルフトジウムが持つ、交差させたデバウアーの峰の上にその身を乗せて完全に預けているのだから。
「サイントはギリギリまで引き付けてから敵ミサイルを迎撃します。
ご幸運を、大鎌の獣人さん」
ビークルからロックオン、誘導するためのレーザー光が薄く伸びる。その光は屋根の上にスタンバイしている二匹に躊躇いなく伸び、大鎌の獣人の胸辺りで止まる。それだけでいくら鍛え抜かれた兵士と言えど普通は心をくじかれ逃げ出す程の恐怖だ。死の匂いが香り始め、戦闘用獣人と言えど不安を隠しきれない大鎌の獣人はちらりと並走している黒い車を見る。丁度運転している赤髪の獣人も心配そうに見ていたがこくりと頷くと、覚悟を決めたように大鎌の獣人は真っ直ぐに自分達をロックオンしている戦闘ビークルを見据える。
「来るぞ!」
ルフトジウムの彗眼が発射前の兆候を捉える。戦闘ビークルのミサイルポッドの蓋が開き、対戦車ミサイルが一本、少しの間を空けてまた一本放たれる。
「いけぇええ!!」
ルフトジウムは自身の体のリミッターを解除するとありったけのフルパワーで大鎌の獣人を乗せたハサミを前方へと振り切った。一匹で車を持ち上げることが出来るほどの力を発揮する戦闘用獣人が更に自身の体に課したリミッターを解除した訳で、そんな“AGSの断頭台”からすればデバウアーの重さに大鎌の獣人の重さを足した百キロ程度無にも等しい重さだ。まるでマスドライバーから射出されたロケットのように大鎌の獣人は真っ直ぐに戦闘ビークルへと突っ込んで行く。
「無茶苦茶っス…!」
歯を噛みしめ、仮面の下で狼の少女は呟く。自らの口癖すら変換して通常の特徴の無い言語として発音してくれる仮面の下の表情は半分が恐れに、半分は喜びのような複雑な表情をしていた。打ち出してくれた勢いはすさまじいものだったが回避行動を続ける戦闘ビークルには辿り着けない。
「なんとか……!」
大鎌の獣人が落ちてきていた勢いをつけるために足場にしたのはその戦闘ビークルより発射されたミサイルだった。大鎌の獣人は自身の体程の大きさもあるミサイルの上に乗るとその足でまた思いっきり飛ぶ。その先にはもう一歩のミサイル。そのミサイルに乗り、跳躍すると目の前には戦闘ビークルがいた。
「堕ちろこのガラクタ!」
大鎌の獣人の動きを察知したビークルは攻撃を避けようと演算を繰り返した。しかし時間が足りない。カメラいっぱいに灼熱した大鎌の刃を検知した瞬間、大鎌の獣人は人工知能の入っている部分をその大鎌で思いっきり切り裂いていた。十万度もの高熱で部品が蒸発したビークルは行動を停止。高度を落としていく。
「次!」
「よくやった!
後一機も頼む!!」
落ちていくビークルごと破壊しようとしている残り一機のビークルが持っている全てのミサイルを対象の排除に充てたのか、ミサイルポッドのハッチが開くと中から二十本を超える程の量のミサイルが射出された。その距離は凡そ三十メートル。大鎌の獣人は大きく息を吸い、そして吐く。ゆっくりと落ちていくビークルの上を助走をつけて飛び、ミサイルの束へと向かって大鎌の獣人は駆ける。
「まさか!
おい、それは流石にリスクが……!」
ルフトジウムは一瞬で大鎌の獣人が何をするつもりなのか察知して止めようとする。その時には既に大鎌の獣人の脚はビークルから離れ空中にあった。大鎌の獣人は嵐のように襲い掛かるミサイルにその足を乗せ、小さな体を前へ、前へと押し出していく。意図も簡単に見えるその光景は大鎌の獣人の体の小ささと瞬発力があるからこそ出来る芸当だ。
「すげぇ……」
思わずそんな言葉がルフトジウムの口から零れ落ちる。大鎌の獣人はそのままの勢いで残る一機の戦闘ビークルの上に乗ると大鎌の先端を人工知能に突き立てた。
-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 12 End
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