-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 8
車が田舎道をのんびりと走る。先ほどまで激しい戦闘があったとは思えないほどに穏やかな時間を過ごしている二匹は、目の前を走っている装甲車を目で追いながら合成アスパラや合成人参スティックを齧っていた。
「このまま何もないと楽でいい。
何も起こるな、何も起こるな」
サイントは合成人参スティックを二本同時に食べつつ、愛用のマグナムの手入れを欠かさない。欠伸をしていたルフトジウムは合成アスパラを煙草のように咥えながらじろっとサイントを睨みつけた。
「おい、そういうのはその通りになるから言うなよな。
ろくでもない展開になるだろうが」
大好物のアスパラを早くも一本食べ終わり新しいアスパラに手を伸ばしながら人差し指で着ているシャツの一番上のボタンを外し、山羊は億劫そうに舌打ちをして首を軽く傾げた。カラン、とルフトジウムの首についているカウベルが小さく鳴る。
「……そんなわけない、先輩。
心配しすぎです。
サイントはそうなるとは思わないです」
兎は相変わらずの無表情で人参を齧りながら器用に呆れた口調で返してきて、若干ルフトジウムは苛立ちと共にぼやく。
「ったく……。
まあ、俺の杞憂だといいんだがな……っよっと!
中々この企業の製品はイケるな?」
「もう一つ開けたんですか?
食べるペースが早すぎます先輩」
「食える時に食わねーとな。
護衛任務なんてそういうもんだろうが」
綺麗な緑と水色の混じった澄んだ水のように美しい瞳をデバウアーに向け、山羊は新しいアスパラをビニール袋とプラスチックカップの中から取るために上体を起こした。
「おいおい……!
おいおいおい!!!」
せっかく取ったプラスチックカップを投げ出して大声を出したルフトジウムは道に何かが落ちているのを発見し焦る。一瞬にして上がった心拍数と背中をぞわっと駆け抜けた嫌な感覚はルフトジウムの髪の毛を逆立てていた。夜闇の中緩やかにカーブしている道に鎮座しており、視力がかなりいい戦闘用獣人の目だからこそ発見できた“それ”は形、大きさから確実にドロフスキー製対戦車地雷と言える代物だった。幾度となく同じものをルフトジウムは犯行現場やテロ組織との抗争で見つけ、そしてやられる機動隊や仲間を見ていたからこそその恐ろしさを理解していた。
「車を止めろサイント!!
巻き込まれるぞ!」
「!!!」
ただならぬ気配を察知して思いっきりブレーキを踏むサイント。タイヤから白い煙を上げ、ブレーキパッドを軋ませながら止まったカンダロ達の車と違い、先頭を走る装甲車はこの暗闇の中地雷を発見することすら出来ていなかった。装甲車の運転手はブレーキをかける事すらせず躊躇いなく地面に置いてある地雷を装甲車のタイヤで踏みつけた。地雷は当然装甲車の重量に機敏に反応し、たっぷりと詰め込まれた内部の高性能爆薬を爆発させた。
かなり頑丈に作られているはずの地面のアスファルトが砕けて飛び散り、爆風で脇に立っていた建物のガラスが割れる。歩道に停めてあったセダンが思いっきり爆風の影響を受け、横倒しになると、車の下敷きになったゴミ箱がバキバキと音を立てて割れ、ぶつかられた標識が根本から折れる。
爆発の持つエネルギーはすさまじく、約十五トンもの大質量を持つ装甲車が三メートルほど浮き上がると重力と慣性の法則にしたがって前方に倒れこんだ。アスファルトを削り、火花を散らし、ヘッドライトのガラスやバンパーの部品を散らしながら前のめりになって二十メートルほど進んだ装甲車はひっくり返ると、爆風の衝撃で見事に拉げた車底を上にして道路のど真ん中に横たわる。
「な、何事ですか!?」
ブレーキの衝撃と爆風の音でいびきをかいてぐっすりと眠っていたカンダロが飛び起きた時既にルフトジウムはドアを蹴るようにして開け、アスパラを咥えたままデバウアーを持って飛び出していた。
「さっさとカズタカの無事を確認してこい!
俺は敵の襲撃に備える!」
白い煙を吐き出し、ひっくり返った装甲車を見て状況を判断したカンダロは車から慌てて出ようとしたが頬の横を掠めた銃弾に気が付き慌てて車の中に隠れた。
「敵襲!!!
敵襲ですルフトジウムさん!」
「そんなん分かってるわバカ!」
どこから沸いたのかいつの間にか装甲車とルフトジウム達は完全に敵によって包囲されてしまっていた。一瞬にして防弾仕様のフロントガラスが真っ白になるほどの銃弾が撃ち込まれ、カンダロが小さく悲鳴をあげる。
「こんなんまるで戦争じゃないですか!!」
サイントとカンダロはルフトジウムがデバウアーで反撃して作ってくれた隙に車から降りると、横倒しになったセダンを盾にして応戦を開始する。
「ったく!
サイントがいらないこと言うからだぜ!」
デバウアーのマガジンを交換したルフトジウムは口に咥えているアスパラを最後まで齧って飲み込むと舌打ちする。
「………ごめんなさい」
そう言いながらもサイントが撃った一発が一人の敵の脳天を穿つ。敵は開いた穴を即座に埋めて反撃を叩き込んでくる。その動きは明らかに素人ではない。
「カンダロ!
生きてるか!」
「は、はい!
なんとか!」
ひっくり返った装甲車の中から額より血を流しながら這い出してきたショーグンとカズタカ、それにエクステンドの護衛の兵士六人が展開するが、既に周囲を囲まれている為何かをすることもできずにその身に銃弾を浴びて次々と倒れていく。
「ひーー!!
おいAGSの社員ども!!!!
ワシを助けんかー!!!」
ショーグンは叫ぶカズタカを黙らせると旗色の悪さを悟り、カズタカと共に再び装甲車の中に戻るとしっかりと鍵をかけた。
「あの野郎!
俺達に全部任せて逃げやがったな!?」
ルフトジウムはその行動を信じられず、一瞬自分の目を疑った。
「先輩、敵の数が多い。
それに暗すぎて敵の姿がよく見えない」
亜音速で放たれてくる銃弾の弾道はステルス仕様なのかまるで弾道が読めない。ルフトジウムは頭を低くすると今自分がいる位置から少し遠くが見渡せるように脇道に設置されていたブロック塀の裏に移動する。微かに頭だけ出そうとしたルフトジウムだがそれを敏感に察知した敵はブロック塀に銃撃を集中し始めた。
「くっそ、俺を優先して狙ってきやがる。
相手はこっちの位置が分かってやがるのか?」
砕け散るコンクリートの破片を頭から浴びながらも直ぐに頭を引っ込め、ルフトジウムは歯ぎしりする。このままではルフトジウム達は何もできずに護衛対象を相手に奪い去られてしまうだろう。
「カンダロ!
とりあえずいったん引くぞ!」
「え!?
でも護衛対象が……!」
「また隙を見て奪還すればいい!
今死んだら元も子も――」
発砲音が支配する中、大声で会話する一匹と一人。ルフトジウムの隠れている所をえぐり取るように集中的に狙っていた銃撃がぴたりと止まった。
「何だ……!?」
ルフトジウム達が物陰から様子を伺う。一人と二匹が目にしたのは急に発射できなくなった銃を投げ捨てた敵兵士達が一人、また一人と小さな何者かにやられて倒れていく姿だった。敵が投げ捨てた銃は全て電子基板の入った部分がショートしたのか煙を吐いていた。
「援軍……?」
カンダロが頭を上げ、サイントに聞く。
「カンダロ!
あいつだ!
大鎌野郎だ!!」
真夜中の闇に簡単に飲み込まれて隠れてしまうような小さい体に不釣り合いなほど大きな鎌を振り回しているその姿は間違いなくルフトジウムの角をへし折り、何度となく戦ってきた死神であり因縁の“あいつ”だった。
-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 8 End
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