-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 7
ルフトジウムはSUVの天井から一番近くのバン目掛けて一気にジャンプした。その隙を見逃す程敵は甘くはない。空中でろくに回避行動が取れないルフトジウムの一瞬の隙を捉えた敵が銃を構える。そして敵が引き金を引く前にサイントが的確な狙いで敵の持っている銃を撃ち抜いた。
「ナイス援護だぜ」
バンの上に着地したルフトジウムはサイントとカンダロに対して軽く手を振って見せる。
「お気をつけて」
カンダロはそういう意味のサインを送り、軽く会釈すると、ルフトジウムの乗っかっている車からいつでも援護できる距離まで危険だから離れる。 その一方、ルフトジウムは荒れ狂う車の天井から落ちない様にバランスを整えつつ、バンの運転席の真上辺りまで這うようにして移動すると手に持っていたデバウアーを思いっきり車の天井に突き刺した。デバウアーの持つ高熱が容易く車を構成するカーボン組織を切り裂く。デバウアーの銃口がしっかりと車内にあるのを確認したルフトジウムは安全装置を外して引き金を引いた。
アサルトライフルと同じ連射速度で吐き出された銃弾は跳弾して車内を荒れ狂い、所かまわず傷つけていく。当然それは中に乗っているサイボーグや人間、獣人にとっても同じことだった。いくつかの悲鳴が広がり、ナイロンで出来た窓が銃弾で砕ける。
また、突き刺した際にデバウアーの刃は運転席に座っていたサイボーグの体を切り裂いたらしい。適度なタイミングでデバウアーを引き抜いたルフトジウムは刃の先に付いている青い血を見てうわっ、と眉を顰めた。
「うげぇ、義体持ちがいるのかよ。
最悪だぜ」
運転手の死んだ車はたちまちバランスを崩し始める。コントロールを失って暴れる車の上からルフトジウムはジャンプして次の車に飛び乗ると、デバウアーを二度、三度振った。サイボーグや義体使用者特有の青の人工血液がデバウアーの先から飛び散り、アスファルトに広がる。
「さて、次だな」
ルフトジウムがさっきまで乗っていたバンは左右に更に大きくバランスを崩し、スピードを徐々に緩めながら高速道路の壁に車体の側面を押し付け、塗料やタイヤを削りながら止まった。残りは二台だ。
「装甲車は無事みてぇだな」
ショーグンとカズタカが乗る装甲車に付いていたエネルギー機関銃は一番初めの集中砲火の際に潰されたらしく、煙を出しながら小さく燃えている。しかしながら本体は問題なく走っており、空気の代わりにスポンジのようなものが詰め込まれたタイヤはその重量をしっかりと支えて回っていた。
「意外といい装甲車だな。
あれだけの銃弾に耐えるなんてよ。
自家用車に一台欲しくなっちまうぜ」
護衛対象の安全を確認したルフトジウムの目の前に一匹の獣人が先頭のバンから飛び乗って来た。その獣人の瞳孔は細く、白目は血走っており、体は二メートルを超えるほど大きい。筋肉粒々の手には金属バットのようなものを持って、その金属バットも重さだけで言えばルフトジウムとデバウアーよりも重いだろう。ただでさえ狭いバンの天井のスペースが更に狭くなり、ルフトジウムはデバウアーを分離して双剣スタイルにして構える。
「おいおい、重量オーバーだぜ。
さっさと降りろよ、デカブツ」
「ウガアアアアアアア!!!」
敵獣人は牙の生えた口を大きく開き、唾液を飛び散らしながら金属バットを激しく車の天井に叩きつける。人の形をした獣としか言い表せないその姿に憐れみさえ覚えたルフトジウムは目を細めるとかかってこいと言うように首を少しだけ傾げてみせた。
「言葉と知能すら与えられなかった再安価使い捨てタイプだな。
お前、かわいそうにな」
金属バットを振りかぶって獣人特有の瞬発力を駆使して襲い掛かってきた獣人の攻撃を体を捻って左に躱し、“AGSの断頭台”とも呼ばれている白い山羊は手に持ったデバウアーを縦に振り下ろした。高熱を帯びた刃が敵獣人の首と腰部分で敵の身体を三つに分断した。慣性の法則に従って頭と上半身、二つの獣人だった切れ端がバンの天井から落ちて高速道路に転がる。そして後続トラックがその頭部に乗り上げ、ガタンと揺れた。あれでは自分が死んだことすら理解できていないだろう。バンの天井の上に残された下半身は高熱から切断部分が焼かれて止血された状態のまま、そこに立ち尽くしていた。
「降りろって、デカブツ」
ルフトジウムが邪魔だからと蹴るとその場に倒れて痙攣してピクピクと動く。
「これで二台目だ」
切り札だったのであろう獣人が一瞬で負け、さらに二台目バンの運転席にルフトジウムが灼熱のデバウアーの先端を突き刺したのを見た三台目のバンは慌ててハンドルを切って装甲車への攻撃を中止し、逃げようとする。ルフトジウムは再びジャンプしてカンダロの運転する車の天井に戻ると
「サイント!」
ルフトジウムは窓から顔を出しているサイントに仕留めるように指示を出す。既に狙いを定めていたサイントは
「分かってますよ、先輩」
と言うようにこくんと頷くとバンのタイヤに小型爆弾を撃ち込んだ。爆弾は的確にタイヤに貼り付き、地面にぶつかると同時に爆発する。
「あいからわずいい腕してやがる。
どうやったらきれいに狙ったところに当てれるんだ?」
爆発の勢いでパンクしたバンは横転し、火花を散らしながら高速道路上を四回転半してあちこちにナイロンや部品をまき散らしながら止まった。
「随分と派手に行ったなぁ。
生き残りはいるかな?
いてくれねーと、尋問のしがいがねーよなぁ」
サンルーフから車内に戻ってきたルフトジウムは楽しそうに喉を鳴らして笑う。カンダロはサンルーフを手動で閉じながらバックミラーで後ろの惨劇を流し見する。
「随分と派手にやりましたね。
生き残りがいたら少しは情報を得れると思うんですけど……。
まぁ、ルフトジウムさんがあんなに派手にしたんですから可能性は低いかもしれないですね…」
「なんでだよ。
手加減しただろ」
「あれだけの大事故を手加減とは世間的には言わないんですよ」
「おいおい、説教か?
護衛対象を守るのが一番の目的だろうが。
護衛対象さえ生きてれば情報は手に入る。
そうだろ?」
不満そうにカンダロにぼやくと山羊は自慢のマグナムに弾を込める兎の耳を摘んだ。
「………?」
「お前のお陰で俺は怪我はねぇ。
そしてお前にも怪我はなさそうだな。
助かったぜ」
不思議そうに顔を上げたサイントに、ルフトジウムはにっこり笑ってみせる。サイントは少しだけ目を泳がせていたが、すぐに顔を背け
「いえ。
仕事ですから」
その一言だけ発すると再び弾を装填していく。
「あーあ。
大鎌の獣人は今回は出てこなかったなぁ。
出てきた獣人もかなり戦闘力は下だったし、バックに大きな組織がいるっていう仮説も崩れちまいそうだぜ」
「まぁ、護衛任務はまだまだ続きますから。
まだ道程の半分にも達してないんですよ」
「そりゃ旅冥利に尽きるねぇ」
残念そうに遠くを見るルフトジウムの視線の先にはショーグンが手配したのであろう“エクステンド”の飛行ビークルが高速道路の封鎖を始める姿があった。カンダロの運転する車はスピードを落とすこともなく、一目散に装甲車と共にシェルターへ向かって走り続けた。
※ ※ ※
装甲車が襲われてから約五時間。すっかり夜になり街の明かりすらもまばらになるほどの田舎に二台はいた。
「はー…」
「……………」
「何読んでるんだよ」
「“山羊は寝るとき自分の姿を数えるのか”です」
「はぁー?
正解はこうだ。
全く、見ない!」
そう言いながらルフトジウムは暇そうに椅子の上で体を伸ばした。カンダロは疲れて後ろで寝ており、代わりに自動運転が作動している。ルフトジウムとサイントは護衛対象が無事にたどり着けるように気を張っていたが、その緊張の糸を張り詰めているのも限界に近づいていた。
「そろそろ休憩してぇな」
「同意。
獣人にも休憩は必要」
後部座席で眠る班長は何とも気楽にいびきをかいている。ルフトジウムはその寝顔がかつての相棒の姿と重なり、知らずのうちに拳を握りしめていた。
-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 7 End
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