-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 4
「なんで全員同じ部屋なんだよ!」
ホテル最上階の四十二階でルフトジウムは唇を尖らせた。ショーグンが勤めている“エクステンド”が用意してくれたホテルの一室部屋はかなり広く、最上階なだけあって眺めも良かったが何故か一人と二匹は同じ部屋に一緒にされてしまっていた。三つの部屋に一つの浴槽、一つのトイレという組み合わせは一つの部屋を二匹が使うことを意味している。しかし問題はこれ以外にもあって……。
「困りましたね…。
お風呂とかトイレとか一緒ですよねこれ」
獣人を恋愛対象に見ていないカンダロではあったが、獣人とは言え体付きは人間そのもののルフトジウムはかなりのナイスバディだし、サイントもしっかり膨らんでいるところは膨らんでいる以上、男一人のカンダロからしたら逆に地獄だ。雄一人に雌二匹は精神的にもしんどいだろう。ましてやそれが気の強い獣人二匹なら尚更だ。頭を抱えるカンダロの傍らで部屋をごそごそと物色していたサイントが何かを見つけた。
「……先輩」
「ん?」
サイントが手に持っていたのは小さくてかわいらしいパッケージの避妊具だ。それは人間が獣人相手に交尾をする時に使うものでもあり、オプション料金を払わないと置かれないようなものでもあった。そしてしっかりと裏には大野田樹脂のマークが小さく描いてある。
「どうやら……間違われた……?」
「なんなんだあいつ…。
勘違いも甚だしいやつだな。
俺達がそういう関係に見えんのかよ」
人間が獣人を買うのは世界でも当然珍しいことではない。むしろ“そういう風に使われる”のを目的とした獣人がいるぐらいなのだから。だからこそショーグンは気を使ってこのようなオプションを付けてくれたのだろう。しかし、下品すぎるショーグンの気遣いに怒ったルフトジウムはサイントの手から避妊具を奪い取るとゴミ箱へと投げ入れ、外の眺めが見える所に置いてある大きなソファーにどっかりと座った。
「ふざけた奴だけど……。
まあ、どうしてここから見る街は中々悪くはないな。
ホテル選びのセンスは評価してやるか」
「本当ですか?
どれどれ。
おお、本当ですね」
「…………」
ルフトジウムの横に並んで座ったサイントの耳がぴくりと動く。空を飛ぶビークルがホテルからすぐ近くを通過したのだ。他の古い建物よりも背の高いこのホテルは素泊まりでもかなりの金額になるだろう。一泊で軽くルフトジウムやサイントの月の給料は飛ぶと言っても過言ではない。そんなホテルから見下ろす“ロバートロボティクス”の街はかなりしっかりとした計画の元で作られているのが簡単に見て取れる。将棋の目のように作られている街の道路を先に作ってから都市を作り上げたのは明白で、その丁寧さは他の大企業とは一線を画していた。
「にしても本当にコンクリートの色しかねえ街だな」
「大野田重工みたいにカラフルな看板が沢山ある方が珍しいんですよ、ルフトジウムさん」
「ふーん。
さっき言った通り悪くはないけど、味気ない話だな。
お前もそう思うだろ?」
「そうですね、先輩」
「俺はあんまり好きじゃねぇよこの街」
何ともつまらなそうにルフトジウムはそう吐き捨てるとサイントの太ももを枕にして仰向けになると目を瞑った。サイントは別にそれにびっくりすることもなくルフトジウムの頭を膝の上に乗せたまま端末を開き、動画を見始める。
「え、なんですかこの空間…」
獣人二匹が予想以上に距離を詰めていたことと、まさかの膝枕に対してカンダロは言葉を失う。そんな獣人達がすぐに寛ぎ始めたのにも関わらず、カンダロは何処かから見られているような気がして寛げずにいた。そんな中、ルフトジウムが本当に眠りについてしまう前に明日の日程を伝えなければいけないことを思い出したカンダロは二匹の横に陣取る。
「あのー、お二方?
明日は大鎌の獣人から狙われているかもしれないっていう人の所に行きますからね。
朝は早く起きてくださいよ。
朝ごはん食べてから直ぐに出発しますからね」
「…………」
「はいはい」
サイントは黙って小さく頷き、ルフトジウムは手をひらひらと振る。カンダロはマイペースな二匹に若干苛立つが、ぐっと堪えて話を続ける。
「僕は一番手前の部屋を使うのでお二方は残りの部屋を使ってください。
どっちのベッドを使うのかはそっちで話し合って決めてくださいよ。
シャワーは適当なタイミングで各々入りましょう」
「あいよ、了解」
「………」
「それと、晩御飯はホテルの人が部屋まで運んでくれるみたいです。
草食獣人用のディナーがあるみたいなのでそれにしておいたって、ショーグンさんが言ってました。
夜の七時くらいに来るみたいですから。
それに依頼人の所に行く前に軽くミーティングもしますから。
いいですね?」
「あいよ、了解」
「………」
全く同じような反応を二匹から返され完全に萎えたカンダロはそれからなにか言うわけでもなく自分で決めた自分の部屋へと入っていく。カチャリとドアの音がなり、それを音で追っていたルフトジウムはドアが閉まったのを確認するとサイントに話しかけた。
「なぁ、サイント」
「何、先輩」
目を閉じたままだったがサイントがどんな表情をしていたのかルフトジウムは分かっていた。見るまでもなくおそらく無表情のままだろう。
「大鎌の獣人を追って俺達は前線を超えてここまで来ただろ?」
「………」
ルフトジウムは目をゆっくりと開ける。サイントの顔は胸の出っ張りで下からは顔が見えなかった。そんな状況だったがルフトジウムは変わらずに話を続ける。
「なんで大鎌のやつはここに来たんだろうか。
一体何が目的なんだろうなぁ……。
正直俺達の捜査は当てずっぽうにも近い。
今のままだと何年経っても捕まらねぇぞこれ」
サイントは顎に手を当てて少し考え込む。端末を横に置き、サイントはぼんやりと窓の外の景色を眺めた。
「……わからない。
しかし前回の誘拐事件の件から考えるに何かを欲しているように見えます」
「ほーん……何をさ?」
「あくまで推測に過ぎないです。
大鎌はまるで復讐の為に行動しているように見えますから」
ルフトジウムは眉間に皺を作りながら大鎌の獣人と戦った三回の全ての戦いを思い出す。どの戦いでも大鎌の獣人は真剣で、誰かに雇われていたようなそういう気配はまるで感じさせなかった。
「復讐だぁ〜…?
なんでまたそう思うんだよ」
「さっきも言いましたが、憶測です。
根拠はありません」
「そうか……。
そうだな」
ルフトジウムは起き上がると部屋の壁に立てかけているデバウアーを手に持ち、二度、三度振る。大鎌の獣人とやりあったとき、デバウアーの刃は少し欠けてしまっていた。少なくともあの大鎌の獣人の使う大鎌はルフトジウムよりも固く、高温になっているのは明らかだった。
「明日会う依頼人から少しは情報を得ることが出来ればいいな」
「そうですね、先輩」
-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 4 End
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