-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 3
「おやおや、我々の住む街が大野田重工の街よりも腐っていると?
そこの山羊の獣人さんは随分と酷いおっしゃり様だ。
よほど自分の生まれ育った街に誇りがあると見える」
「……そういうわけじゃねぇよ」
喧嘩腰になり、睨んでくるショーグンに対してルフトジウムは拒絶を示すように腕と脚を組んでむすっとした表情で窓の外へ視線を逃がした。真っ白のまつ毛が日の光に当たってきらりと光り、美しい横顔を見たショーグンは一瞬言葉を繋げるか躊躇う素振りを見せたものの、自らの守る街を侮辱された気持ちは収まらずルフトジウムに追撃する。
「私は貴方の街はどうだか知りません。
ですが、この都市ではお金が全てです。
人は生きていく上で水、食料、空気にすらお金を払っている。
そして、ここでは命にもお金を払う。
しかしそれは大野田重工の支配する地域も一緒では?
大野田重工では安全をお金で買っているではないですか。
有名な話ですよ。
格安の給料で働かせて、そこから安全費として会社がまた持っていくらしいじゃないですか。
さて、改めて聞きますが貴方の住む大野田重工の街とこの街は何が違うというのです?」
ルフトジウムは大きくため息をついて組んでいた腕を解し、むすっとした表情のまま頬杖をつく。水色と緑の入り混じった瞳を揺らしルフトジウムはショーグンの目を見据えた。
「あのなぁ~……。
別に俺は俺達の街は腐ってねぇなんて一言も言ってねえよ。
どっちも腐ってるだろ。
腐り方が違うだけでよ~……」
カンダロはショーグンとルフトジウムの間に入って何とか仲を取り持とうとするがルフトジウムもショーグンも悲しいことにカンダロの事を全く気にしなかった。というか、無視していた。
「腐る……。
なるほど、大企業の庇護下でぬくぬくと育った獣人の貴方でもそう感じますか。
何を隠そう私はこの都市の地下で育ちましてね。
何の力もない人間の子供が一人で生きるには地獄と言っても大袈裟じゃない環境でしたよ。
その地獄で嫌になるほどお金と、命の大切さを学びました」
「………それで?」
ショーグンはグラスの中に残っていたウイスキーを一気に飲み干すと空のグラスに新たに酒を注いだ。
「だからこそ私は問いますよ。
貴方の住んでいた所と、ここ。
そんなに違いますかね?」
「…………しつこいなぁ」
ルフトジウムが背けた目の先には先ほど事故を起こした車がいた。積んでいたのであろう燃料が燃えはじめ、黒煙と炎が少しずつその勢いを増していく。答えを求めるショーグンとただただ黙りこくるルフトジウムの間に飛び交う無言の炎も段々と勢いを増していく。
「ねぇ、山羊さん。
間違っているのなら教えてほしい。
別に攻めているわけじゃあないんですよ。
ただ答えが知りたい」
本当にしつこいショーグンの追撃にうんざりとした顔をして、また目を逸らしていたルフトジウムも再びショーグンの方を見ると嫌そうに口を開けた。
「あーもう本当にしつこいな。
分かった分かった。
嫌な気持ちにさせたらなら悪かったよ」
「ほら……もうやめましょうよ!
ショーグンさん、うちのルフトジウムも謝っていることですから。
ね、ね?」
しつこいショーグンの追撃にうんざりとした顔をしてルフトジウムもようやくショーグンの方を見ると嫌そうに口を開けた。
「俺はお前と喧嘩をしてぇわけじゃねぇ。
ありのままに思ったこと、感じたことを言っただけだ。
あんたがこの街に対してどういうプライドを持ってるのかは知らねーし興味もねぇよ。
いちいち深く絡んでくるな」
ショーグンからの話はもう聞きたくないと言わんばかりにルフトジウムは耳の横で手をひらひらと振ると目を瞑り、サイントに目配せして鼻を鳴らした。
「明確な答えはない……か。
ご機嫌を損なったなら申し訳ない。
ただ、私は知りたいだけだったんですが……。」
「は、はは……」
カンダロを見てショーグンは苦笑し、ウイスキーをあおる。カンダロも残っていたウイスキーを口に含み、乾いた笑い声を発して何とか間を取り持とうとするが悪い空気は変わらない。
「ふん……」
ルフトジウムの横に座る兎は無表情のままぼんやりとしていたが聞こえてきたサイレンの音にピクリと反応して窓の外を見る。先ほど起こった交通事故に対応する為か空からサイレンを鳴らしながら回転警告灯を光らせた大きなビークルが降りてきた。道を走っている車たちはその救助の邪魔にならない様に停止、もしくは迂回して行く。ビークルは箱のようなものをお腹に抱え、事故現場にふわりと着陸するとお腹の箱の扉が開き中から小銃を抱えた救急隊員が何名か降りてきた。
「ほら、見て見なさい。
この街はいい所だというのをきっと保証してくれますから。
もしあの市民が一番いいプランに入っているのならあの救急隊員は直ぐに全力で助けるはずです。
そして市民は一流の病院で一流の治療を受けることが出来ます。
この街は“お金さえあればいい所”だっていうのを証明してくれるでしょう」
大怪我をしてもなお動き、助けを乞う市民の手首には腕時計のようなものが付いており救急隊員はその腕時計を何かの機械で読み取った。しかし救急隊員はお互いに顔を合わせると首を振り、血まみれの市民を放置して再びビークルへと戻っていく。ショーグンはああ、と小さく呻き笑顔でカンダロ達を見た。
「残念です。
あの市民はどうやらどの救急プランにも入っていないようですね。
となると、一番安い無料プランでの救助になりますね」
もう一度「残念です」と繰り返し、ショーグンは車を再び発車させる。事の顛末を見守っていたのであろう他の市民達も次々と車を発進させていく。
「えっと、お尋ねしても?」
「どうぞ」
カンダロはおずおずとショーグンに質問する。
「その一番安い無料プランっていうのはだいたい何日後に助けが来るんです?
それによっては……」
ショーグンはふむ、と少しだけ考え込むと指を二本立てて見せた。
「二時間ってことですか」
「いえ。
おそらくあと二日後ぐらいって事ですよ」
「それじゃあ死んでしまうのでは……?」
「それが何か問題でしょうか?
お金を稼げなかった。
ならばもう死ぬしかない。
そういう街ですからここは。
嫌なら他の都市へと行けばいい」
車から出ている炎はどんどんと大きくなっていく。その炎はまだ車の中に取り残されている市民にもそろそろ差し掛かるだろう。助けてくれと大声で周囲にアピールしているものの、しかしその結末を見届ける前に車は走り出し、事故現場は遠くへと消えていった。
※ ※ ※
「ここが指定のホテルです。
食事は朝、昼、夜全部付けておきました。
慣れぬ土地でお腹を壊してはいけませんからね。
ぜひお楽しみください」
二人と二匹を乗せた車は駅から高速道路で三十分程で都市の中央区にたどり着いた。そこは今までとは全く違って古い建物が沢山並んでおり、“ロバートロボティクス”の歴史を感じさせるようなガス灯や、時計台といったものが改装されたりすることなくそのまま残されていた。はじめカンダロ達は経費削減の名目でオンボロの格安ホテルに泊まらされると思っていたので内心戦々恐々だったのだが、車が止まったホテル名を見てほっとする。そこはガイドブックにすら掲載されるような有名な高級ホテルだった。
「お気遣い感謝します」
「かなり駅から距離があるな、ここまで」
「……先輩がせっかちなだけ」
「あんでだよ……」
ぶつぶつと話す二匹を先に降ろし、ショーグンはカンダロの端末に今後の予定を詰め込んだデータを送信する。そして耳元でこそっとカンダロに話しかける。
「カンダロさん。
今後とも捜査での協力体制を築いていければと私は考えています。
ですが貴方の部下…特にあの山羊の獣人。
きちんと彼女の手綱を持っておかないと貴方はきっと痛い目に会いますよ」
「……それは同業者としての意見ですか?
それとも…?」
ショーグンはニコニコと笑うとまた背もたれに深く腰掛けて外に出るように促す。
「おーいカンダロ!
早くしろよ!
荷物運んでくれるってよ!」
「今から行きますから!
少し待ってください!」
カンダロはショーグンに小さく会釈だけすると車から降りる。今から泊まるホテルを見て明らかにテンションの上がっているルフトジウムは自分のバッグをサイントに放り投げて渡すと大きく伸びをしていそいそとホテルへと入っていった。
-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 3 End
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