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-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 2

『乗客の皆様にお知らせいたします。

 当列車はあと一時間ほどで“ロバートロボティクス本社都市駅”に到着いたします。

 お降り口は左側です。

 お荷物をお忘れなきようご注意してお降りください。

 今回は五日間もの長旅になりましたがご乗車誠にありがとうございました。

 車掌は私、カサマチ・ヤエトでした。

 “カテドラルレールウェイ”は常にお客様の安心と安全を謳い文句にしており、会社の創設以降、一度として事故を起こしたことはございません。

 もし万が一サービスに満足できなかった場合は――』


 低い男の声で流れ出したアナウンスがルフトジウムの鼓膜を揺らす。真っ白な髪の毛の山羊は真っ白な睫毛の生えている目をゆっくりと開けた。


「ん……う……。

 痛たた……」


 カンダロが経費をケチったおかげで割り当てられたエコノミー席はお世辞にも快適とは言えないが何故か程よく寛げる硬いベッドだった。ルフトジウムはゆっくりと体を起こし、伸びをする。向かい側のベッドではサイントがすぅすぅと寝息を立てて眠っていて、二段ベッドの上ではカンダロが本をアイマスクのようにしていびきをかいている。


「ったく……。

 おいお前らそろそろ起きて着替えろよな。

 朝の九時半だぞ」


 ルフトジウムは端末で時間を確認してからベッドから出ると窓のカーテンを思いっきり開いた。太陽の眩しい明かりが部屋に飛び込み、あまりの眩しさにルフトジウムは目を細める。外には砂と岩しかない砂漠が広がっていた。


「なんとも殺風景だな…」


思いっきり日光が顔に当たるところで眠っていたサイントが、眩しさから迷惑そうに顔を歪めて薄っすらと眼を開く。


「お、サイント起きたか。

 見てみろよ窓の外。

 目標の場所が見えてきたぞ」


「おやすみなさい」


「おい」


なかなか起きようとしない兎と人間を起こすために止めでルフトジウムは窓を開けた。時速百三十キロ程度で走る列車の巻き起こす風は凄まじく、少し開けただけで小さな部屋の中を荒れ狂った空気が駆け抜けた。


「何事ですか…」


そうしてやっと寝ていたカンダロが目を覚ます。


「おはようございます、だ」


ルフトジウムは寝坊助にとびっきりの笑顔で応えてやった。




      ※ ※ ※




「ここが“ロバートロボティクス”の支配する場所……なんか変な匂いがするな」


「……かなり変わった匂い。

 何故か目が覚めそう」


「コーヒーってやつらしいですよ」


ホームに降りると一人と二匹の身体をコーヒーの匂いが包み込んだ。今まで嗅いだことのない匂いに二匹は鼻を摘まむがカンダロは近くの売店に行き、早速コーヒーを買っていた。


「ブラック、っていう種類のコーヒーらしいですよ」


彼はさっそく一口飲み、咳き込む。


「ごほっ、ごほっ!!

 これ苦い!!」


「毒だろ!

 吐き出せカンダロ!」


「…………」


 そんな一人と二匹に一人の人間が近づいてくる。長めのシルクハットのようなものを被り、スーツ姿で、左手には真鍮の杖のようなものを持っている。それに気が付き、ルフトジウムはすぐにカンダロとその人物の間に割って入った。


「お前何者だ?」


「おや、鋭い。

 流石は“AGSの断頭台”という異名を持つだけある。 

 まぁ、まぁ、落ち着いてください。

 私は“ロバートロボティクス”内の都市警護を任されています、“エクステンド”の者です。

 貴方達の“AGS”とは資本提携関係にあります」


「ああ、貴方が本社から……ごほっ。

 失礼しましたごほっごほっ」


「ゆっくりで結構。

 私から先に挨拶させて頂きますね」


そう言いながらシルクハットを取った男は深くお辞儀する。釣られてルフトジウム達もお辞儀をした。


「今回貴方方の本社から捜査に協力するようにとの要請を受けましたので今回協力させてもらいますよ。

 私はジャーニー・トンプソン・マイケル・ミハエル・バレッタ・ベア・キャシリア・ビーンズ・ルイージ・シャーナ・マイク・ショーグンです」


 彫りが深く色白で、目だけがぎょろりと大きい。眉毛は薄く整えてあり唇だけが妙に赤く見える。恐らく口紅を欠かさないのであろう彼の髪の毛はワックスでしっかりと固めてあり、まるで映画に出てくる悪役のような風貌だった。


「よろしくお願いします、えーっと…?」


班長のカンダロが当然ながら挨拶をするが一回では名前を覚えきれず当然言葉に詰まる。


「気楽にショーグンとでもお呼びください。

 ああ、この名前は祖父が大野田重工に居たときの名残です」


ショーグンはニコリとして一人と二匹にこっちに来るように促した。その先には大きな車が一台停まっており、自動で開いた後部座席に座るように促される。カンダロとサイントとルフトジウムは自分の持ってきた荷物を車のトランクに詰め込み、後部座席に座ると車は自動運転で走り始めた。


「長旅でお疲れでしょう。

 この都市を案内して差し上げたいが先に休める場所をと考えましてね。

 この都市の中でもソコソコの所を僭越ながら勝手に選ばせて頂きましたよ」


「ありがとうございます。

 助かります」


ホホホ、とショーグンは笑うと車の座席真ん中を開け、ウイスキーグラスを出してロックアイスをグラスの中に入れカンダロに渡す。


「どうです?

 一杯やりませんか?」


「頂きます」


キンキンに冷えたウイスキーを注いでもらったカンダロはグラスを傾けてくっと一口飲む。カンダロの表情がぱっと明るくなった。むせ返るようなアルコールの芳醇な風味は日本酒ばかりが売っている大野田重工支配地域で暮らしてきたカンダロからしたら初めての風味だ。


「美味しいですね、これ」


「ホホホ、今年が製造以来最高の出来との言葉は嘘ではないようですね。

 では、乾杯」


 ルフトジウムは二人のやり取りを耳で聞きながら“ロバートロボティクス”の都市の町並みを楽しむ。彼女自身別企業が支配する地域に来たのは初めてで、風景のすべてが真新しい。バイオ桜と多数の植木ぐらいしか植物のない大野田重工支配地域と比べ、しっかりと深緑に茂った街路樹が均等に並んで生えている。キラキラ光る看板もなく控えめな主張しかしない店舗はみんなが町並みに合わせた色を選択しているようで落ち着きがあった。派手さはどこにもなく、空中を這う電線の姿もない。空高くまで伸びるは摩天楼の屋上には大野田重工都市のような五重塔を模した建造物は無く、そのせいか逆に奇妙にも見える。一見するととてもきれいな街で清潔感もある。


「そうだったんですね!

 実はあのとき僕もあの現場に……」


「ホホホ!

 これまた奇遇ですね!

 実は私めも…」


「……先輩。

 あれ。

 敵性分子かも」


 全体的に街中も、人間も獣人も綺麗というイメージをルフトジウムは抱えた。しかしそれも後ろから迫ってくるバイクに乗った連中達をサイントが見つけて指差ししてくるまでだったが。マフラーから大きな音を出して彼は手にバットや鎖を巻き付けている。両腕を義手に変更している彼は薬でもキメているのか虚ろな眼で走っているようにも見えた。


「おや、彼らはこの街のギャングです。

 我々には手を出してきませんが他の市民は犠牲になるかもしれません」


ショーグンはあっけらかんに説明する。


「へ?

 他の市民が犠牲になるのならどうして捕まえないんです?

 “エクステンド”の仕事の一つに都市警察があるのでは?」


カンダロは車の両脇を銃を乱射しながら駆け抜けていくギャングに怯えながらショーグンに尋ねる。


「彼らはお金を払いますからね」


「お金を…?」


とっさに理解できなかったカンダロは首を傾げ、ショーグンの言ったことを頑張って飲み込もうとする。ルフトジウムは銃弾を浴びた車がすぐにコントロールを失い、壁に突き刺さったのを見て、足を組み鼻で笑った。


「……なるほどね。

 ここは俺達の住んでいた所よりよっぽど腐ってるかもしれないぜ、カンダロ」






                -見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 2 End

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