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-大陸間弾丸鉄道- Part 15

 敵の頭部はゴロゴロと屋根から落ちると直ぐに深い夜の闇に消えて見えなくなってしまった。


「はぁ……。

 これでやっーーっっと一息付けるっスよ……」


 炎上している敵装甲列車が沈黙していることをしっかりと確認してハルサはようやく肩の力を抜いて天井に座り込んだ。青い返り血でべたべたしているアメミットを見てどうやって洗うか考えながら自分の脚の深い切り傷を掌で抑える。傷口から赤い血はもう流れ出してはいなかったが、しっかりと固まってもおらず走ったりしたらまた出血しそうな上に、戦闘が終わってアドレナリンが減ったせいか今までとは比べ物にならないほどの痛みが出てきた。


「う……。

 くそいってぇっス……」


『いつの間にそんなに深く切ったのかにゃ。

 さっさと手当した方がいいのににゃ』


 先ほど分厚い雲に隠れていた月がまた顔を出し始め、列車を薄暗く照らし始める。どっと疲れが滲み出し、そのまま天井の上で眼をこすりながら横になったハルサはラプトクィリから飛んできた通信を受け取り衝撃を受けた。


『ハルにゃん!

 な、なんかまだ動いてないかにゃ!?』


「え…へぇ……?」


 やっと終わったと信じ込み、地面にへたりこんだ矢先の通信だった。もううんざり、というようにハルサが上半身だけ起こして振り返ると燃え盛る戦闘区画を分離した敵装甲列車の機関音が高まり、再び動力炉が息を吹き返したようだった。列車砲の直撃を受けてボロボロになっている戦闘部分を留めていた爆砕ボルトが立て続けに爆発を起こし、左右についていた銃座や砲が切り離される。そしてまるで脱皮した芋虫のように中から出てきたのは更に厄介そうな新しい装甲列車だった。


「ま、まだやるつもりなんスか……?」


舌打ちしてハルサは立ち上がるとアメミットの電源を入れ直し、斜めに構える。


『待つのにゃハルにゃん!

 敵装甲列車中央機関部分が何か信号を……ッ!?

 消えたはずの敵ボスと同じ反応を確認したのにゃ!

 ハルにゃん、あいつの本体はあっちだったのにゃ!!

 あいつの脳は列車の中なのにゃ!』


「そういう事っスか……。

 というかあいつは正気なんスか?

 そんなことしても……」


ラプトクィリの声は少し震えていた。


『絶対正気じゃないのにゃ。

 人間の体から脳を取り出してそれを装甲列車に取り付けるだにゃんて。

 ボクは今まで義体以外の物に脳髄を取り付けるなんて聞いたことがないのにゃ。

 というか拒絶反応で普通は死ぬのにゃ!

 人体の形をしていないものに取り付けられた脳はその差異から違和感を起こして――』


「相当なイカれポンチだったってことっスね」


『人語すら解せなくなるのが普通なのにゃ……。

 それなのに……』


 古い皮から解き放たれた装甲列車は縦に左右五つずつ並んだヘッドライトを明々と付け、ハルサ達の車両の後ろにぴったりとくっついてくる。ぴかぴか新品の今まで使われたことがないのであろう戦車砲が一門、盛り上がったコックピットのような所から突き出して、こっちを狙っていた。


『ハルにゃん!

 ボクが何とかクラッキングしてあいつの脳を焼き切ってみるのにゃ!

 時間稼ぎを――!』


ラプトクィリはそう言って何とか相手の列車に対してクラッキングを仕掛けようとする。二匹から見たら敵の装甲列車は完全に戦闘態勢に入っていると思っていたが、敵はどうやらもう一戦交えるつもりは毛頭無いらしい。


「なんか離れていってないっスか?」


 どんどんと敵はスピードを落とし、しばらくすると左右の膨らみ部分から六本の脚を展開し、まるで蟹のように線路を外れて横向きに移動を始めた。


「なんスかあれ!?」


予想外過ぎるその動きにハルサは思わず叫んでいた。


『まずい!

 ボクのクラッキング圏内から外れるのにゃ!

 ハルにゃん!

 敵の残る武装はあの戦車砲一門だけなのにゃ!

 仕留めるなら一気に近づいて……!

 ああ、でもこっちを見てないし……。

 きっともう戦闘は終わりなのにゃ!

 多分……多分にゃけど、自分の義体が全部やられたからもう勝てないと思って逃げてるのにゃ。

 脳までやられたら死ぬからにゃあ……』


「私は追わないっスよ。

 もう追いかける力もないっス。

 それに一体またなんスかそれ……。

 合言葉のように神のご加護をとか言ってた癖に?

 全く、あほくさいっス」


『……呆れたのにゃ。

 ああ、そう。

 今あの列車の装甲値を分析したんにゃけど、脱皮前よりも分厚いのにゃ』


「つまり、より固くなってるって事っス?」


『そういうことにゃ。

 更にエネルギー兵器に対する耐性もかなりのものなのにゃ。

 大野田重工の都市を守っているのと同じ防御機構みたいなのを積んでるにゃぁ~…。

 もうあのレベルになると正直、企業の大型兵器ぐらい引っ張り出してこないとダメかもしれないのにゃ。

 間違いなくこの列車砲じゃ弾かれて終わりなのにゃ。

 それに列車砲の機関部にしてたジャーグの心臓も限界なのにゃ』


「とんだ臆病っスね。

 でも賢い選択ではあるっスか。

 死にたくないならさっさと逃げるのが一番っスから」


 ハルサは呆れてアメミットの電源を再び切るとどんどん遠くなっていく敵の姿を見つめながら首を振る。ラプトクィリが呼ぶのでくたくたに疲れた体を引きずって小さな狼は列車砲の一人と一匹の側にまで出向いた。

 ラプトクィリと再起動を完了したジャーグは何とも穏やかな顔をしてハルサを出迎えてくれた。


「……どうだ?

 なんとか……やったか?」


ハルサは腰に手を当ててどや顔しながら


「無事に撃退したっスよ。

 あいつの本体は戦線を離脱しようとしている所っス。

 ほら――うぉ!?」


敵が逃げた方向を指さした。

が、


「逃がしたのか!?

 お前!!?

 なにやってやがる!!」


 いきなり激昂したジャーグがハルサの胸元を掴み、怒鳴り始めた。身長が百三十二センチしかないハルサの胸元を掴むのは体の大きなジャーグからしたら大変そうだが、だぼだぼで丈夫なハルサのコートはハルサの体ごと簡単に宙に浮かせる。


「じ、ジャーグ!?

 何してるのにゃ!?」


「俺の心臓を使っておいて!!

 なぜ逃がした!?

 あぁ!?」


揺さぶられ、脚がぶらぶらするハルサだったがその表情は全く変わらず少し苛立ったようにハルサは言い返す。


「うぜぇ……。

 手、離せっスよ。

 そんなん私が知ったこっちゃないっス。

 あいつはお前の仇だったんだろうっスけど、私にとっては別に仇なんかじゃないっスから。 

 命まで取れっていう約束をしたわけでもないっスし?」


「てめぇ!!!!」


 しれっとハルサは太もものベルトから小刀を引っ張り出すと、今ハルサを掴んでいるジャーグの義手の装甲の隙間にその切っ先を差し込んだ。高熱を持った小刀の刃は義手内部の人工筋肉を操る電子基板部分を一瞬で焼き切り、ハルサをしっかりと掴んでいた手は条件反射のように開く。


「全く。

 服が皺になるじゃないっスか。

 姉様の洗濯が増えるっスから勘弁して欲しいっスよ」


小刀をベルトに戻してハルサはジャーグの掴んでいたところをパタパタとはたく。


「バカが!!!

 あいつをここで殺さないとまた来るだろうが!!

 この俺が何のためにこんなに…! 

 ここまで、ここまでしたと!!!!」


頭の上から湯気を出しそうなほど激怒しているジャーグに対してラプトクィリはなぜハルサが相手の命を取らなかったのか説明してあげることにした。


「あー。

 倒そうとしても無駄だったのにゃ。

 いまデータを送るのにゃ。

 これを見たら直ぐに納得が行くはずなのにゃ」


「必要ない!

 俺は一人でもあいつを追う!!

 まだこの距離なら間に合うんだ!」


今にも列車から飛び降りそうなジャーグをラプトクィリが引き留めようとするが、ハルサはどうぞと道を譲る。


「好きにするといいっスよ。

 ほら、あいつはまだあそこにいるっスから。

 あのスピードならあんたの義体を使えば直ぐに追いつけるっスよ」


「待つのにゃ、ジャーグ!

 追いかけても無駄なのにゃ!

 五百ミリを超える装甲に対エネルギー兵器防御もついてるのにゃ」


「うるさい!!!

 俺はいくぞ!!!!」


 引き留めるラプトクィリを振り払い、ジャーグはヒビの入っている心臓機関をフル活動させて列車の天井から飛び出していった。線路の上に着地し、チーターと同じような仕組みの脚のバネが地面を蹴り、時速八十キロを超えるようなスピードでジャーグの巨体が駆けていく。まだ隠していた機能を初披露していたのにも関わらず二匹の興味はジャーグより別の所にあった。


「……?

 何にゃあれ…?」


「彗星…?」


 二匹は同時に口を開き、そして同時にお互いの目を見て、もう一度彗星へと目を向けた。水色の美しい彗星のような何かが敵装甲列車を追いかけるように落ちていく。当然ジャーグも異変には気が付いていただろう。しかし仇が目の前にいるジャーグはそんなことに構っていられなかった。


「ジャーグ!

 何か変なのにゃ!

 今すぐそこを離れるのにゃ!」


ジャーグは直ぐに敵装甲列車にたどり着くと、その巨体と義体が生み出す馬力で装甲列車の装甲の継ぎ目に指をめり込ませていく。


「ジャーグ!

 早く離れるのにゃ!」


『うるさい!!

 俺は!!

 俺の仇をここで――!』


天を駆ける彗星がきらりと一際強く光ると美しく水色に輝く光の柱が敵装甲列車とジャーグをすっぽりと包み込む。


『俺は――!!

 俺が――!』


「ジャーグ!?」


「うっ、眩しっス……!」


昼間の太陽すらも凌駕するような強烈な閃光で二匹は目を瞑った。轟音等は何も聞こえなかった。ただふわりと温かい風が二匹の頬を撫でたようなそんな気がした。そして目を開けたとき、装甲列車もジャーグも地面に大きなクレーターを残して消えてしまっていた。






                -大陸間弾丸鉄道- Part 15 End

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