-大陸間弾丸鉄道- Part 10
敵が消え、ハルサはようやく倒れているジャーグの様子を見に行くことが出来た。口から血を吐き、片腕も消えてなんとも痛々しい姿だったが今回ハルサが“砂漠の虎”のボスに勝てたのはジャーグが前もって敵のセンサーをある程度削ってくれていたからだ。
「……やっと倒したか」
意識が戻り、静かに戦いの結末を見守っていたであろうジャーグはハルサが戻ってきたのを見て人工筋肉の頬を緩ませる。ハルサは大鎌についていた敵の血液を拾った車内カーテンで丁寧にふき取るとパリパリに乾燥した部分を爪でカリカリと引っ掻く。
「作戦通りっスよ。
あんたがそこまで倒したかった相手を私が倒してよかったんスか?」
「まあ……。
本当は俺の手で倒したかったんだが。
柔は剛を制しやすい、という諺通りになった訳だ。
俺が指導した乗客達の反乱も上手くいったみたいだし、これで“砂漠の虎”は壊滅だ」
満足そうにそうぼやくとジャーグは起き上がるために残った腕に力を入れる。しかし地面に溜まっていた青い血で掌が滑り、ジャーグは再び尻もちをつく。
『ジャーグが残していた敵データのお陰なのにゃ!
敵の使用している違法改造戦闘義体のどこにセンサーがあるのかをしっかりと記していたのが功を制したのにゃ。
よく作れたのにゃこんなの』
「お前達の役に立ったようでよかった。
可能な限りやつの使っている義体はどれかを調べて回ったのさ。
これを託せる奴が列車に乗っていた事が俺にとっては超幸運だった。
乗客を唆して相手に武器を使わせるシチュエーションに追い込んだりもして集めたのさ。
しかし、このためにかなりの数の乗客を犠牲にしてしまった。
神のご加護を、っていうわけにもいかないかこれに関しては」
ハルサははっ、と鼻で笑い、起き上がろうとするジャーグに向かってアメミットの刃を突き付ける。一瞬でジャーグの表情が凍りつき、何事かというようにハルサを睨みつける。
「乗客が何人生き残っていて、何人死んでようが別に私はどうでもいいっス。
ただ、何もかもうまく行き過ぎじゃないっスかね?
なんで敵は都合よくあんたが乗っていた列車を襲ったんスかね?
乗客達だってバカじゃないっスよ。
あんたに唆されて、武器持ってあの化け物みたいな義体集団相手に普通立ち向かうっスかね?」
「……何が言いたい」
疑問を口にしたハルサの持つ大鎌、アメミットの刃を退かすようにメで訴えるとジャーグはやっと起き上がり、ハルサをじっと見たまま一歩後ろに下がる。その雰囲気を察したラプトクィリが確認の為か口を開くがその些細な声すら今の張りつめた空気には大きすぎた。
『ハルにゃん?』
「静かにしろっス、ラプト。
私は今こいつを始末したほうがいいとまで思っているんスから」
「………ふふっ」
静かにじっと聞いていたジャーグだったがおもむろにニヤリと笑って見せる。その笑いは今までのジャーグとは違い人間の心のどす黒いものを表情として作り上げ、顔に貼り付けたようで見ているハルサに深い嫌悪感を抱かせる。
「バカで口だけの獣人かと思っていたが……中々に鋭いなお前。
当然答えは持っているんだろ?
言うまでもなくそんなのは簡単なことだ。
“砂漠の虎”を呼び寄せたのは俺だからだ。
簡単だった、かなりな。
大野田重工の貴重品がこの列車に乗ってるって重工支配地域にバラまいたのさ」
「そうじゃないかと思ってたっスよ」
ハルサはコートを首元までグイっと引き上げると、口元を隠してジャーグに向けていたアメミットの先を逸らした。
ら
『ハルにゃん分かってたのにゃ?』
「じゃないかなって、予想だけだったんスけどね。
でもまだあるっスよ。
“砂漠の虎”をおびき寄せるだけじゃなくて“乗客にも何かした”んじゃないスか?
あんた、乗客の脳をクラッキングして思うように操ったんじゃないっス?」
ジャーグはハルサにそう言われた瞬間、顔を逸らし自分の落ちている腕を拾うと乱雑にポケットに突っ込んだ。何も言わない所を見ると答えはYESに他ならないだろう。
「これだから人間ってやつは嫌いっスよ」
「獣人には分からないだろう。
人間ことも、心もな。
祈る事すら知らない人工生命体にはそのレベルでいるのが一番だ」
「興味ないっスよ。
自分達で殺し合いする唯一の動物に何を言われようが響くものも響かないっスね」
「お前達を生み出した祖に対しての口がそれか」
「別にお前に生み出されたわけじゃないっスから」
一人と一匹が険悪な雰囲気になってきたが空気を読まずにラプトクィリが間に割って入ってきた。
『ハルにゃん!
ジャーグ!
そんな下らない喧嘩してる場合じゃないのにゃ!
後ろを見るのにゃ!』
「後ろ……?」
ボロボロになりながらも走る列車の後ろ、敵装甲列車が消えた方から夜の闇を割く様に一筋の白い光が見える。
「なんだあれは」
「なんスかあれ……?」
次第に白い光が近づいてくると共にその姿は明らかになっていく。
『あれは……。
ハルにゃんが止めたはずの装甲列車なのにゃ……!?』
「なんでそんなものがまだ動いてしかも追いかけてくるんスか!?
あの時確かに運転手は死んでたはずっスよね!?」
先ほどハルサが止めたはずの敵の装甲列車なのは間違いないが、その形状は大きく変わっていた。先頭車両の装甲が左右に開き、排熱で赤く光った排熱口から灼熱の空気が吐き出されている。先頭車両には新たなアタッチメントのような物が取り付けられており、それはまるでシュレッダーの刃のような形をしていた。
「くっそ嫌な予感がするな」
ジャーグもその光景を見て言葉を詰まらせつつ、ハルサの方を見る。
「当然あれが変形するっていうプランは……」
「ない。
あんなのがあるとも思っていなかった」
一番最後尾の車両に敵シュレッダーの刃が引っかかると一瞬のうちに鉄と木で出来た車両が飲み込まれていく。ミシミシという音と鉄の拉げた音が列車の走行音を取り消してハルサ達の居る所まで届くと、引っ張られた連結器が簡単に千切れ飛ぶ。最後尾をあのシュレッダーが分解するのに必要な時間はおよそ三十秒にも満たないほどの短い時間だった。
「あれ止めないとやべぇっスね」
アメミットを構え、ハルサは対物ライフルを撃ち込む。だが、弾は正面の装甲と刃に弾かれてまるで効いていないようだった。
『お前ら絶対に許さねえからな!!!!!!!!』
その声は先ほどハルサ達が倒したはずの敵の声だった。
-大陸間弾丸鉄道- Part 10 End




