-大陸間弾丸鉄道- Part 9
「生意気なガキがァ!!
獣人ごときがァァ!!!
人間を俺様を甞めんじゃねえぞ!!!」
冷静さを欠いたその動きはハルサにとってかなり読みやすい動きだった。各間接に仕込まれた一つで五十馬力もの出力を吐き出すセルモーターを利用してとんでもないスピードで直線上に繰り出されるパンチはひらひらと左右自在に動くハルサに当たるはずも無く、空を虚しく殴りつける。勢いあまって前につんのめり層になりながらも攻撃を続ける敵の一発、二発と群発的に飛んできたパンチをハルサは軽く右手を添えて横に流し、無防備になった顔面にアメミットの尖った柄の部分を叩き込んだ。
「ぐっ……!?」
敵の顔を覆っていたバイザーが割れ、青色の人工血液が割れた破片の突き刺さった人工皮膚から流れ出す。
「まだやるんスか?」
陽炎を従えた大鎌、アメミットをくるくると回して呆れたようにハルサは口を曲げ、右手に小刀を鋭い角度で構えなおす。
「当たり前だァ!!
お前の体をばらばらにしてやる!!!
そんでそのあと下半身だけオナホとして売りさばいてやるからなァ!!」
「物騒っスね……」
額から垂れてくる血を拭い、それでも懲りずに襲い掛かってくる敵の懐に素早く踏み込み体を少し捻ってハルサは敵のパンチを左へと避ける。その際手に持っている小刀で相手の皮膚の表面を所々鞣すように削り取る。その傷は浅く、少しの出血と共に表面の部品が削れていくだけで、ハルサは軽く舌打ちをし体を捻ったまま後方転回して距離を取り、間合いを測る。
『次のターゲット位置はここにゃ』
ラプトクィリが指定してきた場所は敵の腕の内部だった。
「これならアメミットで叩き斬ればいけるっスね」
「その程度で!!
俺の義体を止める事が出来ると思ってんのかァ!!
いい!
いいぞ!!
さっきのくそ雑魚生き残りよりマシもマシだァ!!!」
「そりゃどうもっス」
敵は壁に張り付いている鉄のパイプを引きはがすとその先端を軽く折り曲げ強度を確保する。そのパイプを二度三度振り回すと右手にそれをもってハルサへと襲い掛かってきた。斜め右上から振り下ろされた攻撃をハルサは左側に体を小さく屈めることで躱そうとする。
「おらァ!!!!!!!
そう避けるってのは分かってたぜェ!!」
「私だってそう来るのはわかってたっスよ?」
屈んだハルサの頭目掛けて敵の左から唸る拳が繰り出される。小さな狼を追いかけるように突き出された左腕のラプトクィリがフォーカスした部分を目掛けて、ハルサは仕上げとばかりにアメミットを思いっきり振り下ろした。
「これで……!」
狙って振り下ろされた何十キロもある大鎌の重量にプラスして十万度という超高温を携えた刃に触れた敵の義体は物体としての形を保つことが出来ず、刃の当たった部分がプラズマと化し蒸発して消えていく。
「腕の一本ぐらいくれてやる!
さあ祈れェ!!!
神のご加護があることをなァ!!」
「まさか自分の腕を囮に――!?」
ガン、とハルサの頭に鈍い衝撃が走り、ハルサの小さな体が電車の壁に叩きつけられた。アメミットの安全装置が働き、熱を失ったアメミットが床に突き刺さる。吹き飛ばされた衝撃で真っ白になった視界に敵が持っていた武器の先に赤い血がついているのが微かに映り、ハルサは自分の状況をようやく理解する。
「はははははは!!!!!!
どうだクソガキ!!!!
痛いだろ!!!!!!」
「痛いじゃないっスか……」
やっと帰ってきた視界にいっぱいに敵の巨体が映りこみ、ハルサは一瞬悶えてふらふらと立ち上がる。地面に突き刺さっているアメミットを拾いあげ、再び過熱スイッチを入れる。戦闘用獣人と言えど頭部への衝撃は下手すれば致命傷となりうるが、今回はハルサ達の作戦勝ちだった。
「何だこれァ……?」
敵の視界にザザッと砂嵐のようなものが一瞬走ると、今しがたパイプを握っている側の右腕の機能停止を告げるエラーメッセージがポップアップで現れる。
「こんな時にエラーだと!?!?
通りで貴様の頭がまだ残ってるわけだ!!!
運がよかったなァ!?!?
まあいい……。
次の一撃で終わりだ!!」
もう一撃加えようと腕を振りかぶる“砂漠の虎”のボス。
『ハルにゃん!
敵の最後のセンサーの破壊を確認したのにゃ!
頭に当たるぎりぎりのところで出力を落とすことができてよかったのにゃ』
「!?!?!?!?」
敵がハルサを打つ為に振りかぶったその腕は力なくだらりと垂れ下がると、パイプ程の軽い重量すら支えきれず床に落としてしまった。敵を襲った困難はそれだけでは無かった。腕を切断された事による接続の停止から引き起こされる不具合が義体のバランスを崩し、今までギリギリでせき止めていたエラーメッセージが一気にあふれ出したのだ。
「何だこれえぇえエエエ!!」
敵の視界は重大なエラーを示すエラーメッセージが次から次へと流れ出し、正常な視界すら確保できなくなっていた。混乱し、足をもつれさせた敵が倒れ、列車の床にぶつかり重く、鈍い音をたてた。
『狙い通りにゃハルにゃん。
敵の義体から出ている微弱な電波を解析した結果、敵義体の損傷が許容量を大幅に超えたことを確認したのにゃ」
「兎にも角にも狙い通りに言って安心したっス。
私に神のご加護があったようで何よりっスよ……ふぅ……」
額から流れ出る血を拭いながらハルサは鼻から息を軽く吐き、ドキドキと強く脈を打つ脈と息を深呼吸で少し整えてアメミットを肩に担ぐ。ハルサもノープランで敵を怒らせるような発言をしていた訳ではない。端からハルサとラプトクィリの狙いはこれ一つに尽きるのだった。
『ここまで的確に敵のセンサーを破壊できるハルにゃんはすごいのにゃ。
特訓の成果が出てるのにゃ~!』
「ビシバシと叩き込まれたっスから。
以前の私だったらやられててもおかしくはなかったっス。
それに敵は連戦で手負いだったっスから」
『ジャーグの狙いもはじめっからこれだったからにゃ。
その為に自分がボロボロになってたら意味もないにゃけど……。
訓練はかなり頑張ってたって話だからにゃ……』
「しっ、まだ来るっス」
ずっしりと重いアメミットを再び構え、ハルサは戦闘態勢を崩さずに違法パーツの急な切断からくる多数のエラーコードと格闘している敵を注視する。ブンブンと腕を闇雲に振り回し、その場で地団太を踏んだかと思えば義体の隙間から漏れる血液に足を滑らせたり、かなり混乱しているようだ。
「クソクソクソクソクソクソ!!!!!!!」
そう叫びながら敵はハルサ達とは真逆の方向へと走り出すと列車の壁をぶち抜き、夜の闇へと消えていった。
「最後は自殺っスか。
祈れば助けてあげれたかもしれないんスけどね」
『あいつらの部下は信仰深いのにあいつはそうでもなかったのにゃ』
-大陸間弾丸鉄道- Part 9 End




