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-大陸間弾丸鉄道- Part 1

 アイリサは深刻な顔をしてラプトクィリの差し出した端末の指令書に二回上から下まで隅々まで目を通した。読み終わると嫌々ながらも指令書の右下にあるサイン欄にサインをして端末をラプトクィリに返す。


「何でこんなこと……。

 ギャランティがハルサの実力を勘違いしているんじゃないのかしら?

 あの子にはまだまだ早いようにも見えるわよ」


ラプトクィリはケラケラと笑う。


「にゃはは、勘違いの可能性は低いのニャ。

 ミヨツク誘拐を成功させた段階で、ハルにゃんのギャランティ内部レートはかなり上がったのニャ。

 その結果、できる仕事が増えたっていうだけなのにゃ。

 ギャランティがアサガワ・カズタカの捜査に協力している以上マキミ博士関連の任務だけでなくギャランティの任務もこなせと言われるのは当たり前なのにゃ。

 そもそもあれだけの戦闘能力を放ったらかしておくほうがもったいないというものにゃ!

 ボクはハルにゃんの相棒として誇らしいし、博士も保護者として誇らしい顔をしたほうが絶対にいいのにゃ」


アサガワ・カズタカはハルサに戦闘技術を叩き込んだ男で、マキミとアイリサの親友でもあった人物だ。


「…………。

 まあ、それは貴女の言う通りね」


 誇らしい顔とは真逆の、不服そうな顔をしながらアイリサは仕方がないというように椅子の背もたれに寄りかかった。ラプトクィリは渡された端末を受け取るとソファーに座り、自分の帽子の角度を調整する。ちらりと金属質な獣耳が帽子と髪の隙間から覗く。


「ギャランティのメンバーである以上、どうしてもそこら辺はシビアになるのにゃ。

 ハルにゃんももう既に立派なメンバーにゃからそこら辺は諦めるしかないのにゃ。

 何より今回はボス自ら直々の命令なのにゃ」


 ラプトクィリが持ってきた指令書はアイリサの頭痛の種を一つ増やしたのだった。マキミから預かった二匹は今やアイリサの家族同然にもなっており、毎日二匹が仕事から帰ってくるとみんな揃って夕食を取るのが何よりも幸せな時間になっていた。思い入れが強くなってしまい、だからこそまだまだ小さなハルサに危ない目にあってほしくは無いという願いと、マキミを殺した犯人を突き止めたいという二つの思いがぶつかり、彼女は葛藤していた。


「ボスの指定した任務を遂行できるレベルにあの娘があるってことなのよね?」


「あれだけ訓練積んでたら行けるんじゃないかにゃ〜……たぶん」


 ミヨツク誘拐の任務を終えたハルサは陽天楼での仕事終わりにほとんど毎日ギャランティの施設に通い、戦闘訓練を積むことに精を出している。本人曰く「AGSの戦闘用獣人と相見えた時歯が立たなかったからっス」とのことだ。


「“AGSの断頭台”とも呼ばれているルフトジウム相手に生きて帰ってきただけ凄いのにゃけれど……。

 想像以上にボコボコにされてたからにゃあ……」


「私もそう思うのだけれどね。

 それに本当はあの子を危ない目に合わせたくはないのよ……。

 でも仕方ないと割り切るしかないのでしょう?

 あんなに小さい子を借りたがるなんてギャランティは今よっぽど人手不足なのかしら?」


ため息をついてアイリサは額に掌を当てた。


「それは絶対に違うのにゃ。

 ボスは多分見極めたいだけなのにゃ」


「見極める?

 あの子の実力を?」


 アイリサは徐ろに席から立つとインスタント冷たい緑茶を淹れ、一気に飲み干す。あなたもいる?と差し出された茶呑をラプトクィリは首を振って断り、机の上に置いてあったきんつばの袋を開けた。


「実際あの子どれぐらい鍛えてるの?

 それにどの程度強いの?

 もしギャランティがナンバーを与えるとしたら何番かしら?」


怒涛の質問にラプトクィリは全部首を振って応える。


「さあ、全然知らんにゃ。

 ツカにゃんがナンバー十四だったことを考えると……ナンバー十五くらいにはなるんじゃないかにゃ?

 強さはボクはよくわからにゃーけど、成人戦闘用獣人雄がこなすメニューを全てかなりの高得点でこなしているのは確実みたいにゃ。

 訓練所の教官も飲み込みの速さにたじたじってことは確かなのにゃ。

 しかもどれも八十点越えらしいのにゃ」


ラプトクィリはきんつばにかじりつき、あまりの甘さに思わず目を細める。


「流石は戦闘用獣人、ってとこかしらね。

 それとも特注の戦闘用獣人には朝飯前なのかしらね?

 ツカサ譲りの戦闘力は健在ってことかしら。

 こればかりはマキミというよりは元々の発注主に感謝したほうがいいのかしらね?」


 ラプトクィリの食べているきんつばをアイリサも一つ取り、包装用紙を破く。ラプトクィリはもう一口できんつばを平らげると親指と人差し指をぺろりと舐める。


「体が小さいから肉弾戦になるとハルにゃんはどうしても劣るのにゃ。

でもアメミットがある分、実質的にはハルにゃんのほうが戦闘能力自体は上なのにゃ。

 ツカにゃんも戦闘に関しては相当ヤバかったんにゃけど、単純にハルにゃんのほうが躊躇いが無い分質が悪いのにゃ。

 ……この場合はいい意味で言ったのにゃ」


 一瞬アイリサが眉をひそめたのを見て慌ててラプトクィリは最後の一言を付け加え、きんつばの包装用紙を丸めてゴミ箱へと投げ入れた。首についている鈴がちりんと鳴り、その音が鳴り止むのと同時にごみ箱の中にごみは入っていった。ラプトクィリは壁に立てかけていたマジシャンのようなステッキの中からコーヒーを取り出す。


「やーっぱ甘いものにはコーヒーにゃ。

 大野田重工支配地域はこれすら無くてお茶ばかりなのがキツイのにゃ〜。

 コーヒーの偉大さをどうしてこの地域の人間は理解しないのかにゃ~?」


ラプトクィリはコーヒーの蓋を開け、口の中に残るきんつばの甘みを全て苦味と同時に胃へと流し込んだ。


「あなたが来た“ロバート・ロボティクス”が支配する地域はお茶よりもコーヒーなんだっけ?

 やれやれ、私達からしたらあんな泥水の何がいいのやらさっぱりだわ」


 アイリサはイスに座り直して壁に貼られた世界地図へ視線を向けた。ラプトクィリの産まれた“ロバートロボティクス”の支配する地域は大野田重工の支配している東エジエ大陸より南に存在しているリッゼ大陸にある。重工本社都市から“カテドラルレールウェイ”の超特急を使うなら凡そ四日程かかる距離に位置しており、そこの住人はパンに肉や野菜を挟んだ食べ物を主食として食しているらしい。


「泥水とは失礼なのにゃ!

 この苦味がいいのにゃ~。

 ま、飲む文化が無い連中には分からなくて当然なのにゃ。

 観光に来てケチャップとマスタード、バーベキューソースの味に殺されるといいのにゃ!

 ………そもそもここに来るまではお茶の存在なんて知らなかったのにゃ。

 飲み物の趣向品なんてコーヒーとビールだけだと思ってたのにゃ。

 この地域に来て住んでみて初めてお茶という飲み物を、お米という食べ物を知ったのにゃ」


 アイリサは新しくお茶を淹れ、表面に浮かぶ小さな茶葉を見つめ、眼鏡を外し後ろで結んでいたポニーテールを解く。押さえつけられていた綺麗な赤毛がふわりと広がり、アイリサは自分の体に混じる“ドロフスキー”の血を嫌でも実感する。


「……視野の狭さは私達みんな共通ね。

 お茶とコーヒーに限らず、“大野田重工”に住む人間はもう二十年も戦争している“A to Zオートメーション”の人間の事をまるで知らない。

 無知はさらなる恐怖に繋がるというのにね。

 相手は自分達と同じく家庭を持ち、子供がいる……ということすら想像出来なくなる。

 当然この都市の人間は比較的有効関係にある“ロバート・ロボティクス”の事すらよく知らないんですもの。

 実際私が貴女から得た知識の数はかなりのものよ、ラプトクィリ?」


「それはどこも同じなのにゃ。

 “ロバート・ロボティクス”の人間も“大野田重工”の事をよく知らないのにゃ。

 何も知らないが故の悲劇とマキミ博士は生前ずっとその事について嘆いていたのにゃ」


思い出したようにラプトクィリがマキミの話をすると、アイリサは懐かしそうに窓から空に浮かぶ雲を見上げた。


「敵対企業同士が過去の遺産の“遺跡”を巡って戦争をする。

 お互いが生き残るためにね。

 人間って美しい愛情などを持つ反面、哀れで醜い面も沢山持っているのよね。

 こんなに複雑で賢いはずなのにこの星が戦争で死にかけていることにすら気が付かない哀れな種族。

 環境汚染は酷く、海は腐敗し、雨すらも失ってしまったというのに。

 これならまだ獣人の方が賢いかもしれないわね。

 彼らは産み出すことも守ることも出来るのだから。

 ……一体何人の人と何匹の獣人が戦争で命を落としたんでしょうね」


 アイリサは茶飲みを机の端に押しやり、再びパソコンの画面に目を戻す。世界を支配している七つの大企業達は当然連携している企業もある。一見友好関係を築いているように見えても水面下ではお互いがお互いの領土にある“遺跡”を切り取るために懐の探り合いをしている。そして隙あらば戦争でかすめ取ろうとしているのだ。


「データによれば全世界で四億人が死に、十四億匹の獣人が……」


ラプトクィリは得意げにデータを披露しようとし、アイリサはそれを聞いて少し笑った。


「ふふっ、ラプトクィリ。

 そういう答えは期待していないのよ」


「にゃー……。

 わかってるのにゃ。

 ロバートジョークにゃ」


「ロバートジョークは少し分かりにくいわね」


「ユーモアのレベルが低すぎるのにゃ……」


「どっちがかしらね」


 アイリサは立ち上がると部屋の窓を開ける。外の涼しい空気がさーっと部屋の中に吹き込み、一年中咲き誇るバイオ桜の花びらが部屋の中に風と共に三枚入ってくる。


「話は変わるんだけどさ。

 ラプトクィリ、あなた“鍵”についてマキミからなにか聞いてたりしない?」


「“鍵”?

 どういう意味での鍵なのにゃ、それは」


不思議そうにアイリサの質問を質問で返したラプトクィリ。アイリサの顔はラプトクィリ側からは一切見えず、どんな表情をしているのか推し量ることは出来なかった。


「分からないならそれでいいの。

 もしかしたら……って思っただけだから」


「にゃ」


「マキミは死ぬ前日に私に“鍵”についての話をしてきたのよ。

 それを使えばで人類同士の醜い争いを終わらせることが出来るとも言っていたわ」


「戦争を……?

 それは大野田重工の枠組みを超えた……ってことにゃ……?」


「そうよ」


「にゃー……?

 待つにゃ、いまいち話が飲み込めないのにゃ」


不思議そうに首を傾げるラプトクィリ。アイリサはそんな彼女に構う事なく話を続ける。


「マキミはずっと私にそう言い続けていたわ。

 ……彼は“鍵”を見つけた。

 だから、死んだのよ」




                -大陸間弾丸鉄道- Part 1 End

ありがとうございます~~!!

いつも読んでいただき本当に感謝です~~!!

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