-灰狼と白山羊の平和道- Part4
「あ……!!」
「……なぁんだこれ?
宝物みたいにポップコーンなんか持ち運びやがって。
こんな不味い食い物、蟻にでも食わせんのが一番だぜ獣人のお嬢ちゃん!」
「だな!
ちげぇねぇ!」
ケラケラと笑う二人組はハルサの眼の前でしこたまポップコーンを踏み潰して蹴り上げる。蹴られた紙袋が破れ中身が地面に散らばりハルサの前の前にばらばらと無惨に転がる。ハルサのその時の表情はルフトジウムからは見えなかった。が、肩を落とし、尻尾がぺたんとしてることから相当落ち込んでいるようだった。
「てめぇら……」
その蛮行に怒りを抑えきれないルフトジウムが地面で固まって動かないハルサの代わりに二人組みにツカツカと詰め寄り、片方の男の胸ぐらを掴む。戦闘獣人のルフトジウムは簡単に男の体を宙に浮かすことが出来る程の力を発揮し、脚が少し浮いた男が焦ったようにルフトジウムに言う。
「お、おっと……?
獣人は人間に逆らってはいけないっていう決まりを知らない……訳無いよな?
あんた見たところ知能指数も戦闘能力も高いタイプだろ?
いいのかぁ?
暴行されたって保健所に電話したら“殺処分”されるぜ」
「っ……!」
ルフトジウムは目を背けて男の襟元を摑んでいた手を静かに離す。地面に無事に降りられた男は乱れた襟元を直しながらこう言った。
「たかがポップコーンだ。
二百リルにもならねーくらいだぜ?
二時間も働けば稼げる金額だろうがよ」
ケラケラと笑いながらもう一人の男が反論する。
「それは人間の場合だろ!
コイツラの場合一週間分の給料だぜ?
鬼かよ!」
「そうだったっけな?
まあどうでもいいな!
だって俺達は人間様だしなぁ~。
獣人ってのは本当に便利な存在だぜ。
こうやって憂さ晴らしに付き合ってくれるんだからよォ~!」
二人は顔を見合わせてまた笑う。ルフトジウムは自らこぶしを血が出そうになるまで強く強く握りしめていた。本気になればこんな奴ら素手でバラバラに引きちぎることが出来るというのにそれが出来ないのはひとえに“保健所”と呼ばれる大野田重工の下請け会社と、世界に広がる獣人に対する人間の態度だ。獣人が人間に逆らったり、傷つけたりすることはどんなケースであろうと許されない。今回のように獣人に非が無く、人間が自分の憂さ晴らしの為に八つ当たりしたとしても獣人はただ指を咥えて見ている事しか出来ない。それがこの星のルールであり、絶対条件だった。
「それにしてもなんて映画見に行ったんだァ?」
一人が地面に落ちているパンフレットを脚でひっくり返そうとして失敗し、ため息をついてハルサの前にかがみ込む。その時、ハルサは地面に散らばったポップコーンの中でも余り汚れていないものを拾い、それを比較的まだ無事な紙袋の中に入れようとしている所だった。
「何やってんだこのガキは!
まだ食うつもりかよ!
腹壊すぞぉ!!」
「あっ!」
その拾い集めた紙袋を屈みこんだ男はハルサの手から奪い取ると展望台の柵の向こうへと放り投げた。バラバラと雪のように紙袋の入口から比較的綺麗なポップコーンが弧を描いて展望台から落ちていく。ハルサは一瞬手を伸ばしてそれを奪い返そうとしていたが、相手が人間であることを思い出したのか伸ばした手を引っ込める。そして悔しそうに地面に手をついて項垂れてしまった。
「お前らいい加減にしろよ――」
我慢の限界に達したルフトジウムが目の前にいる男の腕を掴み、睨み付けた。
「ん?
おいおいなんだその目は。
俺達は親切心からポップコーンを捨ててやったんだぜ?
地面に散らばった食べ物を食べて、そこのガキが腹壊したら大変だろ?」
「そうそう。
俺達は親切心からそうしてやったんだぜ?
お礼を言われてもいいぐらいなんだよなぁ~」
その態度に遂にルフトジウムは動いた。瞳孔がすっと細くなり戦闘態勢に入ったルフトジウムの体はいつもの癖で掴んでいた男の腕を捻る体勢に変わる。
「――っス」
しかし次のハルサの言葉でルフトジウムの体の動きは止まってしまった。
「ありがとうっス。
獣人の私の体を心配してくれるなんてお二人はめっちゃ優しい人間っス。
確かにあのポップコーンは汚れてしまったっスから……。
それに獣人ごときが映画を見て楽しんだのも愚かな行為だったっス……。
貴方達二人に対して不愉快な事をしてしまってごめんなさいっス……」
ハルサはそういいながらにこりとしながら立ち上がり、頭を下げる。ルフトジウムはその様子を見て一瞬呆気にとられたものの、体勢を崩し男の腕を離して三歩程下がる。
「なんだこいつ……」
呆気にとられたのはルフトジウムだけじゃなかった。二人組の男も先ほどまでの態度はすっかり消え失せ、揶揄う愉快な空気は消えてしまっていた。こういう態度、行動をとられたことは今まで一度もなかったのだろう。
「なあ……もう行こうぜ……。
このガキ、さっきから何やっても反応薄くてつまんねーよ。
山羊のねーちゃんもやる気ねーみたいだしよ」
「そ、そうだなぁ……。
あーあ、興が削がれたぜ。
なぁ、晩飯何食べに行く?」
「近くにできたあの――」
踵を返してそこから離れた二人組は車に乗り込むとエンジンをかけて駐車場から出ていく。その姿が見えなくなってからようやくハルサは顔を上げた。そのまま無言でパンフレットを拾い、表面についた土をパンフレットを振って取り除く。ルフトジウムはハルサの近くに行くと服についている土埃を手で払ってあげた。
「ありがとっス、ルフトジウムさん」
ハルサの顔つきは出会った時と変わらず、まるで何もなかったかのような表情だった。あれだけ屈辱的な事をされ、バカにされ、踏みにじられたというのに。その顔には怒りの片鱗も見えなかった。
「ハルサ、お前……」
「?
どうしたんスか?
早く車に戻ってご飯食べに行こうっスよ~!
私お腹空いたっス!」
ルフトジウムはハルサの尻尾や耳を見る。小さな狼の獣人の尻尾や耳は彼女が至って普通の精神状態にあることを示していた。あれだけのことをされ他にも関わらずまるで感情が無いかのような立ち振る舞いにルフトジウムは関心したが
「大丈夫……か?」
同時に心配になってハルサに手を伸ばしそっと抱き寄せる。ハルサはなされるがままルフトジウムの胸の中にぽふりと収まった。少しはするだろうと思っていた抵抗等はまるでしないまま、そのままハルサはぼそぼそとルフトジウムの胸の中で話し始める。
「………大丈夫じゃないっス。
大丈夫じゃないっスけど……。
せっかくルフトジウムさんとお出かけ出来てるのにあんな出来事でこの一日がもう楽しめなくなるのは嫌っスから……。
だからもう忘れる事にするっス。
ポップコーンは……悲しいっスけどまだパンフレットはあるっスから。
それにあの景色は綺麗だったし……。
人間なんてああいう奴らばかりっスからもう慣れてるっス。
私は獣人っスから……。
もう諦めてるっス……」
「そうか……」
更に強くルフトジウムはハルサを抱きしめその頭を撫でてやった。
-灰狼と白山羊の平和道- Part4 End




