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-灰狼と白山羊の平和道- Part2

 今回見に行く映画のチケットは直前になってサイントがとりあえず適当に確保したものだ。今回ルフトジウムはチケットを取れていないのにも関わらず、ハルサを映画のチケットが余った、という体で誘ったのだった。


「なんで嘘ついたんですか?」


と聞いたサイントにルフトジウムは


「誘う理由が映画ぐらいしか思いつかなくて……」


と、照れながら答えた。呆れ返ったサイントだったが人間も定番のデートの一つとして映画館に行く、という記事を読み仕方無しに協力してあげたのだった。

 ルフトジウムは昨日練りに練ったプランを頭の中で浮かべる。もし万が一何かがあったとしてもサイントが助けられるように会社の端末を鞄の中に忍ばせてある。


「ルフトジウムさん!」


無言で昨日一生懸命準備したことを思い出していたルフトジウムは、ハルサに話しかけられてやっと現実に帰ってきた。


「ん……ん?

 ああ、なんだ?」


ハルサは目をキラキラさせて鼻息を荒くし、両手を自分の体の前で握ってガッツポーズしていた。


「実は映画、私初めてっス!」


「……そうなのか?」


「っス!」


獣人が利用可能な映画館は大野田重工本社都市といえどとても少ない。そもそも映画を見る知能を持つ獣人がとても少ない上に、飼い主同伴じゃないとそもそも入ることを許可してくれている映画館がほとんど存在していない。だからこそ今回のように獣人だけで映画を見に行くというのは最高級の贅沢とも言える。


「ならよかった。

 いいもんだぞ」


ルフトジウムは過去にAGSの福利厚生の一環で映画館で映画を見たことがある。その時の映画はアクションものだったが、今でもしっかりとルフトジウムはアクションシーンの素晴らしさを思い出すことが出来る程夢中になって見たのだった。


「めちゃめちゃ楽しみっス〜!

 きっとすごい迫力に違いないっス!

 実は昨日の夜のうちにどんな所なのか姉様に聞いてきたんス〜!」


「ほう、ハルサの姉は映画を見たことがあるのか」


「っス!

 昔、マ……ご主人に連れられて行ったことあるって言ってたっス!

 それで、姉様から聞いた話なんスけど――」


 真横を少し遅れて興奮しながら着いてくるハルサをルフトジウムはニコニコしながら観察する。小さな狼の癖にしっかりした犬歯が口を開くたびにチラチラと覗く。狼の獣人など珍しくもないが、ハルサは中でもかなりトップに位置する可愛さだ。しかしどこか人工的に作り上げた可愛さを彷彿とさせる。人形のように人間の感じる“可愛い”を集めて煮詰め、作り上げられたような何処か作為的なものを感じるのだ。


『作り上げられた獣人だからこそ、このような可愛さを持っているのだろうか』


成長したらそれはそれは美しい娘になるに違いない。その素質をハルサが深く秘めているのは簡単に見て取れる。何年かして、美しい娘に育つのが今から楽しみだ、とルフトジウムは推し測る。


「ねぇ〜、聞いてるっスか?」


見られているのに気がついたハルサが軽く首を傾げながら唇を尖らせて見つめ返してくる。ルフトジウムは慌てて口を開き、ハルサに話しかける。


「お、俺お前に映画のタイトル教えたっけ?」


「教えてもらったっスよ!

 真冬に煌めくエクソシスト、ってやつっスよね!」


はしゃぐハルサの灰色に少しだけ紫が混じっているようにも見えるその髪の色と同じ色のまつ毛は、太陽の光をすらりと反射していて眩しい。この日のために仕事用とは別のおしゃれな金色のモノクルは彼女の黄色い瞳を少しだけ水色に染めていた。

 他愛も無い話をしながら三分ほど歩き、車に二匹は乗り込む。


「そうそう、最近仕事はどうなんだ?」


「ん?

 そうっスね……色々大変っスよ。

 色々、と。

 最近新しい同僚が出来たり……」


ハルサは椅子に座ってシートベルトをしっかり締めるとため息をつく。その表情は一瞬暗く仕事の大変さをルフトジウムに彷彿とさせる。


「やっぱ飲食は大変なんだな。

 そこで働けるお前のことは尊敬するよ。

 俺は絶対に無理だ」


軽く笑いながらルフトジウムは車のエンジンをかける。AGSのロゴがフロントガラスに一瞬表示されるとすぐにそのガラスは透過し、外の景色が見えるようになった。


「えー?

 ルフトジウムさんなら大丈夫っスよ。

 あそこに来る客の九割は姉様のせくしーなちゃいな目当てっスよ、多分」


口を尖らせて、ハルサはルフトジウムの胸を見る。ルフトジウムは丁度着ている紺色のコートを脱いでいたが、自分自身の豊満な胸を自覚した。


「いやー、ツカサちゃんには敵わないぜ。

 それにみんながみんなツカサちゃん狙いだなんてそんなことないよ。

 陽天楼は味もいいんだ。

 少なくとも俺は気に入ってるぜ?」


「ふーん……? 

 あ、でも中には私目当てのロリコンさんもいるって――」


「車出すから注意しろよ」


「あ、はいっス!」


ルフトジウムはハンドルを握って、目的地を自動運転装置に登録する。そのままアクセルをゆるりと踏むと、車はのんびりと走り出した。




     ※  ※  ※




 出発地点から車でおよそ三十分程走る。本社都市の中央区から離れ、少し緑が多めに植えられている都市部郊外にある小さな映画館。チケットを持ってると獣人でも一匹で入り、映画を見ることが出来るとされている唯一の映画館は、今夜もひっそりと営業していた。他の獣人もちらほらと来ており、大盛況とまでは行かないが何とか細々とやっては行けているようだ。


「すっごいっス……!」


人間用の映画館とは違い壁はボロボロ。音響装置や3D装置もかなり古く、今現在の映画館とは比べ物にならないぐらいオンボロの映画館だったがそれでもハルサは目をキラキラさせて感動しているようだった。ルフトジウムは端末の中に厳重に保管していた電子チケットを表示して確かにそこにあることを確認する。


「行こうか、ハルサ。

 映画館っていうのは飯も売ってるんだぜ。

 口に合うといいな」


「姉様から聞いたっス~!!

 なんか弾けたお豆みたいなの食べれるって!

 そんなこともあろうかとお金も持ってきたっス!」


「えらい、えらい」


ルフトジウムはハルサの頭を撫で、二匹して車から降りた。二匹は、痛んで少し崩れ始めている玄関を通り抜けエントランスに到達した。画面にヒビが入っている液晶端末には、十五分後に『真冬に煌めくエクソシスト』が上映されるという旨が流れている。


「ハルサ、今のうちに飲み物と……ハルサ?

 何してるんだ?」


ハルサは『真冬に煌めくエクソシスト』の電子ポスターの前に立ってそれをじっと見つめていた。


「記憶に残してるんス。

 人生の初めてっスから……。

 それに多分もう……こんな所来れないと思うっスから……」


「そうか……?

 また連れてきてやるぞ?」


「へへ、そう言ってくれると嬉しいっス……」


ルフトジウムはまたハルサの頭をぽんぽんと叩くと売店のほうに行くぞ、と促した。ハルサはようやく電子ポスターの前から離れて売店の前に行くと、そこでまた目をキラキラと輝かせる。


「なんスかなんスかこれ~!

 すごいっス~!

 どれも見たことないものばっかりっス!」


「俺が買ってやるから好きなもの選びな」


「え、いいんスか!?

 えーっと、えーっと……」




                -灰狼と白山羊の平和道- Part2 End

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