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-灰狼と白山羊の平和道- Part1

「なあ、サイント。

 聞きたいことがあるのだけれども」


「?

 なんでしょうか?」


 昼食に行った中華料理屋陽天楼から帰ってきたルフトジウムとサイントは、二人でF部隊の休憩室にいた。他のメンバーは事件や治安維持のために出払っており、休憩室はガランとしていた。つい先程起こった強盗事件をスピード解決したカンダロ班は、カンダロが上司に状況と戦果を報告する間なんとも退屈なことに待機を命じられていた。


「強盗事件ついでに三日前の事件についての報告もして来ます。

 誘拐犯については全く見当もつかないですしね。

 帰ってくるまでルフトジウムさんと大人しくしておいてください」


 そうカンダロはサイントに伝えると隊長室へと消えていった。三日前の深夜、とある路地裏にある大きなストリップバーで行われた誘拐事件についての報告もついでにしてくるから長くなるとカンダロは言っていた。その事件に関与することになったAGSに大野田重工から直々に受けたオーダーがあった。


『ターゲットの男性を何としてでも守れ。

 奪還し、必ず生きた状態で保護せよ』


この無茶振りともいえる要求にAGSは会社の全力をもってして遂行しようとしていたが、優秀な社員を何人も失い、あろうことか護衛の奪還に失敗してしまったのだ。それによってAGSの上層部は吹き飛び、会社は脳震盪を起こしていると聞いたが、会社の備品であるルフトジウムからしたら知ったこっちゃなかった。失敗したのは準備不足の会社の責任であり、彼女の責任ではないと大野田重工によって判断されたからだ。


「はー……」


「なんですか早く要件を言ってください先輩」


 当然ルフトジウムのフラストレーションが溜まった原因はこれだけではない。ここ最近何もかもがうまく行っていないように彼女は感じていた。ようやく自分の角をへし折った好敵手と会えたと思ったら車に撥ねられて大腿骨に軽くヒビが入るし、あの大鎌の一撃を受けたデバウアーは刃が欠けてしまっていた。

 そんな彼女だったが、今回の事件はいいガス抜きになってくれたようだ。人肉を食らう鋼鉄の天使だか何だか知らないがあちらこちらでキレ散らかしていたルフトジウムの腹の虫はようやく収まったようだ。

 銀行強盗をして治安を乱す貧困層の人間相手にデバウアーを使い、犯罪者たちを薙ぎ払い、好き勝手暴れてきたルフトジウムは出撃前と比べて幾分かさっぱりした顔をしていた。


「お前、恋愛物とか読んだり見たりする?」


「なんですか藪から棒に」


「…………読むのか、読まないのかどっちなんだよ?」


「そうですね」


サイントはキーボードを叩く手を止め、脇に置いてあるレモネードを口に運んだ。山羊の顔は少し苛立ちを感じているようだったがサイントは涼しい顔だ。この後輩もだいぶ先輩の扱いに慣れてきたらしい。


「見ることには見ます。

 何が面白いのか理解できませんが」


兔の耳を揺らして、サイントは流し目でルフトジウムを見た。ルフトジウムは自分の携帯を二分おきにポケットから取り出したり、机の上から取ったり戻したり通知欄を見つめては時折ため息をついている。


「なんでまたそんなことを?」


「んー?

 いや、その、ちょっとな」


 携帯の画面を見て生返事を返した山羊は、自分から話を振っておいた癖にじっとまともな返事を待っているサイントを無視し、携帯をまた机の上に戻した。任務中ならともかく待機中のルフトジウムは、最近ずっとこうなのだ。携帯を手から離さず時折鳴る着信音に迅速に反応し、贔屓にしてる店の広告だったりインターネットショッピングの領収書だったりしてがっかりしている。サイントはまたパソコンの画面に目を戻すとキーボードを叩きながら言葉を繋げる。


「恋したって言ってましたもんね、先輩。

 中華料理店のあの娘ですよね?

 ハルサちゃん……でしたっけ?」


ルフトジウムはがばっと横になっているソファーから起き上がると弁明するのかと思いきや


「!

 ば、おま、おい!

 俺のだぞ!」


自分の物だと宣言をしてサイントに牙をむいた。


「まだ違うでしょう。

 しっかりしてください先輩。

 というか質問に答えてください。

 なんでそんなことを聞くんですか?」


サイントは表情を一つも変えないで、淡々とルフトジウムの言葉を処理していく。視線は時折ルフトジウムへと送っていたが肝心の本人、“AGSの断頭台”とまで言われた厳つい雌山羊はもみあげをくるくると人差し指の先に絡ませつつとても似つかわしくない一言をその口から零した。


「そのーサイント。

 デートって何をどうすればいいと思う?」


「はぁ?」


 流石のサイントもこればっかりは首を傾げるしかなかったし、口から理解できなかったときに発する共通語が出るのも致し方ないと言えた。そういう言葉がAGSで一番似合わない獣からまさかそんな乙女のような言葉が聞こえるなど。


「なんでまた?」


「だって俺今まで雌を落としたことなくてよ」


サイントはルフトジウムの目を見る。嘘をついているような目ではなく至って真剣だ。


「え、でも先輩昔恋人とかいたんですよね?」


ルフトジウムはこくん、と頷く。


「それは俺からっていうよりはあっちからだからな。

 俺から積極的に行ったことはねーんだよ」


「……なるほど。

 じゃあ恋に落ちたのはほとんど初めてって事ですか。

 分かりました。

 では人間がこういう時どうするのか見て見ます」


サイントは渋々ながらインターネット空間から情報を引っ張り出す為に様々なサイト巡りを始める。


「ちなみに先輩が考えるハルサちゃんの先輩に、対する好感度はどれぐらいなんですか?」


「百パーセントだろ。

 お小遣いまであげたんだぜこっちは」


「だめですね、これは」


呆れ返ったサイントの横でルフトジウムの携帯の着信音が鳴る。携帯の通知欄で返事を見たルフトジウムは歓喜の声を上げた。




      ※  ※  ※




「おまたせ……しましたっス……」


「よ、よう!

 俺も今来たとこだ!」


中華料理店陽天楼の前でルフトジウムとハルサの二人は出会った。いつもチャイナ服を着ているハルサしか知らないルフトジウムは初めて見るハルサの私服にドキドキする胸を押さえつける。

ハルサはカワイイ金色のいつもとは違うモノクルを付け、ふわりとした印象を強く与えるロングスカートを着ていた。胸につけた青色のブローチには金細工が施しておりこれで獣人の耳や尻尾が無ければいい所のお嬢さんに見える。


「ま、まあデートって言ったけど普通に俺個人的に遊びに行く相手が欲しくてな!

 そのーまぁ、なんだ。

 服、可愛いじゃねぇか」


「え、あ、ありがとうっス……。

 照れるっスね……」


「じゃあ映画始まるから、行こうぜ」




               -灰狼と白山羊の平和道- Part1 End

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