-踊り子と真実と猫と鈴- Part10
「出すにゃ!」
「出来るだけ早く!
あいつやべーぐらい頑丈っス!
しかもクソ強いっス!!」
開いているドアからハルサは車内に飛び込んだ。アメミットを後部座席に無理に押し込み、ラプトクィリの肩を叩く。
「だから言ったにゃ!
なんで相手したのにゃ!!」
「だって!」
「流石に今のは堪えたぜ、このクソ猫!」
車に撥ねられて、吹き飛んだ先の瓦礫の中からルフトジウムが起き上がる。瓦礫に突っ込んだ際に頬を怪我して、真っ赤な血が流れていたが当の本人はそんなこと気にしていないらしい。デバウアーを杖のようにしてゆっくりと立ち上がりながらルフトジウムはもう片方のデバウアーからエネルギー弾を発射する。
「ひー!!
アイツやべーにゃ!!」
車の表面に施されたコーティングがエネルギー弾を弾いたのを見たルフトジウムは実弾に切り替えると、タイヤを狙ってその銃口を向けた。
「“AGSの断頭台”なんてもう二度と会いたくないにゃ~!
本当に怖すぎるのにゃ~~!!」
ラプトクィリがアクセルを踏むとオンボロ車はとてもオンボロとは思えないエンジン音を立てて急発進した。その勢いで座席に倒れ込んだハルサは咄嗟にドアの取っ手を掴んでドアを閉める。慌てて体勢を立て直して座席の間から後ろを見る。白い髪の山羊はすぐに闇に溶けて色を失い、逆光で真っ暗な影にしか見えなくなり、その影もすぐに小さくなっていき角を曲がった所で消えた。
「はーっ……。
はーっ……」
深く息を吸い込み、ハルサは胸を撫で下ろす。バクバクと小さな心臓は激しく鼓動し、手のひらは汗でびっしょりになっていた。また椅子の上に戻って椅子に体を押し付け大きく深呼吸する。
「や、ヤバかったにゃあ……」
ラプトクィリも同じ感想を抱いていた。彼女の付けていた手袋も汗でびっちょりになっており、その顔はほとんど死人に近い真っ白になっていた。ハルサも同じ顔色をしている事だろう。
「いやほんと……。
ちょっと舐めて掛かってたっスよ……」
「だにゃ……」
ラプトクィリが運転席のスイッチを一つ捻ると、車の色が黒から白へと変わる。
「そうとう金かけてるんスねこの車……」
ハルサは呆れたようにそう言って、看板を吹き飛ばしたのに傷一つついていない車のバンパーを思い出した。他にも知らない沢山のボタンがダッシュボードについており、どのボタンがどのような変化を車に与えてくれるのかドキドキするが、きっとラプトクィリは触らせてくれないだろう。
「そうだにゃあ……。
大体トゥモローテクニカブル産のスーパーカーが二台買えるぐらいの金は掛けたかにゃ……」
「わかんないっス……」
車に詳しくないハルサは困った顔で窓を開け閉めする。
「ハルにゃんの好きな三色団子の小さな町工場なら余裕で買えるぐらいだにゃ」
「めっちゃ高いじゃないっスか!」
先ほどまでうるさいぐらいに聞こえていたAGSのパトカーのサイレンはどんどん遠くになっていき、赤色の光もどんどん少なくなっていく。ふと振り返ると沢山のドローンが先ほどまで二人がいた上空に沢山浮かんでいた。先ほどの会話を最後に二人の間に会話はほとんどなかった。ハルサもラプトクィリもなんやかんやでとても疲れていた。ハルサは自分の顔を覆っている仮面のホログラムを外し、首輪のボイスチェンジャー機能の電源も切る。ラプトクィリが右折のウィンカーを出すと同時に口を開く。
「色々あったけど……なんとか作戦は成功したのにゃ。
ミヨツクはギャランティ支部に今頃たどり着いているはずなのにゃ。
ここから大体二十分くらいの所にゃ」
「案外近いっスね?
でも重工は何で気が付かないんスか?
ギャランティが本社都市に支部を持つことを重工が許すとは思えないっス」
「ダミー企業を使って物件を借りているからまだ重工には気が付かれていないのにゃ」
「分かんないっスけど、凄いことは分かったっス」
ミヨツクは今頃目を覚ましているのだろうか。自分の置かれた状況を見て絶望しているのだろうか。ハルサは心の中で少しそういうことを考えて気の毒に、と思うと同時にざまあみろと毒づく。大きなネオンの光る第四鳥居の下を通り、いくつもの摩天楼の間を走る一台の車はやがて第二十四高速道路に入る道に差し掛かる。
車の窓の外はすでに深夜になっているにも関わらず沢山の車が走っていた。どの車にも大野田重工のマークがついており、他企業のマークがついている車は稀だ。車は家族連れだったり、カップルだったり様々な人間が沢山乗っており、この地獄のような都市でも生きる人間の強さをハルサに教えてくれているようだった。
「そういえば姉様は来るんスか?」
マキミ博士の間接的とはいえ仇だ。きっとツカサも顔を拝みたいと思うに違いない、とハルサは考えた。しかしラプトクィリはケラケラと笑うとハルサの質問を一蹴する。
「ツカにゃん?
来ないにゃ〜。
というかアイリサ博士がそれを許すはずがないのにゃ!
もしツカにゃんが見に来たらきっとミヨツクを殺しちゃうのにゃ♪」
「へ?」
余りにも物騒なワードが出てきて思わず聞き返すハルサ。ラプトクィリはハンドル握ったまま話を続ける。
「ボクが挨拶に行ったとき分かったのにゃ。
ハルにゃんの自慢のお姉ちゃんは昔からなーんにも変わってないのにゃ。
あのじゃじゃ馬、妹の前では猫被ってるのにゃ♪」
「え、姉様ってじゃじゃ馬だったんスか!?」
余りにも驚いてハルサはラプトクィリの顔を見ていた。赤色の猫はまたケラケラ笑い、目を細めて昔を懐かしんでいるような表情をする。
「にゃはは♪
ハルにゃんはあの時のツカにゃんそーっくりにゃ♪
じゃじゃ馬で、ボクのいう事聞かない所も一緒なのにゃ♪」
「う……。
なんか複雑な気分っスね……」
「別にけなしてるわけじゃないのにゃ!
ハルにゃん達の前だと猫被ってるツカにゃんが面白いだけなのにゃ。
あのアバズレでガサツで不器用なツカにゃんがお姉ちゃんにゃ……。
月日って本当に獣も変えちゃうもんなのにゃ」
「……………」
詳しく聞きたいハルサだったがラプトクィリはそれだけ言うとまた口を閉じてしまった。それから二人の間に会話はなく、無事にギャランティの支部に車はたどり着いたのだった。
※ ※ ※
「ああ、待っていたわよハルサ。
今からちょうど取り調べが始まる所よ」
ギャランティ支部の最深部よりも少し手前。取調室にハルサとラプトクィリは通された。反対側からは見えない仕様になっているのであろう大きなガラスから対象を眺める部屋と、対象を尋問する二つの隣り合った部屋はハルサが映画やアニメでしか見たことのないような部屋だ。そこにいたアイリサ博士はハルサが入ってきた事に気が付くと横に座るように椅子をトントンと叩いた。
「え、私も聞いていいんスか?」
「ボクは遠慮しとくのにゃ。
こういうのは趣味じゃないのにゃ」
ハルサは言われるがままにアイリサ博士の座る椅子の横に座ったが、ラプトクィリは首を横に振るとドアを開けて出て行ってしまった。
「今から質問を開始する。
お前は聞かれたことのみを答えればいいんだ」
取調室の会話がスピーカーを通して聞こえてくる。取り調べの様子を見つめるアイリサ博士の顔は今までにないぐらい真剣なものだった。
-踊り子と真実と猫と鈴- Part10 End




