-踊り子と真実と猫と鈴- Part8
「こいつを乗せて離脱するんだよ!
いいから早く乗せるのを手伝ってくれ!!
そもそも何やってんだ、ビリーの奴は!?
AGSの奴らをここまで通してるじゃねぇか!!
まさか、あいつ死んだのか!?」
二人が屋上にたどり着くと既に一機のステルスヘリが停まっていた。回収用のヘリコプターはパイロットが外を確認するためのガラスもなく、どことなくカクカクとしたデザインが全身を覆っており、どこの企業に所属しているのかを示すマークはついていない上に夜の闇に紛れるため真っ黒な塗装が施されていた。
『やっほーハルにゃん大丈夫かにゃ?
ボクの車をビルの下につけたにゃ。
ミヨツクが乗ったのを確認したらハルにゃんはもう一度下に降りてきてにゃ!
そしたら脱出にゃ!』
「下まで行けるかわからないっスけど、やるだけやってみるっス!」
むわっと微かに熱を孕んだ空気がハルサの髪を解きほぐす。ヘリは左右から張り出した排気口から熱処置を施した空気を吹き出して空を飛ぶ仕組みになっていてヘリというよりはどちらかと言えば航空機に近い仕組みをしているらしい。小さな四枚の可変翼と噴射口の角度を変え、かなりのスピードで飛行できそうだ。本体の中腹には左右に開くドアがついており、開いたドアからミヨツクを背の高い男は中に入れようとしていた。が、ミヨツクの服か何かが入り口に引っかかってしまったらしい。
「くそっ!
ドアが閉まらねぇ!
おい!
手を貸してくれ!!」
しかし屋上のヘリに気がついた敵もミヨツクを安々とハルサ達に奪われるわけにはいかないらしく、その攻撃は勢いを増していた。屋上の扉の奥からAGSの部隊が銃弾を絶え間なくハルサ相手に撃ち込んでくる。ハルサはアメミットの装甲で銃弾を防ぎつつ、走ってなんとかヘリポート基部に体を隠すことに成功した。
「この数見えねぇんスか!?
私が食い止めてるうちにさっさとお前が乗せろっス!」
アメミットの対物ライフルを敵に向かって禄に狙いを定めず三発叩き込む。そのうち一発が敵の頭の真横を通り、脳震盪を引き起こす。
「わかってんだよ!
くそっ、こいつ無意識化で扉の金具掴んでやがる!」
「おい!
さっさと乗せろ!!
敵の対空戦車が出てくるだろうが!」
「わかってるって言ってんだろう!!
うるせえな!!」
ヘリのパイロットと背の高い男との言い合いを横目にハルサは銃弾を掻い潜ってアメミットの対物ライフルの狙いを屋上に通じている扉に合わせて、引き金を引く。高エネルギーの弾丸は扉の留め具を弾き飛ばし、弾け飛んだ留め具が熱で鍵と溶けて癒着すると簡易的にだが溶接のようになり押し寄せてくるAGSの部隊を足止めする。
「早く今のうちに!」
屋上に既に展開していた二、三人のAGSの兵士を簡単に蹴散らし、ハルサは額の汗を拭う。小さな体はスピードを出すのには適しているがその分スタミナに欠ける。自分自身の身体が短期決戦型なのはハルサも薄々気がついてはいたが、まだいまいちその自覚はなかった。ハルサが振り返ると、ようやくミヨツクをヘリに乗せることに成功した背の高い男がヘリに乗り込もうとしているところだった。
「お前は乗るのか!?
そのでかい武器を乗せるスペースなんてないぞ!?」
ちらりとヘリの残りスペースを眺め、ハルサは視線を逸らす。
「私は別のとこから脱出するっス。
さっさと脱出しろっスよ」
「そうかよ!
なら合流地点で……」
ガコン、ガコン、とまるでプレス機が鉄を成型するときのような大きな音がハルサが塞いだ屋上の入り口から聞こえ、二人の会話が遮られる。はっと振り返った一人と一匹は屋上の薄い鉄の扉が変な形に変形し、コンクリートの基礎ごと剥がれたのを見てしまった。
「おーおー、全くなんつーことしやがるんだてめぇら」
土煙と瓦礫、ドアがフレームごと剥がれ落ち、硬化コンクリート製の床に倒れる。倒れたドアの向こうからのったりと出てきたのは一匹の白い山羊の獣人だったが、その顔を見てハルサはピンと来た。列車でアメミットを取り戻すために侵入した時に弱い人間の男と共に居て、更にハルサのバイト先に来てお小遣いをくれた山羊の獣人だ。山羊の獣人は片手に鋏のような武器を持っており、その武器は珍しくアメミットの出力でも溶かし切ることが出来なかった。だからこそハルサはルフトジウムの事を覚えていた。
「おいお前!!
ここは一回引け!」
「は?
なんでっス?」
鋏を振り回しながら近づいてくるルフトジウムを見て背の高い男がハルサにそう助言する。ハルサは一度戦ったことのある相手なのは認識していたが、どうやらルフトジウムはそうでもないらしい。あの日、戦った列車の中はとても暗く顔も背の丈もろくに把握出来てなかったのだろう。ましてハルサはあの日自分の言葉に気を付けてぼろを出さないようにもしていた。
「お前、“AGSの断頭台”の事知らねえのか!?
あいつはマジでやべぇ奴なんだ!
俺の仲間も何人もやられてる!」
『“断頭台”がなぜここにいるのにゃ!?
ヤバイのにゃ!
逃げるのにゃハルにゃん!』
ミヨツクを乗せて屋上からヘリが離陸する。背の高い男はハルサの事を心配してくれているようだったがハルサからしたらいらないお世話だった。一度戦い、勝った相手だ。
「はっ、あだ名ばかりっスよ。
私は前にあいつと戦ってあいつの角を――」
一瞬意識をハルサが逸らしたその瞬間、ルフトジウムはいつの間にかハルサの間合いにまで踏み込んでいた。一瞬認識が遅れたがハルサも戦闘用獣人だ。条件反射のようなもので頭を下げ、ルフトジウムの鋏の一撃を回避する。先ほどまでハルサの頭があったところのコンクリートにルフトジウムの鋏の先端が突き刺さり、紅く溶け始める。
「その武器、その動き。
てめえまさかあの時の……?」
「…………」
返事をしたら声から特定されそうでハルサは声を出すことが出来なかった。それに何よりルフトジウムの事を正直舐めていた。スピードはハルサ程ではないにしてもかなりの力で、何より持っているハサミ型の武器はアメミットに負けずとも劣らない威力のようだ。
「ふざけた仮面しやがって!
顔を見せやがれこの狼野郎!」
「…………」
ハルサは何も答えず立ち上がるときの勢いを借りてルフトジウムの顔面を目掛けて拳を繰り出す。しかしルフトジウムは咄嗟に体を逸らしてハルサの手を掴み、その勢いのままハルサの体を屋上の壁に叩きつけた。
「ッ――!」
『ハルにゃん!』
纏っている大野田重工のコートがいくらかその衝撃を吸収してくれたのと受け身を取ったおかげで、動けない程の痛みは無かったがその勢いは凄まじくハルサはこみ上げる吐き気を堪える。
「そのコートに仮面で咄嗟には分からなかったぜ。
俺の角を一本持っていったあの日の狼野郎だな?
お前は俺のプライドを傷つけやがったんだ。
絶対に許さねぇからな。
捕まえて拷問してやる。
そんでもって俺の部屋で飼ってやるから覚悟しやがれ」
こいつ、ヤバイ。ハルサの本能がそう告げている。
山羊の緑とも青とも取れない瞳はネオンの光を反射してランランと輝いていた。ルフトジウムは鋏を自分の体の前で垂直に構えると、左右に分割し十字架のように構える。隙間から見えるその顔は草食動物を元にした獣人とは思えない。
『ハルにゃん逃げるのにゃ!
こいつはマジでヤバイやつにゃ!』
フラフラと立ち上がったハルサは逃げる為の算段を頭の中でつけ始める。しかしルフトジウムがその隙をくれるはずもない。両手に武器を構えたまま一気にハルサとの距離を詰めるために走って近づいてくる。
「っクソ!」
ハルサは自分の太ももに付けている小刀を引っ張り出すと左手にアメミットを構え、右手に小刀を構える。リーチでは間違いなくルフトジウムに勝っていたが、アメミットは大鎌だ。内側に刃がついている武器の性質上一度相手を自分の懐に入れることを許さなければならない。近付いてきたルフトジウムにまずアメミットの重い一撃をルフトジウムの右側から叩きつける。五十キログラム以上ある重さはいくらルフトジウムでも片手で防ぐことは出来ず両手の鋏の刃をもってしてその質量を受け止める。
「へえ、お前武器を二つ使うのか。
面白ぇ!
決めたぜ。
お前は俺が絶対に捕まえてやる。
お前は俺の獲物だ!」
「…………」
ルフトジウムの顔とハルサの顔の距離はかなり近い。お互いがお互いの吐息を感じ、体温を感じることすらできるそんな距離だ。ルフトジウムの細いまつ毛の一本一本までハルサはしっかりと見て取ることが出来た。
「バカな事言ってんじゃ……!」
開いた左側から小刀の一撃をハルサは差し込むがルフトジウムはさらりとその一撃を詠んで身を引いていた。その隙にハルサは思いっきり背を向けてビルの手すりを乗り越える。
「あっ!
てめえ逃げるのか!
待ちやがれ!!」
後ろから飛んでくるルフトジウムの言葉に振り向きもしないでハルサはただ逃げることだけに集中する。手すりの先にある床を思いっきり蹴り、ハルサの体は隣のビルの屋上に移った。ルフトジウムは追いかけてこようとしたがその距離を見て立ち止まる。分かっていたことだが機動力はハルサに分があるらしい。
「あいつ……!
絶対いつか叩き切ってやるっス……!」
『今回はハルにゃんも消耗してたしにゃ!
“断頭台”から逃げ切るだけでも全然すごいのにゃ!
逃走ルートを新しく送るのにゃ!
早くこっちに逃げてくるのにゃ!』
-踊り子と真実と猫と鈴- Part8 End
ありがとうございました!
来週からまた土曜日更新に戻りますのでどうかよろしくお願いいたします!




