-踊り子と真実と猫と鈴- Part6
「お前……!!
まさ……か……!」
ミヨツクはハルサに何かを言おうとしていたが、顔面に噴きかけられた強力な薬が彼の意識を迅速に奪っていた。鍛え上げた巨体がぐらりと傾いてソファーの上に横たわる。ハルサは顔についている薄い布を外してほっと一息つき、ラプトクィリにイヤホンを抑えながら話しかけた。
「なんとかここまで順調に来たっスね」
『にゃははお疲れ様にゃ、ハルにゃん♪
着替えの服はその部屋のロッカーに入ってるにゃ。
あとは表の二人を気絶させて運び出すだけだにゃ〜!
回収のアンドロイドを向かわせるにゃ。
それまでに現場の支配をお願いするにゃ』
ドアの外にいる二人のガードを倒してようやくミッションはほぼ達成だ。
「首をへし折ればいいんスよね?」
『え?
いや、まあ……それは気絶じゃなくて死んじゃうにゃけど……。
そこはハルにゃんのお好きなように♪』
「冗談っスよ」
『分かりにくい冗談にゃ……』
ラプトクィリは呆れたような何とも言えない感情を含んだ言葉をハルサに投げつける。肝心のハルサはというと、酒を持ってきたお盆を右手に持ちそのまま歩いて部屋の扉を開けた。中を見られないように素早く出て扉を閉じる。外には二人のガードが何とも面倒そうに、部屋から出てきたハルサを見ると軽く手をこまねいてさっさと行くように促してくる。
「ん?待て、早くないか?
もう終わったのか?」
「暴発したんだろうよ!
あの人もかなりの歳だしな!
しかしまぁ、大変だったろうなかわいそうに。
いくら獣人とはいえこんな小さな娘を働かせるなんてこの店もヤキが……」
二人のガードがそう言いながらハルサから目を逸らしたその時をハルサは待っていた。小さく屈んで素早く地面を蹴り、ハルサの軽い体はあっという間にガード二人の背丈よりも高い所にあった。
「は……?」
さっきまで目の前にいたあのか弱い踊り子が急にそんな行動をしたのをガードの一人は信じることが出来なかった。手に持っている銃を使う事を刹那の間忘れていたらしい。その一瞬の隙にハルサはお盆を持った手を思いっきりガードの首を狙いすまして振り下ろした。べゴン、とお盆が首の骨とぶつかって思ったよりも大きな音が廊下に流れ出す。そして男の首の骨の方が残念ながらお盆よりも耐久力が少なかった。
「敵かよ!?」
首の骨が砕け、糸が切れた人形のように崩れ落ちた相棒を見て、もう一人は咄嗟に銃を構えて発砲する。パパパッとエネルギー弾が放たれる銃声が聞こえるよりも早くとっさに身を屈め、ハルサは持っていた凹んだお盆を男の銃めがけて投げつけた。的確に銃に命中したお盆の持つ運動エネルギーでプラスチック製の安い銃口が上を向き、エネルギー弾が電球を割る。すぐに電球は予備に切り替わるが、一瞬明度の下がったその瞬間を逃さずにハルサはガードの懐に潜り込んだ。
「貴様ァ!!」
お盆のおかげで使えなくなった銃を捨ててガードが掴みかかってくるが、その行動はハルサの小さな体を捕まえるには不十分だった。ハルサは腋からするりと逃げ、膝を高く突き上げる。そこには今しがた通り過ぎようとしていたガードの鳩尾があった。
「うぐっ……」
鈍く唸りながらガードは余りの痛みに失神し、失禁する。戦闘用獣人の膝蹴りは並の人間とは格が違う。ハルサは切り落とした戦車の脚を蹴り飛ばすような力の持ち主なのだ。そんな力で蹴られたにも関わらずまだ生きているのだからこのガードは運が良かったと言える。激しく動いたおかげでお腹の前に垂れ下がっていたハートの模様の装飾品が引きちぎれていた。
「ふう……」
装飾品を拾い、ガードの持っていた銃を遠くへ蹴り飛ばして灰色の狼は額の汗を拭う。
『お見事にゃ、ハルにゃん!
誰から教わったのにゃ?』
汗で太ももに張り付いている薄い布を剥がしながら、頭の上につけた飾りも取る。
「へ?
ツカサ姉様っスよ」
『えっ?
あの子戦えるのにゃ?』
「戦う何もないっスよ?
元々は姉様も私と同じ戦闘用獣人っス」
『えっ!?』
ハルサは倒れている二人がきちんと意識を失っていることを確認してもう一度部屋の中に戻った。部屋壁際に設置されていたロッカーの中にはラプトクィリの言うとおり、ハルサのいつもの和服と防弾コートが入っている。
「やっとこのクソ恥ずかしい服からオサラバっスよ」
『途中から癖になってなかったにゃ?』
「バカ言ってんじゃないっスよ。
私はそういうのにキョーミは無いっス」
『あーあ勿体ないにゃー。
写真集にしたらぜーったい売れるのににゃ〜』
パパッと踊り子の衣装を脱ぎ去り、和服を着て防弾加工のされたコートを羽織ろうとした時、警報が部屋の中、いや店中に響き渡った。予想外の出来事にハルサは首をすくめて固まる。
「なんスかこの音?」
『これは……ハルにゃんまずいにゃ!
警備システムの作動を確認したにゃ!』
「はぁ!?
一体何でそんな事が――」
慌てて振り返ったハルサは、意識を失ったはずのミヨツクがソファーに付いていた警報のボタンを押している姿を見てしまった。
「あなたなんでっス!?」
「俺ァ、体をすこーし機械に変えててな……!
はははは、ざまぁみろ……!
すぐにAGSの警護部隊が飛んでくる!
そうすりゃお前は終わりだ!
どこの勢力の者か知らねぇがたっぷりと拷問してやるからな!
今のうちに降参して俺のも――」
ハルサは机の上に置いてあった花瓶を思いっきりミヨツクに投げつける。花瓶はミヨツクの頭に命中し、今度こそミヨツクは気絶してピクリとも動かなくなった。
『ハルにゃん、あと十分程でここを離れないと敵が来るにゃ!
しかもAGSにゃ〜!
最悪にゃ~!!』
思ったよりも事態は深刻らしい。ラプトクィリの声からは焦りが見て取れた。
「どうするっスか!?」
『別の店にいる回収用人材二人はもうそっちに向かわせてるにゃ!
でもどう頑張ってもあと十分前後はかかるにゃ!
それまでミヨツクを奪われないようにするしかないにゃ~!
二人が到着したらハルにゃんは二人を護衛しつつボクの車の所まで戻ってくるのにゃ!』
そんな無茶苦茶な、とハルサは半ば呆れ顔になったがこうなった以上どうしようもない。戦うための武器は部屋の外で倒れているガードの持っていた銃しかない。だがハルサは銃の使い方を全く知らなかった。唯一使い方がわかる銃はアメミットについている対物ライフルしか知らない。
「武器が無いっスよ!
銃とか私使ったことないっス!」
ガードの持っていた銃を拾い、とりあえず一発撃ってみようとしたがまるで構造が理解できない。
『心配ご無用だにゃ!
ほら、ハルにゃん~!
僕の作ったカタパルトで簡単にお届けにゃ!』
「へ?」
窓ガラスが割れ、アメミットが飛び込んでくる。
「は?」
『こんなこともあろうかと持ってきておいたのにゃ~!』
「有能じゃないっスか!」
-踊り子と真実と猫と鈴- Part6 End
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