-山羊の恋、新たな事件- part7
「じゃあとりあえずさっくりと要点をまとめるぞ」
「そうですね、先輩」
「というか何でまた僕の奢りなの……」
「いいかカンダロ。
部下に奢るのは上司の役目だろ!
第一、沢山貰ってんだしいいだろ少しぐらい。
そう文句言うなって。
俺達なんてガキのお小遣いとそう大差ないんだぜ?」
「そう言って僕にお金使わせたいだけですよね!?」
「バレたか」
中華料理店『陽天楼』。三人は再びハルサとツカサが働いている中華料理店を訪れていた。ルフトジウムの強い要望で二日連続で訪れることになる訳だが、朝イチで開店と同時に乗り込んだお陰で他に客はいなかった。そして余裕があるからか、ツカサが本来の性格のゆったりとした接客で三人をもてなしてくれる。
「あらあら、AGSの皆様じゃない?
また来てくれて嬉しいですわ。
偉く気に入って頂けたみたいね?
今度は違うメニューに挑戦と言った所かしら?」
今日は緑色のチャイナ服に身を包んだグラマーな狼の獣人がお盆の上に三人分の水とおしぼりとメニューを持ってきて机の上に並べていく。サイントとカンダロは小さくお礼を言ったが、ルフトジウムはそそくさと手袋を外しておしぼりで手を拭くとキョロキョロと店内を見渡した。
「どうしましたの?」
「なあ、今日はあの子はいないのか?」
あの子、とはハルサの事だ。ツカサは三人分の水とおしぼりを置き終わってふふふ、とはにかむ。
「ああ、ハルサはまだ寝てますのよ。
昨日はとても忙しかったから多分疲れが溜まってるのかしらね。
今朝はなかなか起きなくて。
なにかあの子に用事ですの?
起こしてきたほうがいいかしら?」
ツカサはそう言ってゆったりと店の奥を指差した。カチャカチャと鍋などを準備している筋肉ムキムキベテランのコックの後ろに木製のオシャレなドアがある。ルフトジウムはおしぼりをキレイに畳んで机の上に置きながら断った。
「いや、いい。
別に何でもねーからよ。
姿が見えなくて……なんだ、心配になっただけだからよ」
そう言って山羊はメニューを開くと何を食べるか吟味し始める。まるで何かの照れ隠しのようで、ツカサはああ、と心の中では理解していながらもつい黙ってられず山羊を揶揄う。
「ふふ、変なお方。
まるであの娘と話したかったように見えますけど?」
サイントはツカサの洞察力に感心した。確かにルフトジウムは分かりやすい部類ではあるが、出会って二日目にして揶揄うなんて。上司であるカンダロですらまだそこには至れていないというのに。
「やべ!」
ふと力が抜けたのかメニューを机にばたんと落としたルフトジウムは慌ててメニューを拾い直してわざとらしく咳払いをするとメニューに視線を落とす。メニューを拾う時に自分の手袋を誤って落としたことに気が付いていない。
「は〜……?
全く何を言ってんだか……。
やめてくれよな。
まあ、俺は別にそういうのじゃなくて……その……。
ジュンスイニゴハンヲ……」
威勢のいい声は次第にゆっくり小さくなり消える。ルフトジウムの長い山羊のような耳が垂れ下がり、少し赤くなった顔をツカサから隠すようにそっぽを向く。
「ふふふ、冗談ですわよ。
食べるものが決まったらまた呼んでくださいね?」
ニコニコしながらツカサは一歩引いて頭を小さく下げ、床に落ちた手袋を拾うと軽く払い机の上に戻す。
「落とし物ですわ」
「あ、ありがとうよ……」
にこりと微笑んでもう一礼するとツカサはキッチンへと帰っていった。ツカサがいなくなるとルフトジウムはメニューを机の上において頭を掻きながら立ち上がり
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
そう言って獣人マークが描かれた壁画の先にあるトイレの中に消えていった。サイントはウサギの耳をそっちに向けてそっと音を聴き取って安心を確かめてからメニューを眺めてるカンダロに話しかけた。
「ねえ、カンダロ。
要するに先輩は看板娘に会いたかっただけ?」
「…………でしょうね」
サイントはすっかり呆れた表情で肘をつき、自分の携帯を取り出して写真を眺める。そこには昨日この店でのルフトジウムがしっかりと写っており、チップを渡されて困っているハルサもバッチリ残っていた。
「なぜ写真を撮ったんです、サイントさん?」
「だって先輩があんな顔をするなんて思っても見なくて。
何にせよはっきりしたでしょこれで。
朝と昼を兼ねたご飯で時間短縮とか言ってたから何かと思えば……」
「……まぁそれ以外ないですよね。
だからあんなに駄々こねて行きたがったんだ。
あの山羊、意外とそんな一面もあったんだなぁ」
カンダロも椅子ごと移動してサイントの横でその画面を眺める。サイントがこっそり撮ったその写真では、ただハルサと話しているだけなのに若干骨抜きにされた表情のルフトジウムがいた。
「いやーまさか、ルフトジウムさんがこんな顔するなんてね」
意外そうにカンダロは写真をつついて顔だけ拡大する。
「山羊が狼に恋したってこと?。
本当に先輩は変わってる。
そんなことあるんだ」
獣人は人間がベースなのだからそういう話がないわけでもない。まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような雰囲気すら漂わせている。
「山羊が狼に?
はは、なんかまるで昔話にありそうな――」
背後から悍ましい殺気を感じ、カンダロははっと口をつぐむ。
「……おい。
あのさあ……、いいか。
俺だって恋ぐらいするっての。
そんなに珍しいもんかよ他人の恋が。
学生でもないんだからよ。
二人して何見てやがんだよ、ああ?」
慌てて自分の携帯を隠したサイントは何事もなかったかのようにメニューの一つを指さして「これにしよ」と独り言を呟く。カンダロは不意打ちから来る焦りで汗びっしょりだった。ルフトジウムは素手で人間をバラバラにできるほどのポテンシャルを持った獣人だ。彼女が怒ったらただではすまないだろう。昨日のチンピラのように。
「ナンデモアリマセン……」
ルフトジウムははーっとため息をつくと椅子に座り直し、二人に話しかける。
「いいか?
俺は確かに恋した。
けど、仕事にはその恋は持ち込むつもりはねえ。
だからお前達もそうしてくれないか?」
二人はぽかんと顔を見合わせたが直ぐにこれ以上機嫌を損ねないように頷く。まぁ当然二人は「この店に来たのは持ち込んでるんじゃないのか?」と思ったがあえてそこは触れない方針で行こう、とアイコンタクトで意志疎通を完璧に行った。
「さて、と。
情報を整理すっぞ」
とりあえず長居するためのコーヒーを三つ頼んだ三人は資料と地図を机の上に広げる。
「じゃあ僕が。
えっと、あの子供とチンピラ、それ以外聞き込みを続けて得た情報によるとどうやら同じような時間に第一地区の第四路地周辺で事件が起こっているのが分かりました」
カンダロがまとめた情報を端末に表示していく。
「どの人もぼんやりとした謎の青い光りのようなものを見ているとの事です。
おそらく犯人は派手な車か何かを持っているんじゃないですかね?
もしくは発光してる……ってことですかね?」
ルフトジウムはそれを聞いて軽く嘲笑する。
「人が発光するわけねーから前者だよな。
でもまたなんでわざわざ光るんだ?
はじめのガキもなんかぼんやり光ってたとか言ってたよな?」
「さあ……。
何か光らざるを得ない要素があるとか?
光る獣人なんていたっけ?」
三人は腕を組んでうーむ、と悩む。新しい客が何人か入ってくるとツカサが厨房から出てお出迎えする。その客らはツカサの尻を触ろうとして思いっきりツカサに手の甲をつねられていた。
「悩んでも仕方ねぇし、とりあえずその時間帯に毎日張り込んでみるしかないんじゃないか?」
そんな様子をサイントは流し見しながらも、ひたすらに犯行現場が発光している意味を考えていた。何処か嫌な予感がする。うさぎの本能がサイントにそう告げていた。
「ですよね。
犯人は決まった時間に来てるんでしょうしそれで行きましょう」
「第四路地付近を見渡せる建物あの辺りにあったよな。
一室借りて、そこで暫く暮らすか」
地図を開き、第四路地を眺めることができる建造物がその付近にあるかカンダロが探しはじめた。
「あの、先輩。
発光するってのが気になっているんですけど、もしかしたら犯人は何らかのエネルギー兵器を持っているんじゃないですかね?
獲物を捕獲する際にそれを使うから……とか」
治安が悪い下層部ならば全然有り得る事だ。
「確かに。
なら最高装備が必要ですね。
一度支部に帰ってそこで改めて持っていくものを決めましょう。
それでいいですか?」
「ああ、それで構わな……」
ルフトジウムの耳がぴくんと動き、星のピアスもそれと一緒に跳ねる。その視点はカンダロとサイントの後ろに注がれていた。
「い、いらっしゃいませっス……!
その、昨日はありがとうございましたっス……」
ハルサだ。今日は姉と同じ緑色のチャイナ服を着ていた。片目のモノクルも昨日とは別のデザインの物を付けている。昨日のお礼を言いにわざわざこの席まで来たらしい。フサフサの尻尾がだらんと垂れ下がっていた。耳も少し外に垂れており彼女なりに精一杯なのだということが分かる。
「いいって、気にすんな。
ちゃんと頑張っていたからよ。
ああ、そうだ。
なぁ、お前俺と友達にならねーか?」
「へ?
友達っスか……?」
キョトンとしたハルサはルフトジウムの言ってる意味を少し考えているようだった。獣人が獣人に友達になろうというなんてめったにないことだ。
「そうさ。
俺なんだかお前の事が気に入ってよ。
携帯持ってないのか?
持ってたらID交換しようぜ、な!」
「え、あ、い、いいっスよ!
今から携帯持ってくるっス!」
嬉しそうにハルサは尻尾を振るとぱたぱたとキッチンにまで帰っていってツカサに何か一言、二言話すと扉の奥に姿を消した。
「先輩、意外とやり手ですね?」
「俺は仕事に恋を持ち込まねえよ」
「持ち込んでるじゃないですか……」
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