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-山羊の恋、新たな事件- part5

 何か変な事もないし、尾行にもまるで気が付いていない素振りを見せながら三人は大通りへ向かってしゃんしゃんと歩く。後ろから二人と三匹の影は、一定の距離を保ちながら付いてくる。人通りは次第に多くなり、夜の街としての顔を見せつけてくる下層部はあちらこちらのネオンからの光でカラフルに彩られていく。


「お兄さん!

 お兄さん寄っていきな!

 今ならぽっきり二千リル!

 それで二人付けちゃうよ!」


「大人のお姉さんも型?

 それともおっと。

 もう二人お買い上げ済みとは……。

 お兄さんも趣味がいいねえ」


「いらっしゃーい!

 いい子いるよ!!

 見ていくだけでもさあさあ!」


沢山の客引きを丁寧にカンダロは断り、ルフトジウムとサイントは無視する。しかしながら彼女たちがこの光景を不快に感じることはない。自分達の所属する種族が工業製品であることを常に理解しているからだ。

 ここらへんでいいだろ、とルフトジウムは軽く合図をカンダロとサイントに送り右手に持った鋏型の武器、デバウアーを起動させた。指紋と体温から正当な持ち主であることを理解したデバウアーの刃がゆっくりと加熱を始める。地表ならルフトジウムのような獣人がデバウアーのような大きな武器を持っていたら少し目立つが、下層部では獣人が武器を持って歩いている事など誰も気にしないらしい。護衛に武器を持った獣人を雇っている事など、下層部では別段珍しいことでもない。


「誰も俺達が武器持ってることに対して不思議がらねえ。

 そういう意味ではやりやすい街だよな」


「全くですね、先輩。

 上層部もこういった感じだと助かるんですけどね」


サイントは髑髏の描かれたパーカーの下に付けたホルスターの二丁拳銃を触り、カンダロの手を取る。


「サイント、あとは頼むぞ」


「了解です、先輩」


大通りを横切り、再び人通りが疎らな道にルフトジウム達は入っていく。


「ルフトジウムさん、気をつけて。

 いざとなったら援護します」


カンダロは肩から吊り下げた小さな銃を握りながらなんとも頼りない顔で体を固くした。どうみても怖がっているその仕草にルフトジウムは苦笑し、小さく手を振って拒否の意を表す。


「いーや、必要ないね。

 サイントに護られながら震えておくのがオマエには似合ってるぜ。

 ま、任せとけって。

 山羊の雌がどれ程凶暴なのか教えてやるよ」


「……楽しみです、先輩」


 一際目立つ『熟女草食獣人組合』と描かれたネオン看板の下を通った瞬間、一人と二匹は一斉に走り出した。五つの影もそれに反応して走り出す。一人と二匹は走り出して直ぐに路地の角を曲がり、五つの影も五秒ほど遅れて雪崩のようにその角を曲がったが


「おらよっ、と」


「おわぁ!?!?」


その瞬間、しゃがんで待ち構えていたルフトジウムの持つデバウアーの峰が一人の足元を掬った。掬われた一人は宙をグルンと舞い、背中から地面に落ちる。頭が地面にぶつからないようにルフトジウムは咄嗟に自分のブーツをクッション代わりに男の頭と地面の間に挿し込んでやった。


「あんちゃん!」


 残ったもう一人の人間が、今しがたルフトジウムに倒された男を気遣って呼ぶ。背中を地面に思いっきりぶつけた痛みに呻きながら男は部下の人間と獣人に大声で命令する。


「うぐぐいってぇ〜〜!

 か、構わねえ!

 さっさとやっちまえ!!」


主犯と見られる男の背中を踏んで抑えながらルフトジウムは向かい側のビルの屋上にジャンプで飛び乗ったサイントとカンダロがこちらを見ているのを確認し、手に持っている大鋏をぐっと強く握りしめた。


「ブッコロス!!」


「ヤッテヤル!」


「ウゴクナ!!」


 三匹の獣人はそれぞれ斧のような形をした武器を背中のケースから取り出して構える。斧の刃渡りは四十センチ程で、刃と持ち手以外は目立つ赤で塗られている。消防隊員が鉄の扉などを破るための特別頑丈でシンプルな造りをしているどこにでもある斧だが、それに工業用獣人の力が加わると簡単に人を真っ二つにするだけの火力を発揮する。

 三匹は全員安物の猪型工業用獣人で、牙のようなものが口の横から生えている。喋る言葉も幼稚で単発的。肩幅は広く、身長は二メートル近くにもなるだろう。三匹とも体格は完全に一緒なので、量産品であることはすぐにわかる。工業用に戦闘を教え込み、そこそこの値段で売っぱらう中間業者もいるのだろう。実際人間相手にはこれで十分だ。

 口からよだれを垂らし、白く吐息を漏らしながら三匹はルフトジウムを取り囲む。筋肉隆々の両腕に斧を持ってジワリジワリとその輪を狭めていく。


「山羊のねーちゃん悪い事は言わねぇ!

 あんちゃんを離して大人しく捕まってくれよ!

 ただ俺たちゃ金が欲しいだけなのさ!

 な、悪いようにはしねぇからよ!」


 三対一ではとてもルフトジウムに勝ち目はないと強盗側は思ったらしい。完璧に戦闘用獣人の力を舐めきっているようだ。下層部の人間でも戦闘用獣人の存在はうっすらとでも知っているはずだ。ましてやルフトジウムのような知性のある獣人の戦闘力は下層部だからこそに分かっているはずだ。それでもやる気なのは完全に世間知らず、もしくは本当に困窮しているか、ルフトジウムを捕獲して売っぱらい、一攫千金を夢見ているかの二択だろう。


「どこにでも自分のレベルを見極められないバカはいるけどよ。

 お前達程のバカには中々出会えないだろうな。

 この俺が大人しく捕まるわけねーだろが」


ルフトジウムは男を抑えていた足をのけてその勢いで男の片腕を強く踏みつけた。まるで小枝を踏み潰すかのように簡単に男の腕の骨が砕ける。男の口から悲鳴にならない悲鳴が飛び出し、その声がビルの間でこだまする。


「あんちゃん!!!

 クソ山羊!!

 てめぇ!!」


 ルフトジウムはデバウアーを真ん中から分離させ、両手に持つと足元に転がる男を足で蹴ってはしっこに追いやった。主犯の男はゴミ袋の山に突っ込みそこで気絶する。そしてデバウアーのステータスランプが点滅からようやく赤く常時点灯に代わり、使用可能になったことを教えてくれる。刃から立ち上る微かな蒸気と熱で空気がゆらゆらと陽炎のように揺れる。


「お前達のレベルを教えてやる。

 来な、ウリ坊」


デバウアーの切っ先を三匹それぞれへ向けて、ルフトジウムはニヤリと口角を吊り上げた。


「殺せ!!」


「ワカッタ!!!」


男の命令に真っ先に一匹が従う。ルフトジウムの斜め後ろから斧を振りかぶり一気に振り下ろしてくる。人間なら真っ二つになる一撃、しかしルフトジウムはそこから一歩も動かず、デバウアーの峰を斜めに当てることでその動きを反らした。斧の刃ははするりと滑り、ボロボロになっているアスファルトに突き刺さる。


「!?」


驚いた猪の獣人だったがすかさず斧を離し、ジャブをルフトジウムに叩き込む。ルフトジウムはそれを正面から受けるような事はせずに躱し、しゃがむとそのままアッパーを顎へと叩き込んだ。バキン、という鋭い音が鳴り、猪の獣人の牙がへし折れる。そこそこのダメージを負った猪の獣人の体がぐらりと傾く。


「なんだ、やっぱりこんなもんか。

 勝負にならねえよ」


ルフトジウムは地面に深々と突き刺さった斧の上に飛び乗ると一気に駆け上がり猪の首に鋏の刃を突き立て一気に振りぬいた。超高熱の熱が猪の皮膚を焼き、貫き、その首が胴体から離れるのは本当にほんのひと時だった。飛んで行った猪の首が地面に鈍い音を立てて堕ちる。その首は一瞬何が起こっているのか理解できないように目を白黒させていたがすぐにその意識も薄れ、動かなくなった。頭部を失い、ぴくぴくと動く胴体からも首からも出血はない。高熱は傷口を焼き、止血してしまうからだ。体はまだ何とか立っていたがルフトジウムがデバウアーで押すと、その場で崩れ落ちた。


「!?

 バカな!?」


「三人一緒にかかって来いよ。

 殺し合いにルールなんてないんだからよ。

 最後に生きてたもんが勝つんだ、そうだろ?」


ルフトジウムは折れた角を触り、あの日の夜を思い出す。


「お前らなんてまるで相手にならねえんだよ」




               -山羊の恋、新たな事件- part5

ありがとうございます~!!!

もっと面白くなれるように頑張っていきます・・・!

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