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-山羊の恋、新たな事件- part3

「なー、カンダロ。

 お前本気で“下層部”に行くつもりなのか?

 俄然としてやる気になってるとこ悪いけど、俺は止めといたほうがいいと思うけどなぁ」


「守るために武器持ってきたし大丈夫」


「あのなー、サイント。

 それはカンダロが駅の入り口でビビって動けなくなってたからだろー?

 一応の時の保険って意味では武器は大切だけどよ」


 昼ごはんを食べたあと現場に向かおうとした三人だったが、現場に向かうために電車に乗ろうとした直前になってカンダロがビビって一度帰って武器を取ってくると言い出したのだ。まあ、無理もない。事件が起きた現場は“下層部”の中でもかなり上の部位とはいえ、入り口からもう治安の悪さが伝わってくるような場所なのだから。下層部へと続く駅入り口付近のビルの窓には鉄格子がガチガチにはめられ、ガラの悪い落書きがあちらこちらに沢山描かれている。更には安全第一食品の販売する合法ドラッグ中毒者があちこちに吐瀉物をまき散らし、禁断症状から痙攣して意識を失った連中が道に倒れ込んでいる。大野田重工本社都市の普段では日の当たらない所が僅かに滲み出している場所がここだ。

 完全温室育ちのカンダロがその光景にびっくりして腰が引けてしまうのも無理はないと言える。ルフトジウムやサイントは働いているうちにそういった光景には完全に慣れてしまっていたが、AGSに購入されて仕事を始めた時にはきっとカンダロと同じような顔をしていたことだろう。

 “下層部”への行き方は沢山あるが中でも一番使われているのが、しばらく垂直に降りた後縁を描くようにして“下層部”を走るダンガンセントラルの運行する本社都市下層線だ。本社都市下層線の車両は全体的に古いものが使われており、人間よりも獣人が使っていることが多い。線路が地表に出ている間は外からは見えないようにトンネルのようなもので線路全体が覆われており、外部から来た人間はこの線路を見つけることすらできないだろう。

 そんなわけで一度AGSの支部に帰り、武器を持ってきた三人は本社都市下層線の列車に揺られていた。列車の中の椅子は破れ綿が出ており、ライトも暗く所々切れている。


「気分が乗らねえ」


未だに嫌そうにするルフトジウムだが、カンダロは武器を持って少し気持ちが落ち着いたのか少し表情が柔らかくなっている。


「そうもいきませんよ、ルフトジウムさん!

 僕達はAGSの社員なんですから。

 汚名挽回もありますけど、都市警察の役目も果たさないと!」


「はいはい……」


 大野田重工本社都市の治安を守っているのは重工直属の治安維持部門とその下請のAGSや七坪警備会社などの警備会社だ。こういった重工から選ばれた会社は治安維持部門から捜査や逮捕といったことまで任されている。あえて重工の運営から離れた会社を使うことで重工内部に腐敗が広がるのを阻止するためでもある。その証に重工内部の捜査を邪魔することは重工の社内法で固く禁止されている。


「……ほんと真面目」


 サイントが頭から生えているうさぎの耳をへにょんと動かして気だるそうにルフトジウムに一任すると言うように両手を上げた。ルフトジウムは自分の残った角のざらざらした触感を掌に感じながら、カンダロの表情を掠め見る。彼は自分の持っている武器を触り、目頭に皺をよせている。


「嫌なのは分かりますけど……。

 でもやらなきゃいけないんですからさっさと終わらせましょうよ……」


「っはぁー」


ルフトジウムはふと前の管理者を思い出して懐かしい気持ちに駆られる。前回の相棒もこういう顔をしょっちゅうするようなやつだったな、と脳内に残っているかすかな記憶とカンダロを重ねる。面倒だがやるしかない。ルフトジウムは気持ちを一新し、備える。また相棒の人間を失うのは嫌だからだ


「カンダロがそう望んでいるなら助けてあげるのが俺達だよな。

 もう列車にも乗っちまってるし。

 なによりこの班のリーダーはカンダロだし。

 しゃーねえ……そろそろやる気出すか」


 ルフトジウムは怠そうな表情からいつものやる気に溢れた顔になると自分の持っている武器をぎゅっと握り直す。誰も乗っていない列車の中に鋼鉄がカチンと、擦れる音が響く。


「やりますか、先輩」


「だな。

 さっさと終わらせよう。

 現場を見に行って写真をささっと撮るだけだろ?

 な?」


「一応聞き込みと、現場調査もですね」


「……それもやるのか。

 言葉が理解できるやつがいるといいけど……」


 列車に乗って五分もすると窓の外は夜のように暗くなっていた。急に線路の状況が悪くなり、揺れが酷くなると、ようやく外の景色を隠していたトンネルが終わり地下に広がる巨大な空間が姿を現した。まだ日が出ている時間だというのに所々壊れたネオンが光り、明らかに違法な獣人風俗の看板を初めとして酒場やスーパーの侘しい光がキラキラと光っている。大野田重工本社都市の“下層部”は本社都市の下に広がる都市の基盤部分だ。そしてあちこちで働く下層の獣人や人間の住居になっている。また先ほど述べたように治安も悪く、常人なら寄り付かない。


「こんな場所があるなんて……」


「どこにでもあるぜこんな場所。

 本社都市下層部が一番マシなんじゃねえか?」


「そうなんですか……」 


『まもなく下層第一地区。

 まもなく下層第一地区。

 お降りのお客様は準備をしてください』


明らかに他の路線とは違ってやる気のないアナウンスが流れ三人は降りる準備を始めた。




      ※ ※ ※




 駅から降りた三人はがらっと雰囲気も、質も、匂いも変わった空気に包まれる。ルフトジウムとサイントはカンダロよりも先に駅から出て警戒する。不愉快としか言いようがない匂いが充満し、走っている車も建物もボロボロだ。道路の脇には細い歩道があり、そこを死んだような顔の人間と獣人が歩いている。

 あちこちに並ぶ店先には体をサイバネで強化したサイボーグが店番をしており、店頭で売られているのは間違いなく盗難品の類だろう。これでも“下層部”の中ではマシな方だというのだから恐れいる。


「犯行の現場はこっちですね」


「カンダロ、気をつけろよ。

 ここだと子供すら何をしてくるか分かったもんじゃないからなぁ」


「うわぁ!!」


行った側からカンダロは前から走ってきた人間の子供にぶつかられていた。そしてその一瞬の隙にカンダロの懐から何かをその子が盗み取るのをルフトジウムは見逃さなかった。


「ごめんよ!」


そのまま走って逃げようとする男の子の首根っこをルフトジウムは捕まえ、宙にぶら下げる。


「おいクソガキ。

 あんまり舐めた真似すんなよ」


「何のことだよ!?

 話せこの獣人ごときが!!」


ルフトジウムは蹴ろうとしてくる男の子の足を手で防ぎつつ、その子のポケットを探る。ポロポロと沢山のいわゆる戦利品に混ざってカンダロの財布が飛び出してきた。


「やべ……」


「あっ!

 このガキ!」


カンダロが財布を拾いながら子供を睨み付ける。ルフトジウムは子供をますます強く捕まえると顔を正面から見据え、凄んで見せる。戦闘用獣人であることを一瞬で理解したその子供の顔が恐怖に歪む。


「あまり嘗めるなよガキ。

 俺を怒らせるな死にたいわけじゃないだろ?」


泣きそうになりながらも首を縦に振る男の子を地面に立たせてルフトジウムはやれやれと息を吐く。


「お前この辺に住んでるよな?

 少し前にあった人間が食われる事件の事何か知らないか?」




        -山羊の恋、新たな事件- part3 End

いつも読んでくださっている方、本当にありがとうございます。

とても救いになっております・・・!

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