-山羊と兎、新たな事件- part1
「あー、そうかぁ。
カンダロもやっぱり見てねぇか」
「ごめんなさいルフトジウムさん……」
「まぁ、別に端から期待してねーよ。
あの状況で覚えてろって方が無理な相談だしな」
F部隊専用の休憩室にカンダロ、ルフトジウム、サイントの三人は集まっていた。角をへし折られた列車の事件から三日が経過し、体の調子も戻り角を失ったことによる頭のバランスも何とか取り戻したルフトジウムはやっと“AGS”に帰ってきた。
「しかしまぁ……。
やっぱ嫌なもんだぜ……。
こんなにジロジロ見られると段々腹が立ってくる」
ルフトジウムの所属する班はいつも成功を納めていた。それは班を指揮する人間の力によるところも大きいが、何よりルフトジウム本人の経験と戦闘能力の高さもあった。“AGS”の中でもルフトジウムはまさにトップクラスの存在だったのだ。そんな彼女の敗北、失敗は瞬く間に会社中に広がり、角を失った彼女を一目見ようと沢山の人間と獣人が押しかけて来たのだった。
「なんで俺がこんな目に合わなきゃならねえんだよクソ。
あの日の犯人、捕まえて土下座させて、刑務所にぶち込んでやる」
「絶対に逃がすわけには行きませんね。
僕の方でもそう思ってこの三日間動いてたんですが全く資料が無くて」
何とかして捕まえてやろうと息巻くルフトジウムとカンダロだったが、肝心の犯人の顔は疎か毛並みまでまるで分からない。喋り方に何か特徴があるわけでもなく、とりあえず小さな獣人であることは確かだが、種族すら分からない。何よりあれぐらいの大きさの小さな獣人など星の数ほどいるわけで。列車の中だったということも作用して完全に真っ暗闇だったあの空間は侵入者の顔をしっかりと覆い隠しているのだった。
「列車の外の監視カメラもダメですね。
黒い影のようなものが一瞬映ってるだけで、解析に回しても何もわからないって突き返されちゃいました」
カンダロは見ていた写真を机の上に置いた。
「つまり完全に手詰まり……?」
サイントは頬をついてルフトジウムの横に置いてある生のアスパラを一本取った。食べてもいいですか?という後輩の素振りにルフトジウムは軽く頷いて、話を続ける。
「そういう事。
あーあ、考えれば考えるほど嫌になる嫌になる。
これなら家に帰って映画でも見とくんだった。
ましてや俺はだーれかさんのお陰で自慢の角まで折ったってのによ!」
カンダロが、気まずそうに目を逸らす。ルフトジウムは机の上に頭を乗せると写真に息を吹きかけて遊び始める。それもすぐに飽きると今度は背もたれに寄りかかり自分の髪を人差し指に絡める。
「先輩……」
「んだよ」
「隊長から伝言があった……」
「はぁ!?
カンダロに言ったのかそれ?」
「…………」
ウサギの獣人でかなり口数が少ないサイントは両手でアスパラを持ち、カリカリと齧りながら首を横に振る。
「ちょ、なんで言わないの!?
この班のリーダーは僕なんだけど!?」
カンダロが焦ってサイントに話しかけたが、当の本人は涼しい顔だ。
「…………恥ずかしいから」
「意外とお前肝が座ってんな」
「………」
大きなため息をついてルフトジウムはちゃんと言うようにサイントに促した。アスパラを一本丸ごと食べきってサイントはようやく口を開く。
「街を騒がせている人食い獣人の話……。
その件についての調査依頼が重工の治安維持組織から入ったって……。
F部隊のカンダロ班は調査に当たるようにって……」
「人食い獣人だぁ?
なんだそれ。
俺はやる気ないぞ」
ルフトジウムはあからさまに嫌な顔をする。彼女はこういう都市伝説的な話が大っ嫌いだった。怖いからではなく、くだらないからだと本人は豪語しているが……。だからそそくさとアスパラの入った皿ごと席を立ち、聞こえないような所へ逃げる。
「ここ一か月、街中の噂になってるんですよ。
大きな武器を持った獣人が夜に人間を襲う。
そしてその肉を貪る、って」
「下らねぇよカンダロ。
さっさと断れそんなの。
俺は嫌だぞ」
「そういうわけにもいかないじゃないですかルフトジウムさん~!
僕達、前回失敗してるんですから今回断ったら肩身が狭いですよ~!!
何とかやる気だしてくださいよ!」
「やなこった」
「…………」
アスパラを二本同時にかじりながらルフトジウムは部屋から出ていこうとする。カンダロは慌てて後を追いその手を掴んだ。ルフトジウムは不服そうに眼を細めてカンダロの顔を見る。
「最近僕が見つけたとっても中華がおいしいお店教えるんで!
ね!
奢りますから!」
「あー?
中華だぁ?
んー……まぁ……。
話ぐらいなら聞いてやってもいいぜ」
「……先輩ちょろい」
幸いサイントの最後の呟きはルフトジウムには聞こえなかったらしい。
一気に少し上機嫌になったルフトジウムを連れて、三人は休憩室を出た。
※ ※ ※
「いらっしゃいっスー!」
カンダロがお勧めしてきた中華料理の店は想像以上に近くにあった。店の外見はかなり古く、かかっている看板も汚れが目立つどこにでもあるようなお店だったが店の前にはすでに長い行列が出来ていた。凡そ三十分ほど待ってから店内に入ると、二人の狼の獣人がお出迎えしてくれた。
二人は明らかに姉妹なのは見て取れた。二人して観賞用として作られたに違いないほど美しい顔立ちをしており、姉も妹も綺麗な灰色の髪の毛をしており、三本のふさふさの尻尾を持っていた。透き通ったルビーのようにのような美しいその瞳には青色の輪がうっすらと浮かんでいて、そこが特徴的とも言える。戦闘用獣人に施されるような遺伝子操作だったが二人は戦闘用というよりは初めからここで働くように作られたかのようだった。灰色の髪の毛、三本の尻尾はどこにでもいる珍しくもない狼の獣人だったがなぜか強烈な印象をルフトジウムに残す。
「めっちゃ可愛いじゃねえか……」
というのもルフトジウムのタイプだったからだ。一瞬妹の方がルフトジウムを見て固まったようだったが、この時誰もその行動に気が付いてなかった。
「先輩?」
「三名様っスね!
こっちの席にどうぞっス~!」
「何してるんですか、ルフトジウムさん!
席に案内されてるんですから座りますよ!」
「なあカンダロ」
「なんです?」
「お前、マジで素晴らしい所見つけたな?」
「は?」
-山羊の恋、新たな事件- part1 End




