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-朱と交わろうが白であれ- Part 17

      ※   ※   ※




「えー…、ご主人また注射っスかぁ?

 もう嫌っスよ、注射ばっかり……。

 痛いばかりで私に良いこと一つもないじゃあないっスかぁ〜…」


 先程まで尻尾を振ってべったりと甘えていたハルサだったが、ふとマキミが手に持っているものを見て怪訝な表情を浮かべる。マキミは、注射器を左右に揺らしながらも優しい表情を始終崩さない。


「おやおや、相変わらずよく見ているね。

 関心、関心。

 でもね、これは今までの注射じゃないんだ。

 ハルサの抱えている苦痛の全てを取り除いてくれる体に良い注射なんだよ」


「そんな都合がいい注射がある訳ないじゃないっスか~!

 嫌っスよ!」


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。

 ただ私に身を委ねていればいいんだ。

 ハルサ、私の言うことが聞けないというのかい?」


 マキミは表情を変えずにプラスチック製の注射器をハルサの目の前に持ってき、圧力をかける。中には水色で少し泡立っている謎の液体が入っており、ハルサは注射を見て拒否するように首を横に振った。


「都合がいいこと言ってるっスけど、嫌なものは嫌っス。

 そもそもご主人は、何故注射を私に打つんスか?

 一緒に暮らしていた時だって半年ぐらい毎日毎日、私に注射してたっスよね?

 痛いのは嫌だってずっと言っていたじゃないっスか。

 それなのにまだやるんスか?」


 マキミはハルサの独白を聞いて驚いたように少しだけ仰け反った。その反応は不可解なものではあったが特にハルサは追及せずじっとマキミの顔を見る。彼はほんの一瞬だけ顔つきを変えたのだが、直ぐに赤子をあやす様な優しい態度に戻り、ハルサとの話を続ける。


「過去の私はそんな事を…そうか。

 そうだったね。

 他に私が何をしたのか覚えているかい?

 これはハルサの記憶がちゃんと働いているかどうかのテストから安心して答えてくれるかい?」


ハルサは口元に指を当て、思考を巡らせる。


「えーっと……。

 注射以外だと……。

 あれ、何かあったような気がするんスけど何だったっスかね~…」


ゴーと壁のどこかから換気扇が回るような音が部屋に広がる。眠るには気になる音量ではあるが、記憶を引っ張り出そうとしている今のハルサにとってはどうでもいい事だった。


「ゆっくりでいいから思い出せるかな?」 


マキミは注射器を手のひらの上で転がしながらゆっくりとした口調で言葉を漏らす。


「……そうっスね」


ハルサは自分の頭に手を当てて過去の記憶を弄る。しかし、肝心な所はジャミングを食らったかのようにノイズに覆われまるで思い出せない。


「えーっと……何かを………何かをされたのは確かなんスけど…。

ごめんなさいっス、ちょっと今は出てこないっスね」


「そうか。

 けれど、まあ、無理に思い出すこともない。

 時間はまだまだ沢山あるからね」


「沢山…?

 私はご主人とずっと一緒にいられるんスか?」


「そうだよ。

 私達はこれからもずっと一緒だ。

 この注射だけどこれはハルサの持つ厄介な病気の進行を遅らせるための物だよ。

 私はハルサに長生きして欲しいからね。

 ハルサも私と一緒にずっといたいだろ?

 ほら、手を出して」


「痛いのは嫌っスけど…分かったっスよ。

 ご主人がそういうなら……」


 ハルサはぎゅっと目を瞑り、いつもそうしていたようにマキミに強くしがみついた。過敏になった皮膚に冷たい針が当たる感覚が伝わると直ぐに、鋭い痛みが皮膚を突き破り体内へと入ってくる。同時に注射器の中に入っていた液体が体内へと注ぎ込まれる感覚がじんわりと伝わっていくと、ハルサは更に強くマキミの服を握りしめた。五秒にも満たない短い時間だったが、与えられる苦痛は一時間刺されるにも等しいとハルサは毎回考えていた。


「さあ、これでもう大丈夫だ。

 いい子だったね」


「う~…相変わらず痛いっスよ~!

 もう注射は嫌っス~!!」


 マキミはハルサの頭を撫で、ハルサもそれがご褒美であるかのように受け取る。この平和で心が休まるような空間が永遠に続いてほしいと彼女は心から願っていた。

 

しかし、そうも言ってられないようだ。


 何処からかけたたましいブザーが鳴り響き、大きな音が部屋中に響き渡る。腹の奥底に響く重低音は爆発音だと経験が導き出し、ハルサはマキミに委ねていた体を起こしていた。


「………ご主人?

 何やら騒がしく……」


マキミから離れ、ガバっと起き上がったハルサは、周囲を見回す。そして驚く。先ほどまで愛しいご主人様が佇んでいた場所にいつの間に入れ替わったのか、男性型のセクサロイドが一体、佇んでいた。


「な、な、なんスかこれ…!?」


 小さな狼は野生を取り戻したかのように慌てて起き上がり、男性型セクサロイドを眺め混乱する頭を抑える。自分が置かれた状況は奇怪で、悪夢から覚めたような黒い気分になったハルサは目を擦り、大きく息を吐き出してか細い声で呼びかける。


「ご主人…?

 一体どこに行ったんスか?」


静かに呼びかけた彼女の声に応えるかのように返事をしたのはマキミではなく、壁を突き破った武器の先端部だった。


「あぶねえっス!!」


武器の先端部はハルサの脇下十センチの所からそのまま穴を開けるように移動する。ある程度穴が広がってきたところで穴の向こうから一匹の声が届けられる。


「その声!!

 おい!!

 無事か!!」


 聞き覚えのある声はルフトジウムのもので、見覚えのある武器の先端部は更に部屋の壁を切り取るように動くと少女が一匹程度ならば簡単に通ることができる穴を作り上げる。その穴の向こうには顔を仮面のようなもので隠した天敵の姿があった。


「なっ……へ!?

 ルフトジウム…さんっスよね!?

 なんで…いや、何をしているんスか!?」


声でなんとかルフトジウムと分かるが、その姿形は被せられたホログラムのせいで上手いこと隠されている。ハルサは未だに夢の続きを見ているのかと自問し、自らの頬を叩く。


「あ?

 お前を助けに来た騎士様だぜ!

 つかあんまり俺の名前をここで呼ぶんじゃねぇ!!

 復職する時に面倒だろうが!」


「!?

 じゃあなんて呼べば…!?」


「あぁん!?

 そうだな、俺の事は此処では“サクラナイト”とでも呼べ!」


「え、普通にクソダサいっスよ!?」


「るっせぇ!

 いいからさっさと準備しやがれ!!!

 つか、なんだその男性型のセクサロイド!?

 お前まさか…!?」


「いや、別に何かどうにかしたとかそういうわけじゃないっスからね!?

 これは初めから部屋においてあっただけで別に私のものでも無いっスから!!」


 セキュリティアンドロイドの銃弾が穴の向こうで飛び交い、ルフトジウムはデバウアーの銃弾を応戦するようにばら撒く。そして室内のベッドを蹴り飛ばして簡易的な弾除けを廊下に作り上げるとハルサの方を見てデバウアーを振り回す。


「いいからさっさと出るぞ!

 “サンレスキャット”!

 さっさとアンドロイドを黙らせてくれ!」


『もうやってるのにゃ!

 お前が先々行き過ぎなだけなのにゃ!

 このじゃじゃ馬娘が〜!』


「俺は馬じゃなく山羊だが!?」


『本当にお前は全くもって何もお話にならねーのにゃ!』


 ハルサはラプトクィリの声を聞いてますますこの状況が理解できなくなる。敵同士であるはずの二匹が手を組むなど一体何が起こったというのか。


「今は聞きたいことが沢山あるだろうけど、いいから黙って俺について来い!!

 うおっ!?

 いよいよあんなもん持ち出してきやがった!!」


 グレネードランチャーの弾頭がルフトジウムの横を通り過ぎ、向こうで爆発する。ルフトジウムは首元についている無線機にがなり立て、無線機からはラプトクィリの心底嫌になった声が返ってくる。


「まだ止めれねぇのか!?」


『今やってるのにゃ!

 でもこいつら流石にガードが固くて…!』


「今すぐ止めろ!!

 対人グレネードまで出てきたんだぞ!?

 そんでもってハルサァ!

 いいからさっさと来い!

 どう見ても切羽詰まってんだろ!?」






                -朱と交わろうが白であれ- Part 17 End

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