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-朱と交わろうが白であれ- Part 15

旗色が悪くなりそうな事を全く動じずに淡々と話すその態度と、彼がハルサを助けたい目的を聞いてラプトクィリは改めてカンダロとの距離をもう一歩離すことを心の中で決意する。先程から可愛げが無く食えない男だと考えていたのだが、蓋を開けてみればまさかここまで食えない男だと思ってもいなかった。シンプルにバカで素直なルフトジウムとは対照的で、そこにはうっすらと得体のしれない不気味さすら感じる。


「…そんな理由でボクがお前を助けるとでも思ってるのかにゃ?」

 

ラプトクィリはまだ笑みを崩さないカンダロに揺さぶりをかけるためそんな一言を叩きつけてみる。いつも盗聴無線で聞いていたなんとも頼りない男の声や態度が、いつの間にかここまでかわいくない方に成長しているとは……。人間とは末恐ろしい生き物だ、とラプトクィリは唸った。


「え!?

 えっと、まさかこれだけの理由では不十分ですかね?

 僕が知りたい事実に辿り着くにはまだまだ情報が足りなくて……。

 てっきり僕達と貴女は目的が一緒だと思っていましたけど……違いましたか…ね?」


「…………」


カンダロは何も言わずに黙ってしまったラプトクィリを心配して慌てて一言、二言を付け足す。ラプトクィリが感じた不気味さや雰囲気は、予想外の言葉によって一瞬で形を潜めてしまう。あれらは成長しきっていない青二才から匂うものだったのだろうか。「まあいいにゃ。今ここで触れる事でもないにゃし。それにボクには関係ない事だにゃ」とラプトクィリは二、三度頷き、とりあえず納得したという意思を示しながら口を開いた。


「そっか、そっか。

 なるほど、そういう感じなのかにゃ。

 現金な理由ではあるにゃけど……でも今はそれで充分なのにゃ。

 それはさておき、お前もボクの出す条件をちゃんと飲むのにゃ?

 返事次第では当然ボクは断るにゃけど」


「ええー……じゃあ全部飲むしかないじゃないですか~…。

 困ったなぁ。

 条件に関しましては、程度にもよりますけど出来る限り飲む方向で行きますよ。

 ――まぁこの同意も三つ目の条件であんいにかわりますが」


ラプトクィリはカンダロからの返事を聞いて、ようやく協力するための条件を彼らに突き付ける。


「なーに、別に難しいことじゃないのにゃ。

 お前らの実力を持ってすればかなり簡単な事なのにゃ。

 まず一つ、ハルにゃんの命の保証、そして救助後は速やかに身柄をこちらに渡してほしいにゃ。

 出来るにゃ?」


「まあ、そう来ますよね。

 分かりました」


「二つ、ボク達の家族に手は出さない事にゃ。

 まあ、“AGS”がそんなことするとは思えにゃいけど」


 二つ目はラプトクィリのブラフだった。ハルサとラプトクィリから見て家族なんてツカサとアイリサぐらいしか存在していない。ルフトジウムはツカサの存在を知っているものの、アイリサまでもは知らないだろう。あとからいくらでもいちゃもんを付ければこの条件の枠組みは大きくなる。


「なんだよそんな事か。

 安心したぜ。

 分かってるよ。

 いいよな、カンダロ」


「はい。

 こちらに関しましても当方は飲みますよ」


そして最後の一つ。この条件が本当の狙いだ。ラプトクィリは唇を舐め、目の前の食えない男の眼を見てゆっくりと叩きつける。


「三つ。

 まあ、これも簡単なことにゃ。

 お前らの持っている“鋼鉄の天使級”についての情報の共有。

 この三つを飲んでくれたらボクも本気で手を貸すのにゃ」


カンダロの顔から笑みが消えた。彼は眉間に皺を寄せ、ラプトクィリを睨み返してくる。


「……別に僕達が協力を惜しんでもいいんですよ、“サンレスキャット”。

 貴方も僕達の力が必要なはずだ」


彼は彼なりにすごみのある声を出そうとしているのだろうが、あいにく若さが多分に含まれていて恐れという感情は一切湧いてこない。ラプトクィリは空っぽになったペットボトルを手のひらの上で転がしながら鼻で笑う。


「にゃ~それはお互い様なのにゃ。

 今回の件はボク達全員が納得しないといけないのにゃ。

 カンダロ、お前は手駒が欲しい。

 ルフトジウム、お前は作戦を立案する奴が欲しい。

 ボクは実行者と協力者が欲しい。

 “飼い主”として場数を踏んだお前の事にゃ。

 取引の定石を知らないわけないのにゃ?」


カンダロは大きくため息をついて目を瞑る。近くで雷鳴が轟き、衝撃波で部屋を照らしている電気がチカチカと瞬いた。。少し考えたカンダロはやがて目を開き、首を大人しく縦に振る。


「分かりました。

 貴女の言う三つの条件を全て飲みます」


「賢い判断に感謝するのにゃ」


「ただし一つだけ僕から条件を付けくわえても?」


「にゃ?」


「最後の条件ですが、一方的なものではなく相互的な物に変更を求めます。

 貴女の知っている情報も我々に共有して欲しい」


 ラプトクィリは小さく舌打ちした。カンダロ、やり手だ。ここが潮時だと感じたラプトクィリは直ぐに頷き、条件を飲むことを承知した。


「よっしゃ、じゃあこれで一時休戦って事か!?

 敵の敵は味方ってやつだな~!

 いつまでか分らんが頼むぜ、“サンレスキャット”!」


ラプトクィリは急にテンションを上げて距離を詰めて来たルフトジウムと握手を交わす。そしてニコニコとしているカンダロに呼びかける。


「早速にゃけど、情報交換としゃれこもうかにゃ。

 まず本題のハルにゃんについてにゃ。

 あいつは今どこで何をしているのにゃ?」


「条件により今から情報を開示します。

 この情報は“AGS”の極秘情報の一部です。

 ですので、他企業への流出を防ぐためSNSをはじめとするネットワーク上には上げないよう注意して……って釈迦に説法か」


カンダロはまだ渇く気配の無い鞄から一つのUSBを取り出してラプトクィリに渡す。


「にゃ?」


「これは“大野田重工第四下層部第四特殊実験施設”の見取り図です。

 名前ぐらいは聞いたことあるんじゃないです?」


「うーん、あいにく俗事には疎くてにゃ。

 すまんが説明してもらってもいいのにゃ?」


「そんな長ったらしい名前で呼んでも分からんだろ。

 世間話に疎いお前でも“赤い豆腐”って言えば分かるんじゃねーか?」


「なんだ、初めからそう言ってくれにゃ。

 通称の方なら聞いたことぐらいはあるのにゃ」

 

 “大野田重工第四下層部第四特殊実験施設”――通称“赤い豆腐”。外壁が落ち着いた赤い色で塗られた真四角の建物であることからそう呼ばれている。内部で何が行われているのか情報が流れる事は無く、よくインターネット上に転がる下層部の怪談話の諸悪の根源にされたり、下層部で何か不審な事故が起こった時の原因として槍玉にあげられることが多い施設だ。下層部にある“大野田重工”の施設の中でも悪名高く、凶悪な犯罪者が運ばれていくのを見た事がある人も多いのだとか。入る人数に比べ出ていく人数が極端に少ないらしい。そんな曰く付きの薄気味悪い施設の警備を担当しているのは“AGS”だ。


「この実験施設にハルサさんは囚われています」


ラプトクィリは腕を組んでううむ、と唸った。道理で情報が全く無い訳だ。


「確実なのかにゃ?」


「はい。

 この情報は裏が取れていますから、安心してください。

 ……落ち着いてくださいね。

 実は彼女はそこで“ある尋問”をされています」


「にゃ?

 それって……?」


「第三の条件、ここで僕は満たしますね。

 彼女、ハルサさんが“大野田重工”や“ドロフスキー”が喉から手が出る程欲しがっている“鍵”の手がかりかもしれないんです」




                -朱と交わろうが白であれ- Part 15 End

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