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-朱と交わろうが白であれ- Part 14

 心の底からの呆れの次に湧いてきたのは、なんともませた表情で壁に寄りかかっているルフトジウムに対しての鮮烈な怒りだった。ラプトクィリの頭には一瞬にして血が上り、彼女は銃を取り出すと身を乗り出してルフトジウムに銃口を向ける。


「何とか言ったらどうなのにゃ!!

 おい!!!」


ラプトクィリは自分の血管が切れそうになるのを感じつつ、ルフトジウムの反応を待つ。五秒ほどの静寂。雨の音を除けばお互いの心音が聞こえそうだ。


「……すまない」


ポロリと小さく謝罪の言葉がルフトジウムから漏れた。しかしその一言だけでラプトクィリの怒りが収まるはずもない。怒りで鼻息を荒くする彼女の肩をカンダロが叩く。


「“サンレスキャット”さん、彼女はただ“知らなかった”んです!

 彼女に悪意はなかった!

 だから銃を下ろしてください!

 これは仕方なかった事なんです!」


 彼はなんとかラプトクィリを落ち着かせようとするが、全く効果はない。山羊は腕を組んだままその場から動こうとせず、ただじっと目の前で怒り猛り狂う赤猫を見下ろすだけだった。ラプトクィリは犬歯をむき出しにして、尻尾を左右に振りながらも銃口だけは動かずにルフトジウムの心臓を狙っていた。


「“知らなかった”で済む話じゃないのにゃ!

 そんな言い訳、上層部の生ぬるいクソガキにしか通用しないのはお前が一番よく理解しているはずなのにゃ!!」


「ですから――!」


「カンダロ、もういいよ」


ルフトジウムは壁から離れるとラプトクィリの持つ銃の銃口にその額をこつんと付ける。


「ルフトジウムさん!?」


 ルフトジウムは銃口越しにラプトクィリの顔を翡翠色の瞳でじっと見据える。その瞳には覚悟の色が滲んでおり、今ここで死んだとしても仕方のない事だと受け入れているようだった。


「撃てよ、“サンレスキャット”。

 それでお前の気が済むならな」


彼女の通常では考えられない度胸に、ラプトクィリは頭から大量の冷水を被せられた気分だった。先程までメラメラと燃えていた炎は呆気ないほど簡単に消火され、冷えた頭はラプトクィリに正常は判断を促し始める。ルフトジウムは低い声でラプトクィリに向かって言葉を紡ぎ続ける。


「分かってるんだよ、全部。

 俺が全部悪いことなんてな。

 俺がハルサを呼び出したからこうなったんだ」


「…………」


ラプトクィリはただ何も言わず静かに話を聞く。


「全部、全部分かってんだ…分かってんだよ。

 お前に言われるまでも無くよ…」


 ルフトジウムの気迫に押され、ラプトクィリの銃を持つ手が震える。ルフトジウムの眼は心なしかどこか潤んでいるように見え、もう取り戻せない過去を後悔している事が強大な質量を伴って伝わってくる。山羊は淡々と話を続ける。ルフトジウムはさらに強く額を銃口に押し付ける。


「お前からしたらそりゃ気に入らねえだろうよ。

 間違いなく俺のせいだからな。

 だけど、だけど仕方ねえじゃねえかよ…」


ルフトジウムの声が震える。


「だって、俺は…俺はあいつを愛しちまったんだからよ…。

 その思いを、あいつら……“AGS”の上層部に利用されたんだ……。

 ……すまない。

 俺は本当に…本当にハルサを騙すつもりなんか…これっぽっちも無かったんだ……」


 ラプトクィリの荒い吐息と、ルフトジウムの静かな吐息、そして雨が窓に強く当たって砕ける音だけがこの部屋を沈黙という深い海に沈めていくようだった。そんな中でもラプトクィリの人差し指は引き金にかかっている。彼女がこの息苦しさに耐えきれず人差し指を少しでも引けば金属パーツが電子制御端末に銃弾を発射するよう命令を下すだろう。


「………」


ラプトクィリはずっとこちらを見て一寸も瞬きしないルフトジウムの瞳に吸い込まれそうになり、それに伴って銃を握る自らの手から力が抜けるのを感じた。


「“サンレスキャット”、だからこうして俺は恥を忍んでここにいる。

 驚くかもしれないけど、俺はハルサを死なせたくないんだ。

 もう一度あいつの笑顔を見てぇんだよ」


「ルフトジウムさん…」


カンダロは小さく山羊の名を呼ぶ。


「俺とあいつは何度も何度も殺し合ったってのに、不思議だよな。

 俺達はあいつが今どこで何をされているのか知っている。

 けど、助けるには俺達じゃ力不足なんだ。

 一時休戦でいい。

 あいつを助けた後も協力しろなんて言わねえ。

 全部仕切り直してもらっていい。

 俺はお前の出す条件ならいくらでも飲む。

 それでハルサを助けることが出来るなら。

 頼む。

 “サンレスキャット”、どうか、どうか手を貸してくれ」


 雪崩のように次から次へと恥ずかしげもなく愛を告白する彼女に対して訪れたのは何とも思い空気と沈黙。ラプトクィリはルフトジウムの想像以上の感情の大きさに閉口していた。再び凍った時が流れ出したのはラプトクィリが大きなため息と共に銃を降ろしてからだった。


「百年後も語られるお笑い種になるのにゃ、ルフトジウム。

 “愛”を利用されるなんてまるでお前は人間みたいにゃ。

 作られた工業製品である“獣人”が“愛”に溺れるなんてアホなのにゃ」


ラプトクィリは銃に安全装置をかけて机の上にゴトリと置く。そしてルフトジウムから眼を逸らし、ペットボトルに残っているお茶を一気に飲み干すと、体を再びぺちゃんこの座布団の上に戻した。


「しかしまあ、大声でよく言えたものにゃ。

 愛してる、だなんて。

 まるでドラマみたいだったにゃ~!

 にゃはは~!!」


ケラケラと笑い始めたラプトクィリの態度を見て、ようやくルフトジウムは自らが先ほど放った言葉に対して羞恥心を感じ始めたらすしい。年齢相応に顔を赤くし、長い耳を垂らしながら彼女は口元を腕で覆い、眼を逸らす。


「……うるせぇよ。

 仕方ねえだろうが。 

 本音で言わねえとお前は理解してくれねぇって思ったらよぉ…」


「にゃははは!

 その通りにゃ、ボクは何でもお見通しにゃから~!

 ルフトジウム、お前のその気持ちに答えて今回は手伝ってやるのにゃ。

 けど、その前にもう一つ聞きたいことがあるのにゃ」


照れるルフトジウムの姿をずっと眺めていたいと思ったラプトクィリだったが、時間はそんなに残っていない。しかし彼女にはもう一つ確かめておきたいことがあった。


「カンダロ。

 お前がハルにゃんを助ける動機にゃ。

 ルフトジウムが助けたい理由は愛しているから、とかいうだったのにゃ。

 じゃあお前はなんでハルにゃんを助けたいのにゃ?」


余り表情を崩さずに座布団に座っていたカンダロは、組んでいた腕を下に降ろしふーと長く息を吐く。そしてラプトクィリの本心を確かめるかのように眼を細め、口元に手を当てた。


「僕の動機は、そうですね…。

 かなり打算的な話になりますが、ハルサさんがマキミ博士の死について何か知っているかもしれないからですよ。

 それ以上でも、それ以下でもありません」




                -朱と交わろうが白であれ- Part 14 End

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