-朱と交わろうが白であれ- Part 13
「ボクが知っていたとしてこれがなんなのにゃ?
名のあるクラッカーやハッカーなんてこの世界には何人もいるのにゃ。
そのうち一人が死んだだけで別にボクはどうとも思わないのにゃ」
困惑が伝わらないようある程度は取り繕いながらもラプトクィリはカンダロの端末を借り、そこに表示されている記事を淡々と読み耽る。記事にはラプトクィリがよく知っているマトイじいさんの名前が載っており、おまけのように付けられた小さな写真にはこれまた馴染みのある顔が映っていた。
「彼の通信記録、講座記録を調べました。
口座番号や名義に偽装があり、特定は大変でしたが最後に入金があったのは貴女のペーパーカンパニーからだとようやく突き止めましたよ。
彼は貴女からの仕事を最後に受けました。
それが彼の最後の仕事になり、またそれが原因で殺された。
陰謀論を信じる性質ではありませんが、現段階ではこう考えるのが自然じゃあないですか?」
ルフトジウムは腕を組み、カンダロに会話の全てを預け、壁に背中を当て押し黙る。ラプトクィリは未だにマトイが死んだことを受け入れることが出来ず、気が付けば背中に冷や汗をかいていた。
「……ボクを殺人容疑で逮捕するつもりにゃ?
別にしてもらってもいいにゃけど、ボクは明らかに無実なのにゃ。
逮捕するなら企業間弁護人を要求するのにゃ」
ラプトクィリはお茶で口を潤しながらも、心の奥底でアイリサに対してヘイトを高める。全く、厄介事に巻き込んでくれたものだ。カンダロはそんなラプトクィリの様子を見てにこやかに笑いながら右手を左右に振って安心するよう促す。
「まさか。
当方にそのつもりはありませんよ。
大丈夫ですから、安心してください。
僕達はこの事件を追っているわけではありません。
ただ、なぜ彼が死ななくてはいけなかったのかを考えたら貴女に行きついた。
それだけの事なんです」
「…………」
カンダロの目がラプトクィリの顔を覗き込む。ラプトクィリはホログラムを解除したことを少し後悔しながらも端末をカンダロに返し、大きくため息をついた。ずっと黙って様子を伺っていたルフトジウムがここになってようやく口を開く。
「今俺達はこのじいさんは事故なんかじゃなく殺されたと断定している。
なんでだと思う?」
「そんなの知るわけないのにゃ」
ラプトクィリには全く心当たりが無い訳ではない。じいさんに最後の仕事を依頼したのは他でもない彼女自身だし、危険だからという言い訳で報酬に色まで付けたのだから。関わっていたであろう企業の事も考えれば、彼らであれば答えを引き当てるまで長くはかからない。
「この事件で僕達は一つの仮説を作り上げました。
今日はその仮説を確信に変えたいと思っています」
「……話してみろにゃ」
カンダロは端末を操作して、一つの会社の紋章を映し出す。そこには“ドロフスキー産業”の社章が描かれていた。やはりそう来たか。ラプトクィリは少し強めに疲れた目を目頭を揉む。
「当然、知ってますよね。
この企業の事を」
「当たり前なのにゃ。
今や世界一位の大企業で、世界市場、経済の十八パーセントを牛耳っているのにゃ。
そして“大野田重工”をはじめとして“AtoZ”や、“ロバート・ロボティクス”といったその他大企業と全面戦争を繰り広げている頭がおかしい企業なのにゃ」
かなり前からラプトクィリとアイリサはマキミの死を起因とした数多くの事件及び“大鎌の獣人”の仕事に“ドロフスキー産業”が関わっていることを確信していた。しかし、奴らの狙いを測ることが出来ずに手をこまねいて静観していたのはまぎれもない事実。目の前にいる一人と一匹がどこまで知っているのかは分からない。まだアイリサとラプトクィリが掴んでいない新たな情報を得ることが出来るかもしれない。だからこそラプトクィリは必要最低限だけの会話に留める。
「ここまで話しておいてなんですが、僕もバカらしくなるほど風呂敷が大きくなります。
笑う準備だけはしておいて下さいね」
そう言って軽く笑うカンダロだったが、眼は真剣だった。ラプトクィリは落ち着かないとでもいうように尻尾を左右に振る。遠くで雷の音がして雨足が強まる。
「長い前置きはいいからさっさと本質だけを話すのにゃ」
「分かりました。
おそらくマトイさんは“ドロフスキー産業”の一件に関わった。
彼から情報がバレる恐れがあると判断した“ドロフスキー”は事故に見せかけて彼を殺したんです。
当然彼らは貴女も追いかけているでしょうが、まだ貴女の正体を掴み切れていない。
だから手が手が回っていないんでしょうね。
それと、この事件は単独なんかじゃない。
“ドロフスキー”の手はもっと前からこの地域に及んでいる。
僕はこの件、貴女と“大鎌の獣人”にも繋がっていると思っています」
「…………」
沈黙するラプトクィリの顔をルフトジウムがじっと見つめる。
「今回のマトイさんの事件のおかげで僕達は貴女に辿り着くことが出来ました。
そして、貴女達が今まで手にかけて来た人物は全てある人物に関係している。
当然貴女が知らないはず無いですよね?
その人物はマキミ・トシナリと言います。
では、前置きはここまでにして結論を言いますね。
僕は“ドロフスキー産業”がマキミ博士を殺したと思っています。
そして“大鎌の獣人”はマキミ博士を殺した犯人を見つけてその復讐をしようとしている。
違いますか?」
一字一句、正解をなぞる彼の言葉にラプトクィリは自らの完敗を悟り、思わず表情筋を緩めてしまった。
「………にゃ」
「あ?」
「にゃははははは!
すごいすごい!
大正解にゃ!
そこまで分かってるなら隠しても仕方ないのにゃ!!
敵ながらお見事なのにゃ~!」
「ありがとうございます。
まさか正解判定まで頂けるとは」
ケラケラと笑う猫は、すぐに乾いた笑いを止め真剣な眼差しでカンダロを見据えた。ラプトクィリは大きくため息をついてお茶をもう一口飲むと首を傾げる。
「それで?
そこまで見据えた上で、お前らは一体ボクに何をしてほしいのにゃ?
さっきも言ったにゃけどボクはハルサの居場所を知らないのにゃ。
お前らを助ける事なんてできないに等しいにゃけど」
カンダロは指を組みニコニコとラプトクィリを見る。敵陣に飛び込んでなおニコニコと笑顔を絶やさずに話しを進めるこの男の豪胆さにラプトクィリは関心しつつも、どこか食えない彼に対して心の中でしっかりと線を引く。
「すいません、ラプトクィリさん。
実は僕、先ほど嘘をつきました」
「にゃ?」
「僕は先ほど貴女に鎌をかけました。
ハルサの居場所を“AGS”の僕達は知っています」
「にゃー、そうだろうと思ってたにゃ。
別に鎌がかかるほどの事でもなかったのにゃ」
カンダロは指を組んでニコニコしたまま唐突に謝る。ラプトクィリはコロコロと態度を変える彼に対して更に警戒心を強めたが、ハルサの為にぐっと堪える。今この瞬間にもツカサがラプトクィリをぶち殺しに来てもおかしくないのだ。一刻一秒が惜しい。
「その上でお願いです。
僕達と協力してハルサさんを助けませんか?
「――にゃ?
お前それ、本気で言ってるのかにゃ?」
ラプトクィリは流石に開いた口が塞がらなかった。
「本気ですよ。
僕とルフトジウムさんはこの部分の意見は一致していますから」
ラプトクィリは奥歯を噛みしめ、再び再燃した怒りの衝動に突き動かされてルフトジウムを睨みつけた。
「……どの口が言ってるのにゃ?
元はと言えば、お前のせいでハルにゃんは捕まったのにゃ!
厚顔無恥にも程があるのにゃ!!
恥を知れにゃ、ルフトジウム!!!」
-朱と交わろうが白であれ- Part 13 End




