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-朱と交わろうが白であれ- Part 12

「茶とか出すだろ、普通はよ」


 そこら辺に置いてあった座布団に座るとルフトジウムは畳の上に足を放り出し、懐から乾燥アスパラスナックを取り出してポリポリと齧る。ラプトクィリはイライラと尻尾を左右に揺らしながらも、山羊の横暴な態度を容認する。これも大事な大事なハルサの為だ。


「生憎、経済的に逼迫してるボクにそんな余裕はないのにゃ。

 むしろ今回に限ってはお前らに高級和食を奢ってほしいぐらいにゃよ。

 この扉、一体どうしてくれるのにゃ」


ラプトクィリはそう言いながら淡々と引き出しに入れていた銃に弾を込め、いざというときはその脳天に向かってぶっ放してやろうと画策する。ルフトジウムはその動きを当然察知し、肩をすくめて少し悪びれたように手を振る。


「いやぁ~、悪ぃ、悪ぃ。

 少しでも風通しを良くしてやろうと思ってよ。

 ほら、オタクの家はキノコが生えてもおかしくないぐらい真っ暗だろ?」


「てめえにゃ~……!」


全身の毛を逆立て、銃口を向けて威嚇するラプトクィリに対してルフトジウムは立ち上がって腕まくりをし、腰に差していた警棒を取り出して展開して構えた。


「お?

 殺ろうってのか?

 この俺と?

 戦闘用獣人でもないお前に出来るのかよ?」


「上等にゃ!

 今すぐにその何も入ってない脳みそここにぶちまけてやるのにゃ!」


「ちょっと!

 いい加減にしてください!」


まさに一触即発、ギスギスとした二匹の間を取り持ったのはカンダロだった。彼は二匹の間に立ってラプトクィリに頭を下げ、ルフトジウムを手で制止する。


「ルフトジウムさん、むやみに彼女を挑発しないでください。

 僕達はこんなことをしに来たんじゃないですよ。

 ここに来る前散々言いましたよね」


「ちっ……わーったよ」


ルフトジウムは飼い主の言う通りに警棒を収め、ラプトクィリもしずしずと銃を収める。


「すいません、本当に突然の訪問になってしまって。

 そのー…えーっと……?」


 ラプトクィリは顔を覆っているホログラムのスイッチを切って素顔を露わにすると、机の上に置いていたシルクハットを手に取った。朱猫は帽子の上に乗っていた埃をさっと払い、機械の獣耳に被せ、座布団の上にため息と一緒に腰を降ろす。


「ボクのことは“サンレスキャット”、そう呼んでくれればいいにゃ。

 突然の訪問にこの態度……。

 もしボクが一般住人だったらすぐに“AGS”に超絶長文のクレームを入れた後に鬼のように電話をかける所にゃ」


カンダロはもう一度頭を下げて謝罪する。


「“サンレスキャット”さん、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。

 うちの山羊が一匹で突っ走ってしまって――」


ルフトジウムも先ほど座っていた座布団に戻るとラプトクィリの顔をじっくりと穴が開きそうなほど見つめる。


「へえ、てめえそんな顔してやがったのか。

 ホログラム無い方がかわいいんじゃねえか?」


ラプトクィリは机の横に置いてある冷蔵庫からキンキンに冷えたペットボトルのお茶を取り出して一匹と一人に投げる。


「ボクがかわいいのは当たり前にゃ。

 それに今のご時世、顔なんて重要じゃないからにゃ。

 少し金を積めばこの都市で顔なんていくらでも変えられるにゃし…。

 えーっと、お前はルフトジウムの飼い主――カンダロ、だったかにゃ?

 得るものがないと分かったらすぐに帰ってもらうからそのつもりで話しをしようにゃ」


「分かりました。

 僕達はあなたと少し話したいことがあってここに来たんです。

 少しでもお話を聞いていただけるだけでありがたいです」


ルフトジウムはお茶の封を開けると二、三度匂いを嗅ぎ中身を飲み干す。カンダロは座布団一枚山の中から取り出すと適当な所に置いてそこに正座で座った。


「実はボクとしても君達と話すのは望むところにゃ。

 お互い身になる話をしようじゃにゃいか。

 ……その前にそこの山羊がぶっ壊した扉だけでも玄関に立ててほしいのにゃ。

 お互いに聞かれたり漏れたりしたらまずいと思うにゃから」


ルフトジウムは空になったペットボトルを投げてゴミ箱に入れると立ち上がる。


「それもそうか。

 よっと……」


彼女は軽そうに鋼鉄の扉を持ち上げ、曲がっている玄関枠に無理やり扉を押し込む。山羊が元の席に帰ってくるのを待ってラプトクィリはまず一つ目の話を切り出した。


「そもそもお前らどうやってここが分かったのにゃ?

 参考までに聞かせてほしいのにゃ」


カンダロは答えだと言うようにポケットから一つの端末を取り出し、ラプトクィリの前に置いた。それを見たラプトクィリの顔色が明らかに変わる。


「にゃー……、そういうことかにゃ」


「貴女の相棒、“大鎌の獣人”――ハルサと呼ばれる個体のものです。

 うちの山羊がこっそりと拾っていました。

 ああ、安心してください。

 会社にはバレていません」


裏側に貼られた特徴的な三食団子のシールから、その端末がハルサの持っていた物であることは間違いなかった。ラプトクィリは端末を手に取り、軽く握りしめる。


「それならいいにゃけど…。

 お前らこの端末に入っている番号だけでこの場所を突き止めたにゃ?」


ラプトクィリはカンダロの表情を見る。カンダロは頭を掻きながら、たははと笑った。


「流石にそういうわけではありませんよ。

 “AGS”の持つ光子計算機をもってしても貴女のセキュリティを突破するのは中々に骨が折れました」


「それ、痕跡が残るんじゃないだろうにゃ…?」


「大丈夫です。

 きちんと対策してありますから」


ラプトクィリが睨んでしまったためか、言い訳を付けたし、言い切った彼の表情に嘘は見受けられない。ラプトクィリは端末を机の上に置きなおすといよいよ本題に入る。


「さて、本題にゃ。

 単刀直入に言うにゃ。

 お前ら、さっさとハルサの居場所を教えて欲しいのにゃ」


 ラプトクィリはカンダロの目を見て素直に言葉を吐き出した。これ以上無い程分かりやすい要求にカンダロはバツが悪そうに座布団の上でもじもじと動く。


「やはりそう来ますよね。

 驚かないでくださいよ、“サンレスキャット”

 実は僕達もほとんど同じ要件で来たんです」


ラプトクィリは自分の耳を疑った。


「は?」


「あっはっはっは!!

 ほらな!

 誰もがそういう反応になるって言ったろ!?」


爆笑するルフトジウムの横でバツが悪そうにカンダロは俯く。ラプトクィリは開いた口がふさがらないといった面持ちでカンダロの肩を何度も叩くルフトジウムと、ただされるがままの飼い主を眺めため息をついた。


「バカらしいのにゃ…。

 お前らも結局はハルにゃんの居場所が分からなくてボクに聞こうと思っただけなのにゃ?

 そんなお前らが有意義な情報を持っているとはとても思えないのにゃ。

 ささ、さっさと帰ってくれなのにゃ。

 ボクは忙しいのにゃ」


あほらしいというようにそっぽを向き、またネットの世界に潜り込んでいこうとするラプトクィリの背中にルフトジウムが話しかける。


「まあ、待てって。

 せっかちな奴だな。

 俺達がここに来た目的は一つじゃねえんだよ」


「今のお前が何を言っても説得力は皆無なのにゃ。

 ここからボクの関心を引くような事なんてよっぽどの事じゃないと――」


 ルフトジウムはそうかい、とだけボヤくとカンダロに話を続けるよう促す。カンダロはようやくペットボトルのお茶の封を切り、中身を一口飲むと端末を取り出し、とある記事をラプトクィリに差し出した。


「何にゃ、これは」


ラプトクィリはその記事を一瞬見て、すぐにカンダロに視線を戻す。


「数日前、一人の老人が交通事故で死にました。

 下層部ならばニュースにもならないでしょうが、今回は上層部…。

 しかもホンタラバストリートという高級住宅街での人身事故です。

 自動運転のはずの車が暴走し、歩道にいた老人を轢きました」


「で?

 そんなニュース、ボクが知るはずないのにゃ。

 上層部の人間が一人でも死んだのならざまあ見ろという一言しか湧かないのにゃ」


ラプトクィリはふん、と鼻を鳴らして笑う。そんな彼女の態度は次のカンダロの一言によって大きく崩されることになる。


「老人の名前はマトイ・ナルイチ。

 さぞかし名のあるクラッカーだったと聞きます。

 “サンレスキャット”、貴女が知らないはずないですよね?」



                -朱と交わろうが白であれ- Part 12 End

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