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-朱と交わろうが白であれ- Part 10

 ※   ※   ※




「任せろっスよ、ご主人……そう言ったはずだったんスけどねぇ…」


 ハルサはアメミットを一撫でして大きくため息をつき、自嘲気味に寂しく笑う。結果はご存じの通りだ。何も守れなかった番犬は今や主人の敵を取りたいが為だけに行動している。あちこちでアイリサや“ギャランティ”が依頼してくる通りに事件を起こし、“AGS”から追われる身となり、自分を愛してくれた人を裏切り……その行く末が今いる檻だ。


「…さっさと出口を作ってここから出た方がよさそうっスね」


そう思ったハルサはハルサはアメミットの電源を入れると、刃が温まるまで壁を調べる。継ぎ目もない鉄板が張られた壁を叩き、出来るだけ薄そうな場所を探し出す。


「大体この辺っスかね…?

 おりゃ!」


 アメミットを大きく振りかぶったハルサは、一気に壁に向かって振り下ろす。古代文明の戦艦の主砲の仕組みと理論を搭載した大鎌の十万度の熱を蓄えた刃は壁に当たるといつものように鉄板を蒸発させ、壁には見るも無残な大穴が開く――はずだった。


「!?」


 アメミットの刃が触れた瞬間、壁に赤く発色する菱形の模様が浮かび上がるとアメミットがまるでゴムボールに当たったかのように勢いよく弾かれる。その不可思議な現象と同時にアメミットの刃から放出されていた熱が方向性を保ったまま壁から反射し、ハルサの脇を通り抜けると部屋の中に置いてあったベッドの金属製の脚の表面を溶解させた。


「なんスかこの壁は…!」


 ハルサは危機感からすぐにアメミットの電源を落とし、壁をもう一度じっくりと眺める。このような技術がある企業に思い辺りがあるはずもなく、ただの鉄に見える壁には特段仕掛けがあるようにも見えない。


「はぁ~…」


 ハルサはただため息をつくしか出来なかった。今回はたまたま熱が脇を通り抜けていってくれたものの、もし体に当たっていたら今頃ハルサは体の芯まで真っ黒に焦がされていただろう。ハルサは静かにアメミットを置いて、もう冷えて固まったベッドの端に腰掛ける。ここから脱出する算段は当然全てアメミットに依存していたため、アメミットの刃が通じないと分かった今彼女は途方に暮れていた。


「――ライフルならどうっスかね…?」


刃はダメだと分かった。しかしアメミットにはもう一つ武器がある。戦車の装甲すら撃ち貫けるライフルならばどうだ。ハルサは再びアメミットをせわしなく持ち上げると弾倉を確認する。刃を加速させる用の加速専用火薬が八発。対物ライフル用の弾薬が四発。一発ぐらいならここで消費しても構わないだろう、との判断をしたハルサはアメミットを構える。


「敵が何を考えているのか知らんっスけど、この私からアメミットを取り上げなかったのはとんでもない失敗っスよね」


 銃口を壁に向け、引き金を引く。轟音と共に銃口からガスと共に射出された銃弾は、壁に当たる直前に先ほどと同じく菱形の紋章によって遮られるとその向きを変え、今度はハルサの頬を掠めるようにして反対側へと飛んで行く。そして反射した銃弾が向かった先にも同じような菱形の紋章が現れ、今度は天井へ…。銃弾はまるで暴れ馬のようにこの狭い部屋を跳ね回った。


「わっ!

 わっ!?」


ハルサは持ち前の動体視力と反射で銃弾を必死に避ける。五回ほど跳弾した銃弾は運動エネルギーを失うと、涼しい顔をして金属の音を立てながらコロコロと床に転がった。


「っぶねえっス!!」


ハルサはドキドキする心臓を抑えながらも鈍く光を反射する銅色の銃弾を拾い上げると掌の中で転がした。まだ熱を持っている銃弾を握ったままもう一度壁を軽く拳で叩き、あわよくば全力の蹴りでどうにかならないか試してみようとする。正にその時だった。


「こらこら、ハルサ。

 一体何をやっているんだい?

 何かしらのエネルギーを持った武器で、その壁に危害を加えたら危ないじゃないか」


 背後でふと声がした。幾たびも聞いたことがある優しい声は懐かしい響きとなってハルサの鼓膜を揺らす。こんな声をした人物をハルサは一人だけしか知らない。


「……ご主人?」


 ずっと会いたかった。初めてハルサを受け入れ、そして愛を注いでくれた人間。勢いよく振り向いたハルサの目線の先には、マキミ・トシナリが生前と変わらぬ同じ姿で立っていた。ハルサは自分の尻尾が左右に揺れるのと、耳がピンと立つのを自覚する。そして我慢できずに


「ご主人ー!!!」


ハルサはまるで犬のようにマキミに抱き着こうとした。しかしその大きな体に触れることは出来ず、ハルサの手はマキミの体を貫通する。


「ホログラム!?

 しまったっス!」


驚いたハルサは一瞬で体勢を立て直し、アメミットを拾い上げ戦闘モードに体と頭を切り替えるとまだ熱の残るアメミットをマキミに振り下ろした。当然ながら、アメミットの刃と言えども、ホログラムもしくは幻影に当たるはずもなくあっけなく空を切る。


「こらこら、やめなさい。

 ハルサが疲れるだけだからね」


「偽物が!

 ご主人の声と!!

 姿で!!

 喋るなっス!!」


 ハルサは怒りに駆られてアメミットを二度、三度と振り下ろす。マキミの幻影は困ったように眉を顰め、ただ何も言わずにじっとハルサを見るだけだった。やがてハルサも暖簾に腕押しなことに気が付くと共に、肩で息をしながらもマキミに対しての攻撃を止める。


「はぁ…はぁ……」


「気が済んだかい?」


「…………死者が私に何の用っスか」


ハルサはマキミに向かってそう言い放つ。氷のように冷たい、感情の乗らない言葉を聞いた彼は悲しそうな顔を浮かべるとじっとハルサを見つめてくる。


「本当に私だと分からないのかい?」


ハルサはマキミの顔から眼を逸らすとアメミットを力強く握りしめる。そして幻影に向かって一言を吐き捨てる。


「死者は蘇るはずが無いんス。

 そんなの今時赤ちゃんですら理解してるっスよ。

 ご主人の幻影のお前はなんて本物なわけないんス」


「そうか…。

 ハルサ、用心深くなったんだね。

 私はとっても嬉しいよ」


「ご主人のフリをしても無駄っスよ。

 頭に来るっスね、お前。

 幻影なら消えろっス。

 ホログラムなら無駄っスからさっさと消した方が電気が無駄にならなくていいっスよ?」


ハルサは幻影の顔を見ないようにしてずっと握っていた銃弾を床に捨てる。澄んだ金属の音が部屋の中に広がり、マキミとハルサの沈黙を取り持つ。マキミの横を通り抜け、ハルサはベッドに腰掛けると大きなため息を吐き出した。そしてしばらくの沈黙ののち、


「……初めて私が君と会った時も今と同じような態度だったね。

 目に映るもの全てを敵と断定し、この世が憎いと語る桜色と金糸雀色の瞳は、濁っていたね。

 誰にも構わず噛みつく、正に狂犬だったね」


「…………」


マキミは歩き出し、ハルサの横に座る。ハルサはアメミットを手放さないように壁際に移動し、背中を預けながらまるで狼が威嚇するように低く唸り、彼にようやく眼を向ける。犬歯をむき出しにしながらハルサはマキミに向かって口を開いた。


「いい加減にしつこいっスよ。

 昔話なんかで私が靡くとでも思っているんスか?

 だとしたら浅はかっスよ。

 さっさと要件を言う方が心象も悪くないってもんス」




                -朱と交わろうが白であれ- Part 10 End

いつもいつも毎週毎週ありがとうございます!


頑張って終わらせていくのでどうかよろしくお願いします~!

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