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-朱と交わろうが白であれ- Part 9

 ハルサの顔から笑顔が消えて三か月が経過したぐらいの時期だった。口数もめっぽう減り、ツカサですらハルサが何を考えているのか分からなくなっていた時期。辛うじて料理が少しだけ出来るハルサが、いよいよ誰からの助けもなくこなせる仕事を見つける日が来た。

 それは料理でも掃除でも無い。戦闘用獣人として生を受けた彼女にとって天職とも言えた。その仕事とはマキミ邸の“番犬”だった。

 切っ掛けはマキミ邸に六人の強盗が押し入った時だ。彼らは大野田重工に勤める重鎮の家を狙う手口で有名な強盗団で、サイバネで身体を強化したメンバーは全員がサイバーヤクザ崩れと言われていた。星も草木も眠る丑三つ時、マキミが職場からの呼び出しで片道一時間程かかる本社まで出勤した時を狙って彼らは一斉に獲物に襲い掛かった。家の各所を護衛していた五体の武装セキュリティアンドロイドを簡単に破壊すると、既にベッドで休んでいたツカサをエネルギー銃で脅し屈服させる。


「動くな。

 声も上げるな。

 死にたくねえだろ?

 おっと、抵抗するなよ。

 もし獣人のお前らが俺達を殺したりしたら…どうなるか分かってんだろ?」


 下調べでマキミ邸の構造を知り尽くした彼らは家に侵入して五分もかからずにほぼ全ての障壁を無効化し、“AGS”に知られる事もなく計画を順調に進めていた。彼らは二匹の獣人が家にいる事を当然知っており、片方はまだ年端も行かないガキだと言うことも分かっていた。当然ハルサの戦闘力も低く見積もっており、障壁にならないと判断した事が原因で彼らの計画は破綻する。

 ハルサは今までツカサの庇護もあり今まで一度として戦ったことはなかった。ゴミ溜めで同年代の獣人とじゃれ合うようなことはあったもののそれらは暴力にまで発展することもなく、他の知性が低い獣人や人間の子供と喧嘩になることもない。従って、人を傷つけたこともない彼女はただならぬ気配に怯え、部屋の角で震えていた。強盗団がハルサを見逃す理由もなく、彼らは彼女の頭にも銃を突き付けて脅す。


「動くな。

 声も上げるんじゃねぇぜ?

 お前はもう一匹みたいに怪我したくねえだろ?」


「怪我……させたんスか?」


「あ?」


この時の彼の言葉はハルサを激怒させ、彼等の計画全てをぶち壊すきっかけとなった。無駄な抵抗をされないよう嘘をついた彼の顎が次の瞬間、木製の掃除用のモップにより砕かれる。


「ぎぁやぁぁあああ!!!

 このガキィ!!!」


骨が砕けた痛みとガキに一撃喰らわされた情けなさから男は何も考えずにエネルギー銃を持った手をハルサに向けるのだが、その手は瞬きするよりも目の前で丸ごと消える。強靭な握力と筋力を持ったハルサは肉体とサイバネの脆くなっている境目を狙って爪を立て、基部ごと腕を捥ぎ取ったのだ。引きちぎられた手からはブルーブラッドが噴き出し、痛みとスピードに驚く間もなく次の瞬間彼の首が強烈な力によってへし折られると、彼の視界に『胴体装置信号断絶』の文字が浮かび上がると共に連動して心臓が止まり命が潰える。


「どうした!?」


 仲間の悲鳴を聞いて近寄ってきた二人の命もそう長くは無かった。部屋に飛び込んできた二人の片方の脳をエネルギー銃と実弾が撃ち抜く。こういう時の為に引き出しの中に入っていた実銃を引っ張り出していたハルサは本能で安全装置を外し、映画の見よう見まねで銃弾を込めていたのだった。一人は倒れ、もう一人は鉛によって砕かれた脳の代わりに予備の機械脳を作動させることにより致命傷を逃れる。


「なんだこのガキは!?

 戦闘用獣人にも匹敵する動きじゃねえか!」


 ナイフを取り出し攻撃を続行する強盗だったが、和風メイドの服を着た小さな狼は瞬きする一瞬の間に暗闇にまぎれ彼の視界から消えていた。そして彼がハルサの姿を探して右往左往していた次の瞬間には彼の予備脳が入った肩の小さな膨らみを銃弾が打ち砕いていた。

 ばたりとその場に倒れ動かなくなった三人と、床に広がる青色の血を眺めハルサは一瞬だけ肩で息をして呆けていたのだが、直ぐに意識をしっかりと持つと姉の名を呼ぶ。


「はぁ…はぁ…ツカサ姉様……!」


 たちまち三人を無効化したハルサはべったりと血が付いたモップと銃を持ち、ツカサがいつも眠っているはずの部屋へ急ぐ。蹴破るように部屋の扉を開けたハルサを待っていたのは、頭に銃を突き付けられ、今まさに服を脱がされようとしている姉の姿だった。あいにくこの時の記憶をハルサは覚えていない。脳内が真っ白になり、眼の前の三人を許してはいけない。殺すべきだという本能に従い、ただがむしゃらになって目の前の三人へと立ち向かっていったのだった。

 そして気が付いたらハルサは返り血まみれになって、ピクリとも動かない三人をただただ静かに見下ろしていた。


「ハルサ……」


服を直しながらツカサは静かに妹に話しかける。ハルサは手に握っていた銃をその場に落とすと今にも泣きそうな顔をして姉の方を向いた。


「ツカサ…姉様……私、沢山殺したっス…。

 ご主人に怒られるっスかね…?」


 急に湧いた様々な感情に耐えきれずハルサはその場でへなへなと座り込む。荒れたゴミ溜めで育ったハルサでも当然人を殺した事があるはずもなく、彼女が戦闘用獣人として本当の力を振るったのはこれが初めてだった。小さな自分が持っている力に、呆然としていたハルサだったが、外から聞こえて来たマキミの車のドアが閉まる音に弾かれ、慌ててその場を片付けようとする。


「ハルサ?」


無理やり掃除道具を引っ張り出し、バケツに水を溜め始めた妹の行動を理解できずツカサは首を傾げる。そんなツカサをハルサは泣きそうな顔で見ながら助けてほしそうにモップを差し出す。


「姉様、私ご主人の大切な……色々と汚しちゃったっスよ…。

 絶対ご主人に私、怒られるっス…。

 それに獣人が人を殺したらどんな罪になっても文句は言えないって……」


ツカサは差し出されたモップごとハルサを抱きしめ、昔からやってあげていたように背中をトントンと叩いてあげる。


「……大丈夫、大丈夫よ。

 私がご主人様に報告するから。

 ハルサ、ありがとう。

 大丈夫よ。

 今回は正当防衛が認められるはずだから」


「本当っスか…?」


 基本的に如何なる理由があろうとも獣人が人を殺していいはずがない。どう見てもやりすぎてしまった今回の件は、マキミが二匹に“処分場行き”を命じても文句を言えないほどの事態だ。ツカサは静かにハルサを抱きしめ続け、すぐに来る審判の時を待つ。やがて玄関を開ける音と共にマキミが階段を駆け上がる音が家中に鳴り響き、最後に彼が息を切らして部屋に入って来た。


「おい!

 無事か!?

 ――なん…?」


マキミは部屋の惨劇を見て言葉を失う。ツカサはハルサから離れると胸に手を当て静かにこう言った。


「ご主人様、これは私がやったことです。

 私が六人全てを殺しました。

 ですからハルサだけは――」


ツカサの言葉にハルサが大声で被せる。


「姉様!?

 ご主人、違うっスよ!

 これは私がやったことで、ツカサ姉様は一切関係なくて――!」


マキミはツカサとハルサをじっと見る。


「…………」


彼は表情を変えず、ツカサやハルサを責める事も一切しなかった。二匹をただただ優しく抱きしめた。


「大丈夫だよ、ツカサ、ハルサ。

 僕は“大野田重工”研究室所属のエリートだ。

 僕の意見が全てなんだ。

 だから大丈夫。。

 落ち着いて何があったのか教えてくれるかい?」


 ――それから一か月後が経過した。マキミの根回しのお陰でハルサは強盗団殺害の罪に問われることは無く、毎日下手くそながらも掃除と洗濯、料理等に励んでいた。そんな折、マキミはハルサに一つの武器と仕事を与えた。長年研究していた古代文明の技術を余すことなく使ったマキミの試作品の中でも最高傑作の一つ。それがハルサの持つ武器、アメミットだ。


「ハルサ、僕はようやく君に何が向いているのか分かったよ。

 君は僕の家を守る護衛の任務に就くんだ。

 別にその他の家事が出来なくてもいい。

 この家と君を含めた三人の家族を守るのが君の仕事だ。

 特別に姉も登録していた“ギャランティ”にも登録しておいてあげたよ。

 戦闘訓練も積めるように明日から来てくださる先生も用意した。

 どうだい、出来るかい?」


「――!

 ご主人……!

 へへへ、全部任せろっスよ!」




                -朱と交わろうが白であれ- Part 9 End

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