-朱と交わろうが白であれ- Part 7
灼熱の刃は狙った所には当たらず、ルフトジウムの肩を多少抉り取ると床に刺さる。
「ちっ、外したっスか!」
「熱ぃんだよ、バカ!
加減を覚えろ!」
いつの間にかルフトジウムはハルサの太ももに装着されていた予備の小刀を抜いており、それを使って大鎌の刃の軌跡を逸らしたのだった。ハルサがトドメのつもりで放った攻撃を躱したことを確信したルフトジウムは結果を見ずに直ちに反撃に入る。逃がさないようにハルサのコートをしっかりと掴んだままルフトジウムはデバウアーに手を伸ばした。
「くそっ、離せっス!」
「離せも何も自分から近づいてきたんだろうが!」
たった今出来た傷口から血を流しながらもルフトジウムは持ち前の馬鹿力でハルサを抑え込み、狼の小さく細い体にデバウアーを突き立てようとする。ハルサは脇目も振らずにルフトジウムから離れる為に自らのコートを脱ぎ捨てると、和服の薄着姿となってその場から逃れる。
「脱皮しやがって…!
虫かお前は!」
「はは、言葉のチョイスが下手すぎるっスよ」
ルフトジウムはヨロヨロと立ち上がり、ずきりと痛んだのか反射で肩の傷を抑える。傷口から流れ出している血はすでに服を赤黒く染め出し、ルフトジウムの体は酸素を運ぶ赤血球を失ったことで悲鳴を上げ始めていた。それでも自らの重傷を悟らせまいとデバウアーを持ち上げ、ルフトジウムは再び走り出す。ハルサは一心不乱に向かってくるルフトジウムの攻撃を正面から受け止めるつもりは今回は一切無く、天井の梁をアメミットでばらばらに切り崩し勢いを削ぐ方法に切り替える。
「貴女とのチャンバラはもう充分っス!」
「はっ、連れないなぁ!」
ハルサはルフトジウムに向かって対物ライフルを撃ち込み、疑似的に飽和攻撃を作り出す。一本しかないデバウアーに傷を負った肩でこれ以上の攻撃を防ぐことは出来ないだろうと高を括っていた。
「――甘いんだよなぁ」
ルフトジウムは様々な形で落ちてくる鋼鉄製の梁をデバウアーで切り付け、破片を盾にするようにしてライフルの弾を防ぐ。ライフルの弾は梁の破片に当たり、軌道を変えていく。
「はぁ!?」
「おらよぉ!」
梁の嵐も、弾丸も処理したルフトジウムは手ごろな大きさになった破片を掴むと、大きく振りかぶって二個程ハルサに向かって投げつけたのだ。予想外すぎる反撃にハルサは一つ目は何とか叩き落したものの、もう一つを処理することが出来ず足に喰らってしまう。
「ッ…こんの…!」
梁の破片はハルサの太ももの皮膚を突き破り、筋肉を断裂させ、骨にまで衝撃を与える程の威力をいかんなく発揮した。小さな狼は思わず顔をしかめ、その場に膝をつきそうになるが悠長に痛みを感じている暇などない。隙ありとばかりに殺意の塊となった山羊がハルサに肉薄する。ハルサは襲ってくる次の一手を予期してアメミットの刃をあらかじめ左に置いていたのだが、刃が当たる直前になってルフトジウムは戦法を変えた。彼女はデバウアーをその場で回しながら一度手放し、右手から左手に持ち変えると柄の部分でハルサの腹部を思いっきり柄の部分でぶん殴ったのだ。
「ぐっ――!」
かつての蹴り程の威力はないものの、治りかけていた場所への一撃はルフトジウムが予期していたよりも大きなダメージをハルサに与えた。胃から胃液と血の味が込み上げ、その場で崩れそうになる。しかし、この一撃で腹部ががら空きになっていたのはハルサだけではない。ルフトジウムもだ。
「うぁああああ!!」
ハルサは一撃入れられたにも関わらず歯を食いしばり唸りながらも痛みを堪え、太ももに突き刺さっている破片を抜いて右手で握りしめ、血を噴き出す足に鞭打ちながら、全ての力を込めてルフトジウムの腹部を渾身の力で殴り上げたのだった。
「てっ……め…!
うっ、えっ…!」」
破片はルフトジウムの服を簡単に貫通し、肉体へと突き刺さる。ハルサは破片が当たった時に鋭利な部分がルフトジウムの皮膚を突き破り肉を割く感触と骨を砕いたメリメリとした音と感触を破片伝いに感じた。ルフトジウムもハルサも動かずにただお互いの顔を睨み合う。先に口を開いたのはやはりルフトジウムだった。
「へへっ…い、痛いだろうが……よ……!」
「お、お互い様っス……」
まだ戦おうとするルフトジウムに対し、ハルサは心の底から祈っていた。頼むからもう動くな、と。ルフトジウムはハルサの顔を見て鼻で笑うと、まだ握っていたデバウアーを振ろうと腕に力を込めようとする。しかし彼女の体にはもうその力は残っていないようだった。武器を先に手放したのはルフトジウムだった。
「あ…れ…?
嘘…だろ……?」
ルフトジウムは咳き込み、口から血を吐き出すと膝をつく。
「はぁっ…はぁっ……」
ハルサは頭を垂れる宿敵を見下ろし、大きく肩で息をする。汗が今更のように噴き出し、全身が痛むが、それでも立っていたのはハルサだった。ハルサはアメミットをゆっくりと振りかぶるとルフトジウムが落としたデバウアーとルフトジウムの首に狙いを定める。
「はは……俺もう…終わりかよ…。
体が…体が痛くて動かねえよ…。
でもまぁ…ハルサ…お前になら…負けても……」
「…ずっと、楽しかったっスよ。
はぁ……あ、ありが…とうっスよ」
「へへっ…お礼なんて……反吐が出らぁ……」
その一言の後ゴン、という音が建物内部に鳴り響いたという事実は二匹に対して“勝負あり”を示唆したようだった。ハルサも内心ではこれで長い長い勝負に決着がついたと思っていた。アメミットの灼熱の刃は無事にデバウアーを破壊し、ルフトジウムはそのままハルサの手によって討ち取られる…。その予定だった。
「あ…れ…?」
最後ぐらいは得意げに笑った顔を見せてやろうとしていたハルサは自分自身の体の異常に気が付く。アメミットを握る手に力が入らなくなっていた。ゴン、という音はハルサが握りしめていたアメミットが床に落ちた音だったのだ。彼女の体の異常は手だけで無くすぐに足に、そして体全体に広がり始めていた。ハルサはとても立っていられずルフトジウムへ倒れ込む。
「は…?
ハルサ…!?
おい……!!」
ハルサの体を抱き留めたルフトジウムは何が起こったのか理解できず名を呼ぶ。
「ひきょ…う…っス…よ…。
誰も…来ないって……!」
ハルサは意識を失いかけつつも、鋭い眼差しでルフトジウムを睨みつける。ルフトジウムは倒れ込んだハルサの二の腕に突き刺さっている太い麻酔針を見つけた。
「んだよこれ…!」
ルフトジウムはその場で呆然とする。すると建物の周りを囲んでいたであろう“AGS”の部隊が障子を破って中へ続々と侵入してきた。闇から溶けだして来たかのように全員が手に銃を持ち、顔にはホログラム技術を用いた防弾ヘルメットを着用し、防弾ジャケットを纏った真っ黒な服装は対テロリスト任務を主とするB部隊であることを伝えている。そんな部隊の間を通り抜けて一人の男が姿を現した。
「危ない所だったな、“断頭台”」
カナシタだった。
「てめぇ、俺とハルサの戦いに泥を――」
長年のライバルとの最後になる予定だった戦いに水を差され頭に来ていたルフトジウムはハルサを抱きしめたままカナシタに絡む。カナシタは眉を顰めるとただ一言で突き放す。
「口を開くな。
お前は臭すぎる」
「なん…だと…ぉ…!?」
カナシタはハンカチで口と鼻を覆い、消臭剤をルフトジウムに対して噴射する。
「わっ、ぷ…!?」
湧きあがった怒りでルフトジウムはデバウアーを握ろうとしたがそんな彼女の動きを止めたのは
「ルフトジウムさん!」
「カンダロ、お前!?」
カンダロだった。
「ふざけんなよ――!
お前一体何を考えて―――だ!」
「―――あ……きゅ…!?」
「………で…マ…」
「そ………れ………だろ!?」
ルフトジウムの怒号と暖かい腕に抱かれながらも、ゆっくりとハルサの意識は薄らいでいく。
「ツカサ…姉ぇ……」
そしてハルサは脳裏に優しい姉を思い浮かべ、ここに来たことを後悔し、抵抗することも出来ずに意識を手放した。
-朱と交わろうが白であれ- Part 7 End




