-初めての友達- part 6
「おいハルサ!
おせーぞ!」
「迷ったんスもん!
仕方ないじゃないっスか!」
「迷うやつが悪いんだよ。
こんなに分かりやすいのになんで迷うんだよ!」
三日後にまたタダノリと会う約束をしたハルサは教えてもらったタダノリの家の前まで来ていた。下から話しかけてくるハルサについ意地悪したくなりタダノリはそんな一言を投げつけてしまう。
「それでも迷ったんスから仕方ないじゃないっスか~!」
タダノリはやれやれといった素振りを見せて家の中に入ってくるようなジェスチャーをして窓の中に引っ込んだ。
「んだよ意外と可愛いじゃん……」
二階の窓から道路を見下ろしていたタダノリはハルサの今日の服の可愛さに息を呑んでいた。濃いめの青色のフリルのついたシャツに赤いブローチ、長めの白いスカートを履き、茶色のブーツを着て、ポニーテールといった外見は若い男の子のハートをときめかせるには十分だった。いつも和服を着ているから余計に洋服が似合うのだろう。
その一方でジェスチャーの意味を理解していなかったハルサがタダノリの家の前でぼんやりと待機していると、家の中から中年の女性が出てきて声をかけてきた。
「あら、いらっしゃい」
その女性は痩せており、目の下にはクマができていたがそれでもタダノリと同じくその瞳は輝いていた。その瞳に獣人に対する差別の意識はなく、ハルサが話せることに対してもさして驚いていないようだ。目や鼻の形はタダノリそっくりだ。
「えっ、と、あ……どうもっス……」
まさか人間に話しかけられると思ってもみなかったハルサはしどろもどろになり、目を逸らして挨拶を返す。人間自体あまり好きじゃなかったハルサは基本挨拶されても無視していたし、そもそも人間が獣人に話しかけること自体が稀だった為対処に遅れたのだ。
「あなたがハルサちゃん?
タダノリから話は聞いてるわよ。
可愛い顔してるじゃないの、将来は美人になりそうね〜!
私、話ができる獣人は初めてだから少し嬉しいわ〜!
うちの子が迷惑をかけてないかしら?
友達が出来たっていうからどんな子なのかって思ってたらまさかの獣人、しかも可愛い女の子でもうびっくりしたわよ~!」
「その、えっと……。
大丈夫っ……ス……」
「あらそうなの?
私の息子も隅に置けないわね。
まあとりあえず上がって上がって!」
言われるがままに家の中に入れてもらったハルサは靴を玄関で脱ぎそうになったが、靴を脱ぐ段差がないことに気が付きそのまま家の中に入る。タダノリ母はエプロンで手を拭きながら階段の下からタダノリを呼ぶ。
「タダノリ!
あんたいい加減部屋にいないで案内してあげなさいよ!」
「分かってるよかーちゃん!
こっちだよ、ハルサ!」
「あ、お邪魔するっス……!」
タダノリに引っ張られるようにして階段を登り、一番手前の部屋の扉を開ける。『タダノリの部屋』と書かれた看板がドアノブからぶら下がっていた。部屋の中には沢山の本と模型、テレビ、さらに勉強するための机のようなものが置いてあった。一般的な男の子の部屋というものに入ったことがないハルサだったが、獣人故に照れることなく普通に興味からしげしげと眺めてしまう。
「遠慮せずに入れよ」
少し照れくさそうにタダノリは頭を掻いて、目を合わせないようにして、ハルサ用の椅子を引いた。ハルサは用意してくれた椅子に座って、ぐるりと部屋を見回す。窓のある壁以外はすべて本棚になっていてずらりと沢山の本が並んでいた。天井にはこの星がある星系の小さな模型が紐で吊るされている。
「本……めっちゃ読むんスね」
立ち上がって、ハルサは本棚に並んでいる本の背表紙を眺めていく。時間が少しかかるがハルサは比較的流暢に文字を読むことが出来る。本はほとんどが科学に関する事、またそれぞれの企業の話など知識を満たすための物ばかりだった。
「読むよ!
俺は自然とか宇宙とか好きなんだ」
えっへんと威張るタダノリ。
「意外っスね……」
ハルサはそう呟き、棚にきれいに並べられた模型を右から眺めていく。重工の多脚戦車を始めとしてカテドラルレールウェイの特徴的なタービン蒸気機関車やドロフスキーの装甲車などその数はかなり多い。蒸気機関車だけ異常なほど出来がいい。
「これ全部貴方が作ったんスか?」
「そうだよ。
あ、機関車はとーちゃん!
俺の宝物なんだぜ。
いつかその機関車に乗って家族みんなで自由の国に行くんだ」
「ふーん」
通りで一つだけクオリティが違うわけっス。ハルサは模型を眺め終え、また元の椅子にふわりと座り直した。今度はタダノリは本棚から一冊の本を取り出し、それをハルサの前ある机の上に置く。
「これは親父が誕生日に無理して買ってくれた俺の一番のお気に入りの本なんだ。
この星の昔話が書いてあるんだぜ。
是非聞きたいだろ!?」
「え、いや、まぁ……」
正直興味は無かったが、嬉しそうにしているタダノリに水を差す気分にもなれず、ハルサは正直に頷いて話を聞いてあげることにした。嬉しそうに話を始めるタダノリの顔はとても真剣で、それでいてどこか凛々しくいつもの子供の振る舞いや表情ははどこかへ消えてしまっていた。
「元々この星の文明って三回ぐらい滅んでるらしいんだよな。
あちこちに残る遺跡がその証拠なのは間違いないって重工も言ってる。
滅びて、その度にまた人類は文明を再建しているらしいんだよな。
それに今は第三期っていうだろ?
これがどこから由来なのか分かってなくて――」
「ああ、なるほどっス……?」
怒涛の勢いで喋り始めたタダノリの言葉にとりあえず相槌を打つ。
「第零期が俺は一番好きなんだ。
今からもう五千年以上昔の話で細いことも何もわかってない時代なんだよな。
資料によると大きな戦艦が空を飛んでいたとか!
すげーよな!ロマンだよな!
今大野田重工が支配してる地域は元々ベルカだったかそういう国が支配してたんだってさ!
そんでもって、第一期!
これが一番暗黒の時代とも呼ばれてるんだぜ!
何やら正体不明の宇宙から来た侵略者が――」
「えっと、ここっスかね?」
ハルサは本の上にとがった爪の着いた指を乗せ、タダノリが読んでいるところを指で追いかける。その手をタダノリが唐突に掴み、別の段落へと移した。はっ、とびっくりして固まるハルサだったがタダノリはそんなこと気にも止めず、
「そこじゃねーよ。
今俺が読んでる所はこっち」
続きを読み上げていく。タダノリの体温と静かな心臓の響きがその手から伝わってきてハルサは初めて触れ合う自分とほぼ同じ年齢の人間のぬくもりに驚き、心の奥底に生じた不安にも似た感情を抱え込んだ。
「で、改めて第零期ってのが一番古いんだぜ!
ロマンがあふれる時代って言われてるんだ!
この時代は謎が多くて――あぁ!
ご、ごめん!!」
何も喋らなくなって固まってるハルサを見て、タダノリもやっと今自分が何をしたのか理解したらしい。掴んでいた手を離し、タダノリは顔を真っ赤にするとハルサから目を逸らした。
「すまん……。
つい、熱が入っちゃって……」
「べ、別に謝らなくてもいいっスよ!
まぁ、タダノリなら……嫌な気持ちはしないから許すっス」
ハルサは触られていた所に残る微かな温もりを逃さないように自分の手で抑え、その視線をタダノリに向けた。彼の顔は真っ赤になり、視線はわざとハルサから逸しているようだった。
「…………なあハルサ」
「?
なんスか?」
「明後日、その……。
あのさ、図書館にでも行かないか?」
「図書館……?
ってのが何するとこなのか知らんスけどいっスよ」
タダノリの表情がぱっ、と輝いた。そのまま小指を立ててハルサの方に突き出してくる。
「な、なんスかそれ」
「約束する時に大人たち皆がやってるやつだよ。
お互いの小指を絡ませて約束するんだ。
嘘つかないように、って」
小さく「ん」と唸って再びタダノリが小指を立てる。ハルサもおずおずと小指を立て、タダノリの小指に絡ませた。
「指約束永遠に!
嘘ついたら釘百本飲んでもらうぞ!」
「え、なんスかそれ怖い!
ペナルティがあるなんて聞いてないっスよ!?」
「遅れなきゃいいんだよ!」
※ ※ ※
そんな約束の日まですぐだった。図書館というハルサが初めて行くことになる場所へいくその日はすぐにやってきた。
「今度は何処に出かけるのかしら?」
「図書館?とかいうところっス姉様!」
ウキウキとまた準備を始めるハルサをツカサはニコニコしながら眺めていた。アイリサ博士の所にいた時よりハルサは笑うようになったし、話すようになった。ハルサと友達になってくれたタダノリという人間のおかげなのは明らかだった。
「気を付けてねハルサ。
それとコレ。
昨日饅頭一緒に作ったでしょう?
その残りだけどタダノリ君と食べなさいな」
ツカサはかわいい包みで装飾された饅頭の袋を二つ渡した。
「こしあんっス?」
「あたり前じゃない」
「ありがとうっス姉様!」
ハルサが出かけようと、ドアノブに手をかけた時だった。腹の底にある恐怖を湧き起こすようなサイレンの音が都市全体を覆った。そして次の瞬間都市を守っていたはずの強力なシールドが破れたことを示す、サイレンもその音に重なった。大きな爆発音と、振動が遅れてハルサ達の元にまで届く。慌てて外に出たハルサが見たのはまぎれもなくタダノリ達の家があった地区から立ち上る大きな黒煙だった。
-初めての友達- part 6 End




