-朱と交わろうが白であれ- Part 6
ガランガラン、と鉄の音をたてながら使い物にならなくなったデバウアーが地面に転がる。その音が開始の挨拶になったかのようにルフトジウムとハルサは再び刃を衝突させた。二匹の戦闘の衝撃で緩んだ床板を剥がし、蹴り飛ばしたハルサは、ルフトジウムが床板を払う瞬間に死角になる右上からアメミットの刃を振り下ろす。
「甘い!」
「ちっ!」
しかしアメミットの刃はしかと受け止められる。デバウアーの刃が既に軌道上に座して待ち構えていたのだ。ハルサはすぐにアメミットを引いてその場から離れると、今までハルサの体があった所にルフトジウムの鋭い蹴りが叩き込まれた。一歩引いたハルサに距離をこれ以上開けられまいというようにルフトジウムが追いかけてくる。セオリー通り首を狙って上から振り下ろされたデバウアーの刃を咄嗟に小刀を使って滑らせたハルサは、ルフトジウムの伸びて脆くなっているであろう肘を狙ってアメミットの柄の一撃を加えた。この一撃が勝負の流れを変えると思って放ったものだったが、ハルサの一撃が入るよりも前にルフトジウムは開いている右手でハルサの体を掴んだ。
「おいおい、油断してんじゃねぇのか?」
山羊は不敵な笑みを浮かべたまま、ハルサの体を持ち上げる。
「くそっ、お、降ろせっス!」
足が床から浮いたハルサは一刻も早くこの状況を打開するために、必死にもがくが鉄の体幹を持つルフトジウムはピクリともしない。ルフトジウムはハルサから反撃が来るよりも早く色とりどりの貝殻が埋め込まれた壁に向かってハルサの小さな体を投げた。
「うっ――!」
ハルサの体はコンクリートに背中から強く叩きつけられる。打ちつけられた痛みで肺が萎み、口から空気が抜ける。叩きつけられた拍子に頭をぶつけたのか視界がチカチカと瞬き、くらくらとしながらもハルサは鋭い殺気を感じ取り、慌ててその場から跳躍して逃れた。次の瞬間、コンクリートに何かが強く叩きつけられた轟音が響き渡る。しかしその轟音が何か把握などしていられない。ルフトジウムから発せられた殺気がデバウアーに乗って飛んできたからだ。
「くそっ!」
ハルサは視界がまだ不鮮明な中、足のバネを信じてもう一度走ってその場から離れる。先ほどまでハルサがいたところにデバウアーが深々と突き刺さる。
「おう、よく避けたな」
頭を押さえながらハルサは振り返ってぞっとした。
「なんて威力っスか…。
もはやアホっス…」
「流石に当たったと思ったんだがなぁ~。
思ったより回復が早かったな。
もっと強く投げときゃよかったか」
ルフトジウムの繰り出した蹴りはコンクリートの壁を簡単に抉り、彼女の足を中心に蜘蛛の巣のようにヒビが広がっていた。ルフトジウムが壁から脚を離すとコンクリートがパラパラと砕けて床に落ちる。あの蹴りはハルサの内臓に強烈なダメージを叩き込んだあの一撃よりも強力に見えた。
「俺の武器はハサミって言うよりは蹴りなのかもって最近思ってたんだよな」
ルフトジウムはデバウアーを拾い上げ、くるくると回しながらにたりと笑う。
「全身凶器っスよ、貴女は!」
「おいおい、お互い様だろ」
ハルサは大きく息を吸って呼吸を整えつつ、襲い掛かってくるルフトジウムの動きをよく見る。幸いにも視界は既に回復しており、デバウアーが一本減ったおかげで分析する余裕はある。グンジョウに叩き込まれたことを反芻しながらハルサはデバウアーの刃に小刀を当てて再び滑らす戦闘に切り替える。しかし、同じ手があまり通用しないのがルフトジウムだ。ルフトジウムはハルサがナイフでデバウアーを滑らすと読むや否やデバウアーを手放すと、すかさずハルサの手首を掴んだ。
「あっ!?」
見たことないような攻撃のされ方に、掴まれたハルサは体が強張る。
「別に武器はずっと持っておかないといけない決まりはないんだぜ?」
ハルサの手首を掴んだルフトジウムは最大の握力でハルサの手首に力を込める。まだ未発達の骨と関節が軋み、あまりの痛みにハルサは声を出しそうになる。
「このままへし折ってやるよ!」
「ぐっ、こっ…のぉ…!」
プレス機のような圧力をかけてくる彼女の握力から逃れる為に、ハルサはルフトジウムにたった今教わった通り、握っていた小刀もアメミットも手放した。そしてルフトジウムの体を強く蹴り、ありったけの力を込めて両手を手を引く。
「うっ、て、てめぇ!」
流石のルフトジウムといえど、アーマーも入っていない腹部にハルサの蹴りを食らえば力も緩む。ハルサの一撃はルフトジウムの鳩尾を直撃し、込み上げてきた痛みと胃がひっくり返るような嘔吐感で怯んだルフトジウムはあっさりと手の力を緩めてしまった。抜け出すことに成功したハルサはルフトジウムの繰り出して来た殴打を頬の少量の皮膚と引き換えに躱すと、右手で体重の乗ったストマックブローを叩き込む。
「うっざってぇ!!」
ルフトジウムはハルサの攻撃を腹筋で受け止めると、彼女の襟首を掴むために手を伸ばして来た。ハルサは追撃を諦めて大きく後ろに下がると頬の痛みにようやく気が付き、裾で拭う。少量だが血が付着したのを横目に大きく息を吸い込んで酸素を補給する。
「はぁ…はぁ…」
「ふぅ…、ははっ…。
こういう殴り合いってのも悪くはねぇだろ?」
薄ら笑いを浮かべながら一歩前に踏み出そうとしたルフトジウムの足に何か固いものが当たる。下を見たルフトジウムは笑みを顔に張り付けたまま脚に当たった固いものをひょいと拾い上げた。
「武器を捨てて逃げたのはいい判断だと思うぜ?
回収できるのかはさておきだけどな」
「………」
「そう睨むなよ。
一回お前の鎌使ってみたかったんだ。
お前もそれ、使ってもいいぜ。
興味あっただろ?」
ルフトジウムはアメミットの刃を指先でなぞる。桜色の排熱の光と機関部の青色の光が混ざり合い、残像となってハルサの視線に線となって残る。ルフトジウムに促されたハルサも遠慮なく足元に転がっているものを拾い上げた。ルフトジウムが先ほど手放したデバウアーだ。
「自分の武器で死ぬのは本望だろ?」
「それはこっちのセリフっスよ」
そう言い捨て、ハルサはデバウアーを強く握りルフトジウムの懐に飛び込んだ。アメミットの弱点はハルサが一番よく知っている。鎌という形状は刃を引かなければ切れないという一手間を持っている。そこにハルサが付け込む隙がある。ハルサは遠慮なくルフトジウムのようにその首を狙って一撃を繰り出す。ルフトジウムは大股で三歩下がるとアメミットの背面についている小さな刃でデバウアーの刃を受け止めた。
「へぇ、意外と懐はカバーできないんだな!?
お前が距離を取りたがる理由が分かったぜ」
「そんないらん事まで理解しなくていいっスから!」
ハルサは今度はデバウアーを刀のように持ち、ルフトジウムの胴体目掛けて右から左へと振り抜く。アメミットよりも加害範囲の分かりやすい一撃をルフトジウムは不慣れながらもアメミットの峰を使って食い止めると、そのまま重量を使ってデバウアーを絡めとろうとする。
「ちっ、意外と難しいっスよこの武器!」
「かっけぇだろ?」
パン、とアメミットを捻ったルフトジウムはそのままデバウアーを弾いてハルサの首を狙っての一手を打つ。ハルサは冷静にアメミットの軌道を読み、デバウアーを盾にしながら地面に落ちていたナイフを拾い上げた。そしてアメミットの一撃をデバウアーで受けつつ、小さな狼は可憐な身のこなしで振り下ろされたアメミットの上に乗り、その勢いのままルフトジウムの頭目掛けて飛びついた。
「わっ、ぷ!?
何しやがる!」
「いい加減返せっス!」
ハルサは自身の体重とデバウアーの重さを借りてルフトジウムの体を押し倒す。ドスン、という鈍い音と共に倒れたルフトジウムが起き上がって体勢を整えようとする前に、彼女の手からアメミットを奪い返す。そしてルフトジウムの持つデバウアーの機関部目掛けて、アメミットの刃を振り下ろした。
-朱と交わろうが白であれ- Part 6 End




