-朱と交わろうが白であれ- Part 5
月明りすら無い鉄筋コンクリート製の神社の中でデバウアーとアメミットが繰り返しぶつかり、その度に刃から飛び散る火花と排熱のラインだけが残像のように残る。ハルサとルフトジウムの姿を検知した鏡型のホログラム発生装置は、かつて大量にいたはずの信者に向かっての映像を二匹に向かって出力する。
『よいですか、みなさん。
憎しみあってはいけません。
愛し合うのです。
この世の中に憎しみはあってはなりません。
憎しみをお金という汚れた物に乗せ、ここで落とし、その身を禊ぐのです。
神様に捧げる金額の最低一口は二百リルからで――』
頭の中をずっと占領していた様々な思いを、ルフトジウムの拒絶という結果で整理することが出来たハルサの刃は鋭く、受け止めるルフトジウムの体力を少しづつ削っていく。アメミットとデバウアーの刃が触れ、刃を重ねる度にいつの間にか二匹は自分達だけの空間に囚われていた。互いにもう他の何物も見えなくなっていた。ルフトジウムはハルサの動きについていくため自身のリミッターを遠慮なく解放する。いつの間にか彼女の眼には光が戻り、自然とその口からは笑みが零れていた。
「ははっ、ははは…!
楽しいだろ?
なあ、ハルサ!」
火花が咲く。
「まるで狂人じゃないっスか。
そのセリフ、犯罪者と同じっスよ?」
ハルサはルフトジウムを煽る。
「犯罪者とかそういうのももうどうでもいい!
俺もお前も戦闘用獣人で戦いが本分!
好意とか恋愛とかそういうのじゃねぇんだよ!」
重くなったルフトジウムの一撃に一瞬ハルサは怯んだが、歯を食いしばって受け止め、言い返す。
「ただの自棄に私を付き合わせないで欲しいっス!」
「自棄だぁ!?
違うだろ!!
お前も楽しいはずだ!!違うか!?」
「――言ってろっス!」
アメミットでデバウアーの攻撃を凌ぎつつ、ハルサはルフトジウムの隙を探す。力では絶対に勝てない事は既に分かっている。だからこそ彼女が時折見せる隙を突くしかない。しかし――。
「全然隙が見えねえっス……!」
リミッターを外したルフトジウムの攻撃は今まで以上に苛烈なものに化けていた。ハルサはアメミットを右へ左へ条件反射とルフトジウムの関節の動きで攻撃の軌道を読みながら動かし、二本のデバウアーの攻撃をただ往なすしか出来ない。
「おらおらおらおらァ!!
まさかもうスタミナ切れか!?」
「はっ、まさかそんなわけねえっスよ!」
ハルサはルフトジウムとの距離を離す為に大きくアメミットを振り抜く。ルフトジウムが先ほどまで構えていた場所にあった柱がざっくりと溶断される。溶けた鉄が床に落ち、床板を焦がし、むせるような強い木の匂いを場に広げる。
「ああ、そうかよ!」
ルフトジウムはデバウアーをくっつけ、鋏形態を維持して銃弾をバラまきながらハルサに向かってくる。ハルサは素早く床板にアメミットで横に傷を付けるとナイフを隙間に突っ込んで捲り上げ、銃弾から身を守る盾にしながら対物ライフルをお返しとばかりに撃ち込んだ。ライフル弾を右に飛んで避けたルフトジウムは床ごとハルサを溶断するためにデバウアーを振るう。
『よいですか、みなさん。
愛することを愛すのです。
憎しみは何も産みません。
憎しみを今すぐにお金に換え、ここで落としていくのです。
我らがキンブツ様はきっとお許しに――』
「うるせぇ!!」
ルフトジウムが大声でがなり立てるスピーカーに向かって左手のデバウアーを使って銃弾を撃ち込む。沈黙したスピーカーを尻目に、ルフトジウムは右手のデバウアーで床板を切り裂く。ハルサはその一撃を受け止め、押し返すとお返しとばかりに一撃を振るう。
「……?」
そんな折だった。研ぎ澄まされたハルサの感覚は、アメミットがデバウアーとぶつかる度にほんの少しの違和感を感じ始める。彼女が右手に持つデバウアーの攻撃がどこかほんの少しだけいつもよりも“軽く”感じられるのだ。それは僅かな物ではあったが、何度もルフトジウムの刃を受けているハルサだからこそ感じ取ることが出来た。その違和感の正体を考え始めたハルサはルフトジウムの一撃を見逃しそうになる。
「おらァ!」
「あっぶ…!」
ハルサは慌てて身を屈める。ルフトジウムはデバウアーを力任せに左から右へと振り切っていた。後ろにあった柱がデバウアーの刃に食い千切られ、二本の柱を叩き折られた建物全体が悲鳴を上げるように揺れる。狼は屈んだまま山羊の脇を抜け、彼女の背後に回る様に動くとナイフを床に突き刺して方向転換し、アメミットを右下下段から左上上段へ向かって振り上げた。
「はっ、やるじゃねぇか!」
その一撃を褒めながらもルフトジウムは上半身を逸らし、ギリギリでアメミットの刃を躱すとそのままバック転するように体の勢いを使ってアメミットを下から上へと蹴り上げる。ルフトジウムの脚力で蹴り上げられたアメミットはハルサの手から離れると、天井に向かってロケットのように飛翔した。
「ちっ!」
ハルサは舌打ちしてアメミットの軌道を読み、とっさに周囲に使えるものはないか探す。
「おいおい、よそ見してる場合かよ!!」
ルフトジウムが鋏を持ったままハルサの元へと一気に近づいてくる。ハルサは覚悟を決め、デバウアーの動きをしっかりと見据えてルフトジウムがそれを振った瞬間に峰の部分に右足をかけた。そしてすかさず左足を出してルフトジウムの肩を踏むと一気に力を込めて跳躍する。
「はぁ!?
この俺を足場にしやがった!?」
ハルサは十メートル程高く飛ぶと重力に引かれて落ちてくるアメミットを掴み、体を捻って向きを変える。
「………ここっス!」
そして銃口を土台にされて体勢を崩しているルフトジウムに向け、引き金を引いた。火薬の炸裂する渇いた音と共に銃口からガスと煙が噴出し、一拍置いて黄金色の弾丸が飛び出す。
「クソガキが…!」
ルフトジウムはいつものようにデバウアーを盾にして銃弾から身を守ろうとする。ハルサの狙いはまさにルフトジウムのその動きだった。今回ハルサが狙ったのはルフトジウムではなくデバウアーの機関部。今までなら何重もの特殊装甲によって守られていたデバウアーの機関部は、アメミットの対物ライフルを受けても少し凹むぐらいで余裕で耐えていた。しかし今回は違った。軽く百ミリを超える貫通力を持つアメミットの弾丸は今回ハルサの予想通りデバウアーの機関部を貫いたのだった。
「ちっ、そういうことか…!
ダイズの所から黙って持ち出すんじゃなかったぜ…!」
正直賭けに近かった。今回この状態を看破出来たのはハルサがアメミットという同じような特性を持つ武器を保持していた事と、何度もルフトジウムと戦っていたという二つの事実があったからこそだろう。機関部を撃ち貫かれた右のデバウアーの出力は急激に落ち、すぐにその刃からは熱が抜けてただの鈍器に早変わりする。
「まず一本ッスね?」
床に綺麗に着地しながらハルサは犬歯を見せてにやっと笑った。
「はっ、生意気言いやがるぜ。
それでこそ“大鎌の獣人”、俺の獲物だ」
ルフトジウムはダメになった片方のデバウアーを邪魔にならないよう遠くに放り投げる。そして残ったデバウアーを両手で剣のように握るとハルサに向かって問いかけた。
「お前分かってんのか?」
「は?
何をっスか?」
ルフトジウムは鼻を鳴らす。
「俺の手には“まだ一本残ってるんだ”ぜ?」
「――言うっスねぇ」
-朱と交わろうが白であれ- Part 5 End




