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-朱と交わろうが白であれ- Part 4

 デバウアーから火花を散らし、ブレーキの壊れた車のように突っ込んでくる姿はまさに“AGSの断頭台”という異名を否応なしにハルサに再認識させる。決まった型を持たない傍若無人なルフトジウムの戦い方だが、積み重ねられた戦闘の経験によって速さだけでなく鋭さも増しており、ハルサの少し鈍ってしまった体に強く響く。


「このっ…!」


二本のデバウアーの刃をアメミットで左右へと受け流し、がら空きになったルフトジウムの腹部へとハルサはすかさず蹴りを入れようとする。そんな動きを初めから読んでいたルフトジウムは振り切ったデバウアーの重量を借りて体を左へとスライドさせ、プラスチック障子を轟音と共に突き破り部屋の中に飛び込んだ。ばらばらと砕け散った細い木片がその場に散らばり埃が舞い、ルフトジウムは床にデバウアーを突き刺すとさらに強く床を蹴る。


「その動き…!」


「パクらせてもらうぜ!

 武器でドリフトするのが専売特許だと思うなよ!」


 彼女はデバウアーを基軸に強引に方向を曲げ、部屋の角に積み重なった座布団をハルサの方へと蹴り飛ばして来る。小さな狼は座布団を屈んで避けると、座布団の山に紛れて突っ込んでくる山羊に向かってアメミットの対物ライフルを座布団越しに叩き込んだ。銃弾が撃鉄に叩かれ、内部の弾丸がアメミットの銃口から解き放たれる。衝撃波を纏いながら撃ち出された銃弾は三発。座布団を容易く貫通した三発の銃弾は、一目散にルフトジウムへ向かって飛び込んでいく。穿たれた座布団からこぼれた人工羽毛が部屋の中にバッ、と飛び散り、雪の様に空気中を舞う。


「そんな弾、当たらねえよ!!」


直線的な動きをする三発の弾丸をデバウアーの刃の上で滑らして軌道を逸らしたルフトジウムは、そのまま鋏形態で距離を詰めハルサのアメミットをデバウアーで挟む。アメミットを構成する鋼鉄がデバウアーの熱に当てられ、赤くなり始める。


「なん…!?」


対物ライフルから吐き出された重い三つの薬莢が木製の床の上に落ち、チリンチリンとした音を立てる。


「オラオラどうしたぁ!?

 お前はの実力はそんなもんじゃなかったはずだろうが!」


 ハルサは必死にアメミットを握り、首を狙って迫るデバウアーをその場に押しとどめる。ルフトジウムの吐息は熱く、頬でお互いの呼吸を感じる程の距離感。ハルサは手加減なしで次々と攻撃を叩き込んでくるルフトジウムに恐怖する。


「わ、私は話し合うつもりで来たんスよ!?

 戦いたくて来たんじゃ…」


 ハルサは体を捻ってアメミットに絡みついているデバウアーを振り払い、大きく肩で息をした。ルフトジウムはデバウアーを合体させ鋏の形態に戻しながら呆れたように小さく首を振る。返ってきたルフトジウムの返事はハルサの話し合おうという気持ちを粉みじんに打ち砕くものだった。


「はぁ~?

 戦いたくない、だぁ?

 正体がバレていないときはそんな事毛ほども思っていなかっただろうがよ!?

 俺にバレた途端にそれか!?」


体勢を整え、デバウアーをまるで十字架のように重ね合わせ、山羊は刃と刃の隙間からハルサの姿をじっと見てくる。


「それは…その…」


「……余りにも自己中心的な考えだぜ、それは。

 正体がバレたから出来るだけ穏便に済ませたいと思ってるんだろ。

 そしてあわよくば今までと同じように暮らしたい、と」


「…………」


「考えが甘っちょろすぎるんじゃねぇか?

 都合がよすぎるぜ」


 今まで見たことがない程に光が消え、虚ろで濁った目をしたルフトジウムにハルサは何も言えずただ黙るしかなかった。今の彼女の携えている全てを諦めた瞳を、顔をハルサは小さい時に何度もゴミの掃き溜めで見たことがあった。恵まれた目に映るもの全てが憎いと感じる生き物に生じる魚の腐った目だ。


「俺はお前が憎い。

 ずっと正体を知っていて裏でせせら笑っていたんだろ?

 バカにしやがって。

 だからもう終わりにしようぜ。

 “AGSの断頭台”と“大鎌の獣人”の奇妙な関係も全部。

 お互いに今は誰の助けもない。

 誰も干渉してこない」


ルフトジウムはデバウアーを引くように構える。


「………」


「ああ、そうか。

 お前まさか、今更同情心が沸いたから俺を殺したくないとか思ってるんじゃねぇだろうな?」


「………」


「おいおい、冷めるような事言わないでくれよ。

 今まで俺が勝っていたのはお前の慈悲のおかげとでも言うつもりか?」


「そんなつもりは――!」


「お前が俺をここで殺さないとお前の雇い主も姉も、どうなるか分からないのか?」


「……!」


ハルサの脳裏にツカサが浮かぶ。彼女が身を削って与えてくれた今の生活を壊すわけにはいかない。ルフトジウムはさらに畳みかけるように続ける。


「今更仲良しごっこオーラ出してどうするんだよ。

 俺達は何度も殺し合ってる。

 浅はかなんだよ。

 お前はただ自分が傷つきたくないだけだ。

 だから言っただろ。

 私のことなんとも思ってなかったのかって。

 この期に及んで自分の保身を考えてるんだろ?」


返す言葉も無かった。ハルサも自らの気持ちに矛盾を感じていないわけではなかったが、こうもしっかり武器を持った彼女に言葉にされると、ただただ今の態度がルフトジウムを深く傷つけている事実が骨身に沁みた。ルフトジウムはデバウアーをくるくると回し、ハルサに先端を向ける。


「――お前からはなぁ、犯罪者と同じゴミクズ以下の匂いが漂ってくるんだよ!

 ここでお前を殺して、裏で糸を引いている人間を全員洗い出してやる!

 ははは、お前の家族も、組織も終わりだろうよ。

 全部お前の引き起こしたことだ。

 噛みしめろよ」


 死んだ魚の眼をしたまま“AGSの断頭台”はハルサに向かって険しい表情を向けた。ハルサはその言葉を聞いて自分の中にあったいくつかの感情が音を立てて割れたのを感じた。彼女と過ごした時間。彼女にもらった贈り物。彼女と一緒にいる事が出来た幸せ。沢山の思い出を自らのため息と同時に地面に吐き捨てて、踏みにじる。降りかかる火の粉は払うしかない。


「……そうっスか。

 長い演説は聞き飽きたっス。

 あんたがさっきから言ってる偽善者っスけど本当に私だけなんスかね?

 打算で動いていたのは私だけじゃないと思うっスけど?」


ハルサは自分でもびっくりするほど低い声が出ていた。ルフトジウムの顔付きが変わる。


「…へぇ?

 やっとそれらしい目になったじゃねえか。

 獲物を狩る肉食獣の目によ」


「………」


 ハルサは自らの中に生じていた好意を全て捨て去り、目の前の敵を殺す事だけに焦点を合わせた。神社の境内に再びデバウアーとアメミットがぶつかり合う音が響く。ぶつけられる殺意と言葉の塊にハルサはギリッ、と歯を食いしばる。煽ってくるルフトジウムの声に応えるように太もものベルトからナイフを取り出し、ルフトジウムの腕を目掛けて振り下ろした。ここで殺さなければ殺される。正体がバレていなかった時のように本気で排除しに行くしかない。だからこのナイフの一撃はルフトジウムの頸動脈を狙ったものだった。ルフトジウムはそんなハルサの殺意を感じ取りにやっと不敵に笑うとナイフの刃を折れた角のカバーをぶつけて軌道を逸らす。


「ちっ…!」


「甘い甘い甘い!

 もっと鋭く、もっと早くだろ!!」


ナイフの軌道を逸らされたハルサの体勢が崩れる。ルフトジウムはこの隙を逃さずにすかさず足払いを叩き込むと、ハルサの視界がぐるりと傾いた。ハルサはナイフを離し、床に片手を付けてその場で側転のように回り、足が付いた瞬間に後ろへと大きく下がる。両足が地面に着くよりも早くルフトジウムの次の攻撃がハルサへと叩き込まれる。先ほどハルサが手放したナイフをルフトジウムがつま先で拾い上げそのまま飛ばして来たのだ。


「!!」


ナイフは防弾仕様のコートに当たり、その勢いを削がれて地面にまた落ちる。ハルサはナイフを拾い上げると左手で逆手で持ち、ルフトジウムを睨む。暗い部屋の中でルフトジウムの翡翠のような瞳だけが濁った光を持ってハルサを睨み返していた。


「まず一回だな。

 今、お前は死んだぞ」


「はっ、運も実力のうちっスよ」


「…へぇ、少しは調子出て来たんじゃねぇか?

 あの仮面の下はいつもそんな表情してたんだなァ。

 間違いなく狼だよ、お前は」




                -朱と交わろうが白であれ- Part 4 End

ここまでのお付き合い本当にありがとうございます~!!

これからもどうかよろしくお願い致します。

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