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-朱と交わろうが白であれ- Part 2

 バタン、と勢いよく開いた扉からまるで銀色の弾丸のように見慣れた獣人が飛び込んでくる。ハルサの姉、ツカサだ。ハルサは姉の顔を見て自然と背筋が伸びるのを感じ、緊張した面持ちで姉を迎える。口を一文字に結び、眉間に皺を寄せたときのツカサは虫の居所がよくなく、触れると火傷することを彼女は知っている。おそらく…いや絶対彼女は怒っている。


「ツカにゃん、まだハルにゃんは完全には治って――」


ラプトクィリも流石にまずい、と思ったのかツカサとハルサの間に立つ。


「分かってるわよ、そんな事。

 ちょっとどきなさい」


「分かったのにゃ」


「折れるの早くないっスか!?」


 ツカサは部屋の中をずかずかと進むとラプトクィリが静止するのも聞かずに慣れた手つきでカプセルの蓋を開け、少し怯えたハルサの頬に強烈なビンタを一発お見舞いするかと思いきや妹を抱き寄せ、力任せに思いっきり抱きしめた。


「ぐぇ!?」


「ハルサ…!

 ああ、生きてる…。

 よかった…生きててよかったわ…本当に…。

 心配したのよ。

 何度後悔したことか……。

 あなたの代わりに私が行けばよかったって何度も何度も悩んだんだから…!」


「あ、姉様、苦しいっス…!

 私は無事っスから、ほらピンピンしてるっス…!」


 着物の生地を貫通して伝わってくる暖かいツカサの体温はまだ痛みの残っているハルサの体に深く沁み込んでくる。彼女の体温は痛みを緩和し、心の底からの安堵を与えてくれるようだった。ツカサは三分ほどハルサを抱きしめていたが、ようやく気が済んだのかゆっくりと離す。


「大事な妹、無事で何よりにゃ?」


「ええ。

 ありがとうね、ラプト。

 貴女がたった一匹だけの私の妹を連れて帰ってくれた。

 感謝してもしきれないわ」


「これぐらいお安い御用なのにゃ」


得意げに胸を張るラプトクィリ。


「“ギャランティ”の仕事を何度もこなしてまだ生きているのが奇跡と言えるかもしれないわね?」


「にゃはは、ツカにゃんがそれを言うのかにゃ。

 決して奇跡じゃなくて、ハルにゃんの実力なのにゃ」


ツカサはハルサの頭を撫でながらようやく安心したように椅子を引き寄せるとほっとした表情で座り込んだ。


「…でも帰って来た時のビンタ一発はマジで痛かったのにゃ」


ぼそりとラプトクィリはそういうと自らの左頬を撫でる。


「え、ビンタしたんスか?」


「いいえ。

 さらりと撫でただけよ」


いたずらっぽく笑うツカサの顔をよく見ると目の下にはクマが出来ており、笑ってはいるもののその表情は疲れ切っているようだった。ハルサのことが心配で碌に眠れていなかったのだろう。


「とりあえずはこれで大団円なのにゃ。

 誰も死なず、誰も傷つかなかったのにゃ」


「本当にね。

 うふふふ。

 今夜はハルサの大好物、三色団子を沢山作らないといけないわね」


「それめっちゃ楽しみっス!」


「ボクのもあるにゃ?」


「当然よ」


 夕食の内容に沸き立つ三匹。余裕の出て来たハルサはふと自分の端末が棚に置いてあるのを見つけた。どこか妙な胸騒ぎがして端末を持ち上げると、自動でスリープモードが解除され待ち受けに一通のメッセージが入っていることを告げるポップアップが現れる。そのポップアップに記載されていた差出人を見てハルサは体を強張らせた。


「ルフトジウム……」


「にゃ!?」


「え、どうしたの?」




     ※     ※     ※




 今宵も雨が降る。連日降り注いでいる雨は空気中の汚れを全て吸収して地面へ還元したのか、今降っている雨は汚染物質をあまり含んでおらずさほど黒くはない。雨粒を含んだバイオ桜の花びらが重そうに地面に落ちるとその上を古い車のタイヤが通り過ぎていった。


「…本当に一匹で大丈夫なのにゃ?」


 雨の中走るオンボロクラシックカーの中にはラプトクィリとハルサが乗っていた。ハルサはいつものブカブカ防弾仕様のコートを羽織りながら助手席に深く腰掛けて、コンビニで買ってもらった遺伝子組み換えアセロラのジュースに口を付けていた。古い皮のシートは車が跳ねるたびに中のバネが軋む。フロントガラスに付着して流れ落ちる雨粒を目で追い、ハルサは静かに首を振った。


「…大丈夫とは言えないっスよ。

 怖いっス。

 でも行かないといけないっスよね…。

 私が彼女の心を弄んだ事は確かっスから」


ハルサは昨日受信したルフトジウムからのメッセージを再び見返す。


『俺はお前のことを深く知った。

 明日の二〇時に添付した地図の場所に来い。

 全てをバラされたくないだろ』


 百文字にも満たないそれだけの文章だったが、その三行の文章はハルサの心臓と肺を鷲掴みにしたのだった。瞬間ハルサの頭の中を色んな事が駆け巡ったのだが、結局出てきた言葉は姉とラプトクィリに「どうすればいいっスか」と是非を問うものだけだった。


「まあ、そうだよにゃ~…。

 相手が惚れたことに付け込んでこれまで何カ月も騙していたのは確かにゃ。

 お冠なのは間違いないのにゃ」


「あ”~…。

 私のせいだけじゃないっスからこれ~。

 そもそもはラプトとアイリサさんが言い出したんスよ!

 相手が“AGSの断頭台”なら上手く使えるとか言って…!」


ハルサはそういって頭を抱えた。


「にゃ。

 まあ、それはそうにゃけど…。

 彼女からしたらそんなのは関係ないのにゃ」


ハルサはアセロラジュースのペットボトルをぎゅっと握りしめる。


「どうすればいいんスか本当にこれ…。

 一応アメミットは持ってきたっスけど、これでもし相手が武器持ってたら絶対一戦交えることになるっスよね!?」


「どうするも何も、決着をつけるしかないにゃ。

 ボクの目には彼女はただハルにゃんと話したいだけに見えるのにゃ」


「なんで言い切れるんスか…?。

 それにただ私と話したいって…」


「ルフトジウムの気持ちになって考えて見ろにゃ」


「……話したいって思う……っス……多分……」


ラプトクィリの言うことをハルサは言われるまでもなく理解していた。自分がルフトジウムの立場だとしたら憎さも勝るが、まず話したいと思うだろう。真実を確かめ、行動を決めるに違いない。


「そうにゃ。

 だからとりあえず会ってみないことには話が始まらんにゃ。

 もしここで会わなかったらルフトジウムは怨嗟で動く全力でハルにゃんを殺す化け物に変わる確率の方が高いのにゃ」


「げー…」


戦車のように障害物をぶっ壊しながら突っ込んでくるルフトジウムを想像してハルサは苦い顔をした。 


「にゃ、着いたのにゃ。

 ハルにゃん、ルフトジウムが指定した場所まで徒歩ですぐにゃから気張るにゃ」


 クラシックカーは今となっては懐かしいガソリンの匂いを撒き散らしながら、本社都市の中央街から少し離れた場所に到着した。ここは都市開発の折り、何故か伐採を逃れた自然が残っている大きな廃神社だ。周囲に家や店といった物は一切なく街灯だけが唯一の明かりとして機能している。十九時四五分という時間も相まって、ただでさえ静かで人影の少ない場所には人っ子一人居やしない。


「話したいだけなのに普通こんな場所を指定するっスか!?

 明らかに人目につかない場所っスよ!?

 絶対一戦交えるつもりじゃないっスか!」


ハルサは周囲を不安そうに見渡す。ラプトクィリはハンドブレーキを引き、少し窓を開けてエンジンを止めると駄々を捏ねるハルサを軽く小突いた。


「グダグダ言ってねーではよ行けにゃ。

 ボクはここで待機してるにゃから、もし相手がなんかしてきそうならすぐに連絡するのにゃ」


「連絡したとして何してくれるんスか?

 姉様は行くなってずっと言ってたのに説得したのはラプトっスよね!?」


「ボクが出来るのは全力の応援だけにゃ」


「心の底からいらねえっス……」




                -朱と交わろうが白であれ- Part 2 End

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