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-朱と交わろうが白であれ- Part 1

 まるで地獄の底から這いあがってきたような炎は消える気配もなく、建物を構築している木と空気中の酸素を貪ってその身をそこまでも大きく、熱く燃え上がらせていく。火事に気が付いた野次馬の怒号と悲鳴が“本社都市中央街”から少し離れた閑静な住宅街に広がる。無慈悲に銃で撃ち壊されていく従業員のアンドロイドの残骸が、ブルーブラッドの水たまりの中に沈んでいる。侵入者にバレないよう息をひそめて隠れている姉妹が見ていたのは、赤い炎の下に血まみれで倒れているのは自らの主人。何度も繰り返し見た景色はすぐにハルサにこれが夢だということを気が付かせた。


「ご主人……」


 身を挺してまでツカサとハルサの二匹を逃がした彼の最後。彼の姿は涙で滲むように次第にぼやけ、水面から顔を出すかのように急激に彼女の意識は覚醒へと向かっていく。もううんざりだ、というように目を逸らしたハルサはふと自らを心配そうにのぞき込むラプトクィリと目が合ったのだった。


「やっと目が覚めたのにゃ?

 気分はどうにゃ、ハルにゃん?」


蛍光灯の冷たい光が眩しい。


「ラプト……。

 ここは……?」


 目を細めながらハルサは、自分自身のいる状況を理解しようと周囲を見渡す。すぐに彼女は腕の点滴を、口と鼻を同時に覆う酸素マスクに気が付き、自らが透明なプラスチックの容器の中に入れられていることを自覚する。


「大丈夫、安心するのにゃ。

 ここはボク達の家にゃ。

 地下にある医療施設覚えてるにゃ?」


「ああ…。

 ラプト、私……気絶してたんスね…」


「うーん、気絶と言うよりは意識不明の重体かにゃあ。

 倒れたハルにゃんと武器を持ってここまで連れてくるのは大変だったのにゃよ?

 笑いあり、涙ありの紆余曲折、大どんでん返しアリ、ラプトクィリ一世一代のドタバタアドベンチャー逃走劇の詳細でも聞いてくれるにゃ?」

 

「いや、今は…いいっス……」


小さく首を振ってハルサは起き上がろうとするが、ラプトクィリが忠告する。


「まだ寝ていた方がいいのにゃ。

 もうほぼ傷は治りかけてるにゃけど、それでも内臓のダメージは尋常じゃなかったのにゃ。

 女の子の腹部をあんな強さで蹴るなんて、あいつ頭のネジがぶっ飛んでるのにゃ」


 ラプトクィリのその一言でハルサの脳内にルフトジウムとの死闘が巡った。トロッコの上でルフトジウムに強く腹部を蹴り上げられた時の痛みを思い出し、苦い顔をしながらもハルサは頭を柔らかい枕に押し付ける。


「私…また負けたんスか……?」


 目的地に何故か予期したように必ず現れる絶対的な敵。高価な戦闘用獣人の中でも彼女は“格”が違うとしか言いようがない。彼女が獲物を追い詰める時や、勝負が決まったときの高揚した表情はとても山羊とは思えない。悪魔としか形容しようがない。

 酷い偏見ではあるが、当然ハルサはプライベートのルフトジウムを知らない訳ではない。戦闘が絡まない彼女は、竹を割ったような気持ちのいい性格をした思いやりのある獣人であり、自分に好意をもって接してくれているのも理解している。端末でのやり取りもこちらを気遣うものばかりで、ハルサの多少の我儘もすんなりと受け入れてくれている。何度も一緒に遊びに行った時は、「まるでもう一人の姉が出来たみたいだ」と内心かなり依存していることも自認していた。もし彼女と敵として相対していなかったらハルサはルフトジウムの人柄に惹かれていただろう。ただ、勝負になると話は変わってくる。ハルサは悔しさと同時に自らの不甲斐なさに苛立ちを感じて拳を握りしめていた。


「負けた…というよりあれは仕方のないことにゃ。

 あの場にいた誰もが天井の崩落なんて思ってなかったのにゃ。

 それにハルにゃんはあいつをいい所まで追い込んでいたのにゃ」


「いい所まで……そうっスか……。

 そうなると私はそろそろプライベートのルフトジウムを狙わないと勝てないかも知れないっスね。

 プライベートならあいつも油断してるっスから。

 今度は水族館にでも行って油断した隙に後ろから打撃を加えるしかないっスかね?」


「ハルにゃん……」


 ハルサは卑劣な真似をしないと勝てないと感じてしまっている自分に呆れ、目を閉じてグンジョウに付けてもらった稽古の事を思い出す。彼から教わった事を生かしても尚、ルフトジウムの戦闘力には及ばないという事実になんともやるせない思いを噛み締める。二匹の間に重い沈黙が溜まる。


「………」


「……………」


いつもおしゃべりなラプトクィリがここまで黙るのも珍しい。ハルサが小さな欠伸と共に目を開けると、ラプトクィリは手に持っていたトランプをハルサの入っている容器の上に立て、トランプタワーを作って遊んでいた。


「静かだと思ったら、一体何やってるんスか…」


「……ちょっと考え事にゃ。

 いうか言うまいかの瀬戸際なのにゃ」


「意味わからないっス」


 そういって無心で組み立てていた彼女のトランプタワーは三段目に突入した瞬間にバランスを崩して崩壊する。ラプトクィリは崩壊したトランプを集めまた組み立てようとするが、ハルサからの目線を感じ犬歯を覗かせながら口を開いた。


「ハルにゃん。

 大事な話があるのにゃ。

 心して聞いてほしいのにゃ」


ラプトクィリの口調は今までハルサが聞いたことないぐらい真剣さが籠っていた。


「大事な話?」


「にゃ。

 実は、ハルにゃんの正体があいつに、ルフトジウムにバレたのにゃ」


「なんッ――きゃん!??」


 予想外の内容すぎて余りに驚いたので、ハルサは条件反射で起き上がろうとして頭をケースに思いっきりぶつけてしまう。しっかりと固定されているケースはハルサの頭突きぐらいではびくともせず、ハルサはぐわんぐわんと揺れる頭を抑え、また枕に頭を預けた。


「ああ、落ち着くのにゃ!

 せっかく治ってきたのにまた傷を作るのは勘弁しろにゃ~」


「めちゃ落ち着いてるっスよ~…うう…。

 い、今の話、本当っスか?」


「残念ながらボクは嘘は言わないのにゃ。

 全部本当にゃ。

 天井が崩落した時、瓦礫がモノクルに当たったのにゃ。

 分かってると思うにゃけど、あれはハルにゃんの正体を隠す為のホログラム投影機。

 モノクルが壊れたハルにゃんは、かわいい素顔をルフトジウムに大公開って寸法なのにゃ」


ハルサはため息を付いて「やらかしたっスね…」と呟く。


「バレてしまったものはしょうがないのにゃ。

 逆に考えればもう姿をあいつらに隠す必要はなくなったということにゃ」


笑えない冗談だ。


「なんとも言えないメリットっスね。

 それで、あいつらの動きはどうなっているんスか?

 もし私を捕まえにくるならもうとっくに来てるはずっスよね?」


ラプトクィリはうーん、と小さく唸り腕を組む。


「不思議なことにボクの調査によると、まだ何も動いてない…というのが答えにゃ」


「動いてない…?

 この家のことはともかく私達が働いている場所はバレているんスよね?

 すぐにでも店にあいつらの部隊が来てもおかしくないと思うんスけど…」


ラプトクィリはただ首を傾げるばかりだ。


「ボクもそう思ったにゃけど、現実として“AGS”の部隊は店に来てないのにゃ。

 “ギャランティ”の周囲を探るようなアクセスも無いし…。

 一応、“AGS”内部の情報は常にボクも把握できるよう努めてはいるにゃけど…。

 “AGS”の内部もかなりキナ臭くなってきてるし、一枚岩ではないことは確かなのにゃ。

 どこかで情報が遮断されているのかもしれないにゃあ」


ハルサは少しほっとして胸を撫でおろす。


「ふーん、そういうもんスか。

 私には企業内部の事はよく分からないっスけど何もないならまあ、安心っスね」


「にゃはは、ハルにゃんは子供にゃからね。

 大人の政治とか駆け引きはまだまだ早いのにゃ~♪」


「む……。

 否定はしないっスけど、馬鹿は馬鹿なりに考えているんスよ」


 むすっとむくれているハルサの横っ面を引っぱたくように、突然大音量で部屋の扉が突然開いた。びっくりしたラプトクィリの尻尾がボサボサに膨らみ、ハルサも敵襲と疑う勢いで耳と目をそちらに向ける。


「ハルサ!!」


「姉様!?」






                -朱と交わろうが白であれ- Part 1 End

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