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-凍てつく世界- Part 34

      ※    ※    ※



「――以上が報告になります」


「ふむ。

 貴方も“断頭台”も私の予測通り少しは使えるみたいですね」


「は、はぁ……」


 “AGS”本社ビルF部隊の司令官室。タカタホ・カナシタは報告書を読み、神経質そうな眼付きでじろりとカンダロを睨みつけた。カンダロは出来るだけ自分の上司になったカナシタの目を見ないように目を逸らしながら、カナシタが報告書にさらさらと承認のサインをしている様子をただ眺めている。ルフトジウムや獣人に対する態度はかなり横暴なものだが、人間を相手にする時の彼は同じような態度のまま、口調だけが丁寧だった。


「ああ、貴方が一番懸念している壊れた“備品”は上に掛け合っておきました。

 かなり高価でしたが、ヤマナカさんを守るためには仕方ありませんでしたからね」


「…本当ですか?

 あ、ありがとうございます」


「道具にしてはよくやった方です。

 あの型の獣人は出来がいい。

 製造工場にもそう一報を入れたところです」


カナシタはサインした書類をカンダロに渡し、湯呑に入った冷めたお茶を飲んで手元に置いた。カンダロはお礼を言ってサインされた書類を受け取り、一礼する。カナシタはそんなカンダロの様子を見ながら机の引き出しからやすりを取り出し、自らの爪を丹念に磨き始めた。


「ああ、そういえば…。

 第一級企業機密に触れた貴方達には記憶処理を施さなければなりません。

 理由は分かっているかと思いますが…」


「はい。

 その事は承知しております」


削った爪を息で飛ばすカナシタ。


「“断頭台”と一緒に明日午前九時に医務室に行ってください。

 そこで記憶処置を施します」


「分かりました」


歩き出そうとしたカンダロを、思い出したようにカナシタは呼び止める。


「それと…あなた、獣人の匂いが染みついていますよ。

 すぐにその服を捨てて新しいものにしなさい。

 人間がそんな臭いを漂わせていてはいけませんよ」


「は、えっと…分かりました」


「ああ、臭い臭い…。

 もう下がっていいですよ」


「はい」


 カンダロはもう一礼すると部屋からすぐに出る。シュッシュッと何か消臭剤のようなものを巻いている音が後ろから聞こえてきて、その音はさらにカンダロを不快にさせた。負の感情を出さないようにドアを出来るだけ丁寧に閉め、眉間に皺を寄せながらカンダロは報告書を持ちながら廊下を歩き出す。一階へと降りるエレベーターに向かう途中、前からひょろっとした体に大量の機械油を付着させた男が、曲がり角からタイミングを見計らったかのように顔を出した。


「おーう、カンダロ。

 お疲れ~!」


「あっ、ダイズさん。

 お疲れ様です」


 ダイズはアズキと呼ばれる小さな馬の獣人を連れており、基本的に無口で喋らない彼の手にはネジが沢山入った箱をはじめとしてコイルやモーターといった何に使うのか分からない機材が山のように積まれていた。


「要人の護衛任務上手くいったんだって~?

 いやー羨ましいなぁ~…。

 めちゃめちゃボーナス出るだろ~??」


「どうでしょうか…。

 ダイ隊長なら出してくれたでしょうが…あの上司には期待できません」


「ははっ、だよな。

 けどまぁ、出るには出るだろ。

 なぁ~お金持ちの後輩君さぁ、俺っちにご飯奢ってくれよ~。

 今月きつくてさぁ~」


カンダロは呆れながらも、ダイズのポケットに入っている端末から漏れ出るパチンコの音楽を聞き逃さなかった。


「仕事中も遠隔でオンラインパチンコカジノやってるからでしょう?

 ダイズさん勝てたことあるんですか?」


ダイズは渋い顔をして、首からかけたゴーグルを引っ張って伸ばす。


「ナハハ、おいおい手痛い一言だぜ。

 勝てたことぐらいあるぞ?」


「どれぐらい?」


「……まぁ五万リル入れて五百リルといったところか?」


「負けまくってるじゃないですか」


ダイズはナハハハとまた笑ったかと思うと、急に声を低くして本題に入った。


「ごほん、ところでデバウアーだけど…」


「はい」


「俺の想像よりもひどく傷ついていてなぁ。

 しっかり直そうとすると一週間ぐらいかかっちまいそうなんだ。

 何が原因なのか分らんが、刀身が曲がってる」


「そんなに酷いんですか?」


「ああ。

 今までもあったことだが、今回のは群を抜いて酷いな。

 それでも動くのは俺っちの技術力の高さの証明だな。

 で、うちのお姫様は今回は一体何と殺りあったんだ?」


カンダロはふう、と息を吐いて教えてあげる。


「“大鎌の獣人”ですよ」


アズキはあー…と空気が抜けたような声を出して返事し、腕を組んだ。


「やっぱりそうか。

 それってあいつだろ?

 お前らが何度も取り逃してるっていう……」


「そうです。

 今回も一戦交えたんですがどうしても捕まえれなくて……」


「そうかい。

 しっかし、相手の武器も中々の獲物だな」


ダイズはしかめっ面をしながら腰に意味ありげな手を当てる。今の言葉に少し引っかかる所があり、カンダロは柄になく食らいついた。


「と言いますと?」

 

「なんだ、お前さん興味あるのか?

 今回の戦闘でついた傷によって不足していたデータが補充出来てようやく分析出来たんだ。

 恐らく相手の武器はデバウアーより出力が上だ。

 デバウアーは今やルフトジウム専用の武器みたいになってるが、元は量産を見込んで作られた武器だ。

 量産する関係で出力はやや抑えられ気味だが…正直、そこら辺の武器ににここまで傷がつけられるとは思えん。

武器を構成する各パーツはは過去の軍艦の装甲から切り出してるからな」


「それが…?」


「要するに俺っちが何を言いたいかというと――」


 カンダロにもっと近寄るようダイズは手招きする。カンダロは訝しみながらもダイズに一歩近寄る。ダイズは周りを見渡し、監視カメラも、誰もいないことを確認してカンダロに話始める。


「もう少し顔を近づけてくれ。

 ……ダイからお前のことは聞いてる。

 お前が父の墓を蹴飛ばしたいことも、お前がマキミ博士の実子だってのも全部だ。

 だからお前にだけ言うが、デバウアーに毎度のごとく傷をつけた武器の詳細を俺っちは知ってるかもしれねぇんだ。

 ずっと気になってはいたんだぜ?」


「!」


カンダロは驚きの表情で目の前の油まみれになった男を見つめた。

 

「この件の詳細は秘匿データで送る。

 ここで長話は不味い」


ダイズはそれだけ簡潔に伝えるとぱっとカンダロから離れその背中を大きく叩いた。


「おっと、悪い、邪魔して悪かったな。

 また飯行こうぜ~?」


「あははは、先輩の奢りなら行きますよ」


ダイズは笑いながらカンダロの肩辺りを強く推す。


「馬鹿抜かせこの野郎~!」


「あ!

 パワハラですよ、パワハラ!」


「同意の上だろうが?」


「違いますよ!

 …じゃあ僕は行きますね」


「おう。

 ついでにその書類、出しておいてやろうか?」


「いいんですか?

 助かります」


「これで貸し一つだな」


「分かりましたって」


 ダイズに提出用の書類を渡すと、カンダロは足早に同僚達に挨拶して会社の玄関を出る。外はいつの間にか雨が降っていて、カンダロは一旦立ち止まって折り畳み式の傘を鞄から出して空を威嚇するように上を向けて差した。


「…………」


 黒い重金属を多分に含んだ雨は今日も都市の汚れを押し流そうとする勢いで強く降り注いでいる。カンダロは一瞬だけ空を見て、そして自動販売機からお茶を買うと再び歩き出す。カンダロはすぐに表面が結露した缶を持って、会社からそう遠くない所に借りている自分のアパートの一室に戻ると慎重に家のドアにカギをかけた。


「…………」


 そしてカーテンを閉めると盗聴器や隠しカメラが仕掛けられていないか慎重に部屋の中を確認した後、ポケットから何かを取り出し机の上に置いた。


「父さん…」


カンダロは今また一歩、マキミに近づいたことを実感し小さく手が震えるのを感じていた。





                -凍てつく世界- Part 34 End

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