-凍てつく世界- Part 33
黒い絵の具をただ画用紙に塗ったように黒く、深い秘密を内包しているであろう崩壊都市を尻目に列車はさらにスピードを上げていく。都市を制圧する為の“ドロフスキー”の部隊が雪煙を巻き上げながら荒野を疾走しているのが視認でき、燃え盛る都市にこれでもかというほど砲弾やミサイルが雨あられのように降り注いでいた。制圧部隊の一番後ろには地平線に溶け込むようグレーに塗られた全長九キロを超える“ドロフスキー産業”が誇るL.A、超巨大兵器の姿もあり“ドロフスキー”が本気だということは時事に疎いルフトジウムでも簡単に理解出来る。
「なあ、カンダロ」
「はい?」
「今まで“本社都市”にいた俺には関係ないとずっと思っていたんだが、“企業間戦争”ってあんなに押し潰されそうなものなんだな。
空を埋め尽くす爆撃機に、押し寄せる戦車、そしてL.A……。
俺、あんな光景初めて見たよ」
都市の空気はどこまでも炎によって加熱され、大きな火を纏った竜巻が空へと伸びていく様子は地獄そのもので、もしこの機関車に乗れていなかったら――と考えるとゾッとする。いくら駅が安全とは言え、火災の煙や熱は容赦なく彼女達を襲っただろう。カンダロはえ?となんとも気の抜けた声を発しながら端末から目を離し、窓からルフトジウムと同じ方角を見る。そして興奮して声を荒げた。
「え、うわ、L.Aまで出てきてるじゃないですか!!
僕、初めて本物を見ましたよ!」
まるで子供のようにはしゃぐ彼の姿にルフトジウムは少しだけ不謹慎ながらも笑ってしまう。いつの時代も男は大きな物が好きなのだ。
「あんなでけえんだな。
俺は“大野田重工”のL.Aすらちゃんと見たことねえよ」
「そうですよ!
全長も質量も世界最大で積んでいる兵装は二百センチ十二連装の――すいません興味ないですよね」
「まあ、な」
「…今回の侵攻、本当に“ドロフスキー”も全力なんですね。
『未来のための独占』っていう企業理念をいよいよ本気で遂行するつもりなんでしょう」
ルフトジウムは企業理念を鼻で笑うとボロボロのコートを脱いで壁のハンガーにかけ、これまたボロボロになった手袋を外して椅子の上に放り投げた。
「あいつら、海を越えてまでよくやるよなぁ~…。
“ドロフスキー”…、他の大企業相手にたった一社だけで渡り合おうとしてるんだから大した自殺願望だよ」
「自殺願望――……そうでしょうか。
僕には何も考え無しに世界一の大企業がそんなことをするようには思えないです。
きっと何か簡単に世界を変えることが出来るようなものを手に入れようとしているのでは――?」
「どうでもいいぜ。
俺には関係ないことだ」
ルフトジウムは窓から目を離し、横になってひと眠りしようとしたその時だった。
「おい、あれ見てみろ」
赤く燃えている都市中央部に水色のキラキラとした美しい大きな光の柱が何本も分厚い雪雲を裂き、太陽光と一緒に降り注ぎ始めたのだ。
「………あの光。
見たことがありますね」
「だろうよ。
だから俺はお前に話しかけてんじゃねえか。
“鋼鉄の天使級”の光――だよな?」
「それ以外考えられないですよ。
それにしてもなんでしょうかこの感情……。
ただ綺麗だなって……」
なんとも場違いな感想にルフトジウムは首を傾げる。
「は?
綺麗だぁ?」
まるで死んだ人間の魂が安らかに天に昇るために神様が丈夫な橋をかけてくれたような光景は、カンダロが綺麗と感想を抱くのも無理はない。水色の光の柱はまるで虹のように確かにそこに存在しているが、決して触れない不思議な質感を出して座していた。
「“天使”…か」
山羊がぼそりと呟いた瞬間、列車の中に大音量で緊急アナウンスが鳴り響いた。
『お客様に申し上げます!
お客様に申し上げます!!
ただいま、“第十五資源切削都市”中央を震源とする地震の発生を予測検知しました!
列車は安全確認のため緊急停車を行います!!
急ブレーキになりますので直ちに座席に戻り、シートベルトを強くお締めください!!』
そのアナウンスが終わるや否や、バラバラに降り注いでいた何本もの光の柱が都市中央へ向かって移動し、やがて一本の太い光の柱に変わる。全ての柱が合流した次の瞬間、光の柱は空気が絶えず入れられ続けてきた風船の様に膨らみ、弾けた。
「!?」
瞬間、光の柱はその身を真っ赤な灼熱に変えた。何も知らない人が見たら天の裁きと形容せざるを得ないほどの光景。列車の乗客の中には約二百五十年前、“大崩壊”の時に大陸の形を変えた力を思い出す人も多く、ただ逃げるしかない何の力も持たない人々はただ手を重ねて神に祈るだけだった。都市全体を飲み込んだ光は空気を熱で膨張させ、強烈な衝撃波を発生させた。その力は圧力の壁となって光の柱を中心に周囲へと一気に広がっていく。グレーの雪雲は生じた衝撃波によってどこか遠くへと消し飛ばされ、雲の向こうにはどこまでも澄んだ青空が広がっていた。
「うおぉお!?」
「危ないですよ!!」
その光景にいつの間にか見惚れていたルフトジウムは列車の急ブレーキによって前につんのめり、慌てて手を伸ばしたカンダロは彼女の思ったよりも小さな体を全身で受け止めた。もう三十キロ以上は離れているというのに直ぐに追い付いた衝撃波と地震は大きく列車を揺らす。乗客の悲鳴があちこちで上がり、赤ん坊や子供の泣き出す声が列車の中を埋め尽くした。激烈な縦と横に列車が揺れている間、ルフトジウムは悲鳴のような物を聞いてはっ、と辺りを見渡そうとする。山羊もカンダロも一言も発さなかった。
「…おい。
もういいぞ」
揺れが収まったのは約三十秒後だった。ルフトジウムは強く自らを抱きしめるカンダロの肩を何度か叩き、すぐに離すように促す。
「ああ…?
ああ、はい!
あ、すいません!!」
「なんで謝るんだよ…」
「だって抱いてしまって、その…」
「抱くとか言うな。
…別に気にしてねえよ。
いいから早く離してくれ」
カンダロの頼りない胸板から顔を上げたルフトジウムはもう一度悲鳴の正体を確かめたくて窓の外を見る。しかし、さっきまでそこにあった“第十五資源切削都市”は大きな真っ黒のクレーターを一つだけ残し、完全に“消滅”してしまっていた。地下に張り巡らされていたトロッコの通路も、“鋼鉄の天使級”が隠されていた格納庫も、“AGS”の支部も、安全と言われていた“カテドラルレールウェイ”の駅ですらその場には残っていなかった。列車の外には肌に着いたり肺に入るだけで深刻な病気を引き起こす環境汚染物質の青い光の粒子だけがキラキラと輝いていた。
『お客様に申し上げます。
お客様に申し上げます。
たったいま地震が通り過ぎました。
列車は車両と線路の点検を行いまして、二十分後に出発いたします。
ただいまの揺れで体調を崩された方、また怪我をなされた方は医務室にいらしてください。
また、列車外には環境汚染物質が降り注いでおります。
つきましては列車外には絶対に出ないよう、強く要望致します。
残念なことに、本日を持ちまして“第十五資源切削都市”駅は廃止となりましたとお伝えいたします。
本日も“カテドラルレールウェイ”をご利用頂きありがとうございます。
快適な旅をお楽しみください』
-凍てつく世界- Part 33 End




