-凍てつく世界- Part 32
顔面に強烈な一撃を食らったロボットは装甲車の上から落ちるとアスファルトを削りながらその身を道路上に横たえる。顔面のバイザーのようなものは割れ、各関節からは潤滑液が漏れ出していたが、悲しいかな戦う事しかプログラムされていないロボットはまだルフトジウム達を追いかけてくるつもりだ。
「もういいってしつこいんだよ!!」
ルフトジウムは機関銃を頭上に掲げて威嚇するように振ると、まだやる気の敵に向かって石を投げつける。ひび割れだらけのアスファルトを踏みしめながらロボットはゆっくりと立ち上がると上半身と下半身が分離し、ドローン形態に切り替えて追いかけてこようとする。
「マジかよ…。
いいぜ、こいよ!!
ボロッボロにしてやるからよ!!!!」
息まいていたルフトジウムだったが、発進するドローンの動きを封じるかのように地震で崩れたビルの瓦礫が彼の者に襲い掛かった。装甲があろうが無かろうが何トンもの重さがある瓦礫に押し潰されて耐えれるわけが無い。同型機と同じようにまるでスポンジの様に装甲版が曲がり、胴体は砕け、首が根元から零れ落ちるとロボットはようやくその動きを止めた。
「はぁ………もう動くなよ頼むから…」」
大きく肩で息をしながらルフトジウムは機関銃を放り出し、引っかかっているデバウアーを横目に、車内に戻った。カンダロの安全運転が光る装甲車はようやく崩れ行くビル街を抜け、郊外に差し掛かる。地震がようやく止まったのか電線達はダンスを止め、冬毛でまん丸になった鳥がその上で羽を休めている日常らしい光景が戻って来ていた。
「終わった~……。
もうさっすがに疲れたぜ…」
『まもなく目的地周辺です。
運転、お疲れさまでした』
緊張からか手汗でベタベタになったハンドルを握っているカンダロが、助手席に移動したルフトジウムを笑顔で迎えてくれた。
「お疲れ様です。
何とか、振り切れましたね。
駅はもうすぐそこです。
やっと帰れますね」
じっとりと汗を含んだ前髪を掻き上げ、ルフトジウムは大きくため息をつくと助手席の背もたれを倒し、横になる。
「マジでもう疲れた…。
あのな、頼むから一番いい席を取ってくれ。
横になりたい。
そんで横になる前にシャワーを浴びさせてくれ」
「はは、それは経費次第ですね…」
角を右に曲がると前方に見たことがある建物が出現する。二人と一匹を乗せた装甲車は瓦礫でベコベコに凹みながらも何とか“カテドラルレールウェイ”の運営する駅に辿り着いたのだった。
※ ※ ※
「おい!
この私を一人にするつもりか!?」
静かになったと思ったらまた始まった。そういうように一人と一匹、乗務員の二匹は顔を見合わせる。カンダロチームが駅に滑り込んだ時、ちょうど“カテドラルレールウェイ”の汽車はエンジンを温め終わり、十五分後に発車する所だった。“AGS”の証明書を見せ、チケットを買い求めて群がる人達を掻き分けて最後の一等客室と二等客室のチケットを買ったカンダロ達は車から“荷物”を降ろし、一等客室にその“荷物”を押し込んだ所だった。
「申し訳ありません。
ですが、我々は二等ですから…」
カンダロが謝りながらもその体を一等客室の中へと押し込む。ヤマナカは体の動く部分をドアのヘリに引っ掛け、部屋の中に押し込まれないよう抵抗しながらもすごい形相でカンダロとルフトジウムを睨みつけた。
「貴様ら~~!!!!
またもや私を少し大きめの荷物のようにしおって!!
護衛任務は“大野田重工”の本社都市に着くまでだろうが!!
そういう契約のはずだぞ!!」
「そうは申されても列車内は我々も管轄外で…。
やっぱりプロに任せるのが一番ですから」
カンダロが困ったようにヤマナカに言い放った横で、乗務員のキツツキとセキセイインコの獣人がヤマナカに頭をゆっくりと下げ、カンダロから応対を引き継ぐ。
「ヤマナカ様、カンダロ様から事情をお伺いしました。
どうか、ご安心を。
こちらの部屋は一等客室ですので、係りの者がお食事やおトイレなど全てお世話させて頂きます。
それに専門の護衛の者も付けますので……」
美形の二匹にそういわれヤマナカも悪い話ではないとようやく考え直したらしい。ドアのヘリから手を放すと要望を淡々と押し付ける。
「ならばいい。
そうだな、今すぐ私の替えのパーツを持ってこい。
それと甘いコーヒーとお菓子、映画を何本か――」
乗務員がカンダロ達に目配せしながらゆっくりと扉が閉じると、ヤマナカのうるさい声は一瞬で聞こえなくなる。ルフトジウムは小さく息を吐いてカンダロと目を合わせ、右手を手首から回した。
「さすが一等客室だぜ。
あのうるさい声を全部遮断するぐらい防音が完璧と見える」
「そうですね。
残念ながら僕達の部屋はここまで防音性能は無いでしょうが、寝転ぶことぐらいは出来るはずです」
ルフトジウムは大きく息を吐いて、自分の胸の中でくすぶっていた物を全部吐き出すと部屋へ向かって歩き出す。
「本当に疲れたぜ……」
指定された二等客室に部屋に一人と一匹が辿り着くと機関車が発進するときの汽笛が何度か鳴り響いた。床下から振動が伝わり、ゆっくりと列車は走り出す。ルフトジウムは体を投げ出すように掃除が行き届いたふかふかのベッドにもなる椅子に座り込むと、緊張の糸が切れた体からどっと疲労が溢れ出し、体が重くなった。
「あ”~~~…やっと帰れる~~~…」
「そんなに長くいたわけではないですがかなり長く感じましたね」
「本社都市に戻ったら休暇を申請してやる。
そんで美味しいものを沢山食べてハルサに――…」
その名前を言った途端胸の中がチクリと痛んだ。
「まだあの小さい子と続いてるんですか?」
まだ何も知らないカンダロは揶揄うような表情をしてふふ、と笑う。しかしルフトジウムは返事を返さずに黙り込んでしまった。
「………」
「?
どうしたんですか?」
ルフトジウムは何も答えずカンダロに仕事の話を振る。
「もう今回の任務の成功はもう報告したのか?」
「え?
ああ、はい。
駅に着いたときにパパっとやりましたよ」
「備品損失報告については?」
「そちらはまだです。
どの装備がダメになって、どの装備が残っているのかについて本部についてから改めて見ようと思っています。
どちらにしても今はやる気が出なくて…」
表情を暗くするカンダロ。
「ああ~……まあ、そうだよな。
あれだけのことがあったんだからなぁ…」
ルフトジウムは複雑な表情を浮かべ、窓の外の景色に目を移した。空を分厚い雪雲が埋め尽くし、またチラホラと舞い始めた白い雪が窓にへばりつくと熱で溶け、水に変わっていく。汽車は徐々にスピードを上げ、燃え盛り灰へと返っていく都市から遠ざかる。
「……マサノリ、無事に汽車に乗れたのかな」
窓ガラスを吐息で白く曇らせルフトジウムはぽつりと呟く。端末で報告書を書いているカンダロは視線を上げずに肩をすくめた。
「正直分からないですね。
少なくとも乗員名簿には載っていませんでした。
まあ、最もこの異常事態ですから、記載していない人も沢山乗ってますけどね」
「気にしても無駄かぁ」
「きっとあの人ならきっと一本前の列車に乗って脱出してますよ。
そんな気がします」
「気休めにしかならんが、俺もそう願ってるよ」




