-凍てつく世界- Part 31
ルフトジウムの顔を蹴り飛ばす為に戦闘用ロボットの角ばったつま先が彼女を目掛けて迫りくる。ルフトジウムは攻撃を躱す為にとっさに銃座を回し、機関銃本体で敵の足技を止める。
「おいおい、挨拶も無しか?」
機関銃の銃身は曲がり、使い物にならなくなったが敵の隙を作り出すことは出来た。彼女は腕と足の力を使い銃座からすごい速さで抜け出すと、装甲車の天井に腕を組んで佇んだ。
「ルフトジウムさん!?
大丈夫ですか!?」
時速六十キロで走る装甲車の上は、風切り音で溢れていたがカンダロの声は何とか届く。ルフトジウムは目の前のロボットをつぶさに観察しながら声を張り上げてカンダロに言葉をぶつけた。
「とにかく駅まで突っ走れ!
なんかよく分らんロボがいやがるんだ。
こいつ、いつの間に乗りやがったんだ?」
姿勢を低くしたロボットの肩の部分には堂々と“ドロフスキー産業”のマークが入っており、こいつの所属企業がどこなのかについては考えるまでもない。ルフトジウムはロボットを睨みつけじりじりと銃座から柄が見えているデバウアーを引っ張り出そうと引っ張るが、獲物はピクリとも動かない。どうやらどこかで引っかかってしまっているらしい。
「…クソ面倒なことになったな」
ロボットの両手についているナイフの刃渡りは凡そ四十センチ程度だが装甲車の狭い天井では十分すぎるほどのリーチだ。リーチの不利を補うためにデバウアーを使いたかったのだが――。ルフトジウムは口をきゅっと結び、視線を外さないようにして相手の持っているであろう装備を出来るだけ把握しようとする。
「ロボ…?
あ、おそらくそれ“ドロフスキー”の戦闘用ロボットですよ!
“ドロフスキー”にはドローンが合体してロボになるモデルがあるって聞いたことがあります!」
腕についているナイフ以外では背中のロケット弾だろうか。肘近辺には裂け目のようなものがありそこからも何かが出てきそうだ。
「はっ、だとしたらありがたいね。
わざわざ高さというアドバンテージを捨てて同じ舞台に立ってくれたってことだろ。
こいつを俺の手でこいつをぶん殴ってやれるってことだよな?」
「そうですけど気を付けてください!
そいつは―――!」
先手必勝。ルフトジウムはロボット相手に一気に距離を詰めると顔面についているであろうセンサー類と顎を目掛けて掌底を繰り出す。まるで壁を殴ったかのような固い衝撃が伝わるが、ルフトジウムは怯むことなく、続いてがら空きの相手の胴体目掛けて山羊の脚力を込めた蹴りを叩き込む。だがしかし…。
「いってぇ~!!」
「僕の記憶が正しければそいつ確か部分的に分厚い装甲があるはずですよ!」
ロボットはルフトジウムの蹴りを食らってもまるで戦車のようにたじろぎもしない。それどころかルフトジウムに対して一歩近づくと、右手のナイフを振り下ろす。
「もっと早く言いやがれ!
どの部分だ!」
「おそらく手と頭、足…胴体燃料部…じゃないですかね?」
「ほぼ全部じゃねえか!」
「そりゃまあ、兵器ですから…」
ルフトジウムはしゃがんでナイフを交わし相手の胴体に近づくと、手についているナイフを何とかして奪い取ろうとする。関節部分を押さえ、もう左手のナイフを警戒しながら右手のナイフに手を伸ばしてみる。しかし、ナイフは装甲と装甲の隙間がっちりと固定されていて、とても動かせそうになかった。
「まぁ、そりゃ簡単には剥がれねえよな…うおっ!?」
ロボットは腕に組みついているルフトジウムのジャケットをがっしり掴むと、彼女を持ち上げる。引き剝がされないよう力を込める山羊ではあったのだが、全力の半分も出せていない今の彼女の握力ではロボットの力に打ち勝つことはできなかった。ロボットは容易にルフトジウムを引きはがすとそのまま彼女の体を車の天井へ叩きつける。背中全体から強烈な衝撃が体中を駆け巡り、痛みとなってルフトジウムの内臓が揺れる。
「ぐっ――!」
「ルフトジウムさん、大丈夫ですか!?」
痛みで肺の空気が抜け、視界がチカチカと輝き、一瞬動けなくなった彼女の顔面目掛けて敵のナイフの切っ先が叩き込まれる。ナイフが刺さるギリギリの所でなんとか体を回転させ、攻撃を躱したルフトジウムは、先ほどの敵の蹴りで壊れた機関銃からマガジンを抜き取ると手に握った。
「バカ痛ぇ~~!!
もうこっちはボロボロなんだよこの野郎!!」
マガジンの角が相手に当たるよう上の方を持ち、彼女は相手のナイフ攻撃をバック転で回避して空振りさせると、すぐに敵の両腕に蹴りを叩き込む。戦闘用獣人の力を込めた蹴りは相手の装甲を軽く凹ませ、衝撃はロボットの動きを鈍らせる。山羊は持ち前の軽やかさと機動力ですかさず懐に潜り込み、相手の生物のような動きを出している胴体関節装甲の隙間を目掛けてマガジンを全力でねじ込んだ。
「どうだ!
ざまぁ見やがれ!!」
そのままルフトジウムは相手の股下を通り抜けると背後に立ち、今度は相手の首付け根目掛けてマガジンによる殴打を慣行する。マガジンが敵の首付け根部分を何度も叩き、相手の駆動系が捻じ曲がるが敵もなかなかさる者。こちらも戦闘用とされているだけあって、敵ロボットはナイフから機関銃に武器を切り替えると機械らしく腕を百八十度付け根から回転させ、山羊に目掛けて銃弾を放った。
「こんな至近距離で銃使ってんじゃねぇ!」
ルフトジウムは銃口がこちらを向いた瞬間にロボットから離れ、もう一度デバウアーが引き抜けないか試行錯誤する。やはりデバウアーはどこかが引っかかっているようで全く動かない。
「カンダロ、デバウアーどこがひっかかってんだこれ!?」
「えっと…すいませんちょっと今は見る余裕がなくって…!」
「はぁ!?
そりゃ一体どういう――」
不満を漏らしたルフトジウムだったが、車の行く先を見て言葉を飲み込んだ。道路上にパラパラと瓦礫とガラスが落ちてきている。どうやらあと少しでビル街を抜けるというのに地震が発生したらしい。突き上げるような大きな揺れによって道路がうねり、脇に立っているビルも揺れに沿ってギシギシとその身を左右に振り始める。今から大惨事が起こることは簡単に予見できた。
「…俺はそっちにリソース割かないからな!!
上から瓦礫が落ちてくるのだけは勘弁してくれよ!!」
「はい!
僕に任せてルフトジウムさんはそいつを!」
ロボットはルフトジウムを目掛けて気が狂ったように銃弾を浴びせてくる。彼女は慌てて機関銃についている盾の後ろに身を寄せると、頭の中でどう攻めるか再考する。体の関節にねじ込んだマガジンのおかげで今現在あいつは胴体を傾けることが出来ない。つまり足元が死角になっているということだ。ルフトジウムはロボットの銃撃が止み、近接攻撃を仕掛けてくるタイミングを見計らって盾から飛び出すと相手の両腕を掴み、無理やり相手の体を引きずって機関銃を支えている支柱に相手のナイフを当てた。機関銃を支える直径五センチほどの支柱は超振動するナイフに当たるとあっさりと切れ、支えを失った機関銃が天井にゴトリと落ちる。
「もうお前は用無しだぜ!」
ルフトジウムは前屈みになっているロボットの胴体に思いっきり蹴りを入れ今の場所よりも下がらせると、落ちた機関銃を両手で拾い上げた。敵の攻撃を受け、銃口が明後日の方向を向いてしまっている機関銃だったが鈍器として使い道はある。
「ほら、かかってこいよポンコツ。
まだ俺様に勝てると思ってるならな!」
体制を整え、ナイフを振りかざして突っ込んでくる戦闘用ロボットにルフトジウムは捨て台詞を投げつけ走り出す。
「さっさと消えな!!」
左上から振り下ろされるナイフに対して体を右にずらし、敵の動きを読み攻撃をいなした後、ロボットの頭部目掛けてルフトジウムは体を捻って回転を付け、両手で持った機関銃の銃底を叩きつけた。総重量三五キログラムにもなる機関銃の銃底はロボットの頭部に触れるとその質量をもってセンサー類が詰まった頭部に強い衝撃を与える。人間や獣人ならばその瞬間頭蓋骨が陥没し、死を迎える程の衝撃をロボットが簡単に吸収できるはずもなくロボットの胴体が浮き、狭い天井からその機体が落ちるのにそう時間はかからなかった。
「場外ホームランだ!
ざまあ見やがれ!」
-凍てつく世界- Part 31 End




