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-凍てつく世界- Part 30

「うぉおおお!?!?!?」


運転席からカンダロの鋭い悲鳴が聞こえる。運転席からでも上から襲い掛かってくる瓦礫の津波が見えたらしい。


「うおぉおおじゃねぇ!!

 もっとアクセル踏みやがれ!!」


「べた踏みしてます!!

 でもこれ全部避けれるかどうか――!」


「やるんだよ!!」


「痛いですよ!!!!」


 装甲車は次々と降り注ぐ小石やガラスを持ち前の装甲で弾き飛ばしながら前へ進む。ルフトジウムは銃座から空で放置されていたマガジンを後ろから投げつけてカンダロに気合を入れてやった。傾きを徐々に強くしていくビルから降り注いだ瓦礫は、装甲車が駆け抜けた直後の道を次々と埋め尽くしていく。ルフトジウムはその光景を見てしまい、心臓を跳ねあがらせる。


「後ろ見るんじゃなかったぜ……」


 落ちてくる瓦礫の山は装甲車とそれほど距離があるわけではない。すなわち少しでもスピードを緩めれば装甲車は倒壊するビルの下敷きになる。


「敵接近!

 ルフトジウムさん!?

 サボらないでくださいよ!」


「流石に俺でも心臓が持たねえよ…!」


後部座席で薬を飲みながら何かを喚いているヤマナカに軽く同情しながらもルフトジウムは機関銃にまた取り付く。突如車は左へと大きく曲がり、脇腹を思いっきりぶつけたルフトジウムは痛みに震える。


「お前さぁ……!」


「ああ、ごめんなさい!!

 でも必死なんで…!」


 山羊は怒りをぶちまけるように強く機関銃を握り、ドローンを目掛けてエネルギー弾を撃ち続ける。カンダロは塊で落ちてくる瓦礫を避けるようにハンドルを何度も何度も切り、スキール音とともに装甲車はその図体を捩る様にして曲がる。ぎりぎりで避けることが出来なかったタイヤ程の大きさをしたコンクリートの塊がルフトジウムのすぐ横に落ち、装甲車の天井を大きく凹ませる。


「ッ……!?」


あと数センチずれていたらルフトジウムの頭をカチ割っていたであろう石の塊は天井から道路へと滑り落ちていくが、その衝撃はルフトジウムの集中を断ち切るには充分だった。


「ああ、くそっ、神様…」


 ルフトジウムは思わず呟き、機関銃から手を放すと歯を食いしばって目を瞑る。こんなことで死にたくはなかった。戦友が立派な戦死を遂げたというのに自らは誰にも看取られることなくビルに押し潰されて――。次の瞬間には何トンもの大きさの瓦礫が装甲車を押し潰してもおかしくない。こんな状況で命が無いドローンを撃つことだけに集中しろというのがどだい無理な話だ。情けないと思いながらも半ば心が折れ、闘志を失いかけているルフトジウムはふとトランクの中で眠る戦友に話しかけていた。


「サイント…。

 お前ならすぐに撃ち落とせたんだろうなぁ…。

 頼むよ…助けてくれよ……」


山羊は二丁拳銃をはじめとしたありとあらゆる武器に精通していたサイントがもういない事実を噛みしめ、頭を抱える。大事な時にグジグジとしている彼女の気配を察したカンダロはさっき投げつけられた空のマガジンを手に取り、恨みも込めてルフトジウムのふくらはぎ辺りを思いっきり叩いてやった。


「痛ァ!

 カンダロ、てめぇ!!

 なにしやが――…」


怒鳴りつけてやろうとしたルフトジウムの声にカンダロの怒声が重なる。


「死人に祈ってる暇あるなら集中しろ!!!

 僕が必ず、必ずみんなを生きて帰すから!!!!」


ルフトジウムはその声に押され、自分が言おうとしていた言葉を飲み込まざるを得なかった。そして彼のそんな単純な言葉は単純なルフトジウムの闘志にまた油を注ぎこむ。


「……お前…。

 今、言ったな?」


「ああ、言った!!

 言ったよ!!!

 いいからさっさと敵を落とせ、“断頭台”!!

 死にたいんじゃなけりゃあな!!!!」


瓦礫が地面に当たって砕ける音よりも大きな声は今までルフトジウムがカンダロの声の中でも一番大きなものだった。


「生意気言いやがって…!

 臆病者のお前がこの俺に発破を掛けたつもりかよ…!?」


「今のお前も臆病者だろうが!!

 人の事言えた義理かよ!?」


「てめぇ、覚えてろよ!!!!!!

 もしお前が瓦礫避けれずに死んだら天国でもずっとケツをシバき倒してやるからな!!」


 大きく息を吸い、ルフトジウムはサイントが今までもそうしていた様に落ち着いて相手の軌道を読む。無人である以上、あの強烈な回避行動はプログラムだ。奴らが銃口の向きを見て回避行動を取っていることはもう分かっていた。だからこそ、相手が回避行動を取ることを前提に上から落ちてくる瓦礫の場所を予測し、弾丸を撃ち、誘導する。たったそれだけの事。ドローンはルフトジウムの銃口から逃げるように動いていたが、いつの間にか上から落ちてきていた瓦礫の中に飛び込んでしまっていた。


「ざまあ見やがれ!!」


 雨のように降り注ぐ瓦礫に飲み込まれたドローンはその機体をまるで発泡スチロールのようにバラバラに四散させると、亀裂の入った燃料タンクが引火し爆発する。爆発はドローンに積まれていた数多くの兵器にも火を点けると大きな一つの爆発となり、装甲車を後ろから蹴り飛ばした。そのおかげで装甲車は倒壊するビルの危険区域から抜け、青い空がどこまでも突き抜ける場所に飛び出す。


「はぁっ、はぁっ…!」


大きく息をしながらカンダロはアクセルを緩める。彼の額には大粒の汗がいくつも浮かんでおり、その目は血走っていた。


「いやーナイス運転だったぜ。

 しっかし、よく全部避けれたなぁ」


額の汗を拭いカンダロは大きく息を吐いて車の天井を拳で叩いた。


「偶然ですよ、偶然!!

 もう二度とやりませんからね!」


「二度とやるも何も、こんな道を選んだお前の責任だろうが。

 今からでも迂回路走ればいいだけだろ」


「時間が足りなくなるよりはいいじゃないですか…って前前!!」


「うおっ!?」


 カンダロとまだ冗談を飛ばしあいたい所だったが、前方から装甲車に銃弾が次々と叩きつけられると慌てて銃座を回転させる。ドローンはまだ一機落としただけだ。あと二機残っている。自らの存在をアピールするかのように二機は編隊を組んで絶え間なく装甲車に向かって弾丸を叩きつけていた。


「どんだけ構ってほしいんだァ!?

 そう急かさずとも今すぐにお前らを地面に叩きつけてやるから覚悟しやがれ!!」


ルフトジウムはすぐに銃口をドローンに向けて発射トリガーを引いた。


「あれ?」


しかし、機関銃からはもうエネルギー弾は出なかった。ルフトジウムは慌てて弾が詰まってないかチャンバー内を開いて確認する。チャンバー内は空っぽで、弾詰まりではない。となると残された理由は最悪だ。


「ルフトジウムさん!?

 何やってるんですか!?」


ドローンからの銃弾が車を叩き、フロントガラスに蜘蛛の巣状に深いヒビが入る。いくら防弾ガラスとはいえ、何発も撃ち込まれると耐えきる事など出来ない。ルフトジウムは車内に戻るとカンダロの耳元へ行き、状況を報告する。


「あのな、弾が無くなった」


「えぇ!?

 いや、代わりの弾倉は!?」


「車内を見渡す限り無いんだよな」


ルフトジウムは弾倉が収納されていた形跡のあるネットの中をまさぐる。その中には何もなくルフトジウムの右手は虚しく空を掴んだだけだった。


「最悪じゃないですか!!!」


「さっきからそう言ってるだろ!!」


一人と一匹の会話に割り込むように天井に何かが張り付いたような鈍い金属音が車内に響き渡ると、間髪入れず助手席側の天井を貫通して何かが突き出して来た。装甲車の装甲をものともせずに切り裂いた獲物は超振動するナイフのようだ。


「わああああぁあ!?!?」


全く予想していなかった攻撃にまた大声を上げてたじろぐカンダロ。ルフトジウムはカンダロの口を塞ぎ、次の攻撃に備えて身構える。


「静かに!

 背を低くしろ!」


「僕、運転してるしアクセル踏んでるのに!?」


「死にたくなけりゃ座席にめり込むぐらいの勢いで行け!」


 ここに来て新手を疑ったルフトジウムが状況の把握も兼ねて銃座の隙間から顔を出すと、そこには見たことがない一機の戦闘用ロボットが立っていた。身長は百六十センチ程度と戦闘用にしては小柄であったがそのボディにはいくつもの鉄のワイヤーが張り巡らされ、装甲のようなものもついている。腕や足には先ほどのドローンと同じような機関銃が取り付けられており、顔はヘルメットを付けているかのようにのっぺりとしていて起伏は無い。そんな顔を形作る透明のガラスの向こうにはセンサー類が付いていることを表す白色の光が絶えず点灯している。


「おいおい勘弁してくれ。

 まだ何か来るってのかよ…」




                -凍てつく世界- Part 30 End

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