-凍てつく世界- Part 29
バラバラと水冷式小型電磁パルスディーゼル複合星形エンジンが唸りを上げ、長年の眠りからたたき起こされた装甲車のマフラーから不完全燃焼の赤色の炎が噴き出す。グネグネと曲がる山道をグリップ性能を生かして駆け抜けるカンダロの目は真剣そのものだったが時々車体が大きく揺れる旅ルフトジウムは覚悟してシートベルトを強く握りしめていた。
『法定速度を超えています。
スピードに注意してください』
「…………」
ルフトジウムが想像していたよりもカンダロの運転技術は確かなものだった。ガードレールにバンパーが擦れる程のインを攻めているにも関わらずぶつからない。それほど高くない標高のおかげで山道はすぐに終わり、一人と一匹は市街地へと通ずる大通りに装甲車は飛び出した。
『法定速度を超えています。
このまま直進です』
駅は市街地の中央を抜ければあと九キロ程で辿り着く場所にある。だが市街地に聳えているビルは先ほども説明した通りボロボロだ。ビルとビルの隙間を貫く大通りを潜り抜けるのは正直気が憚られており、ルフトジウムもカンダロに「迂回しようぜ」と言わなかった。普通ならばリスクマネジメントでわざわざ危ない所へ突っ込まないからだ。しかし、カンダロはここで勇気を出してしまったらしい。
「はぁ!?
お前、迂回しないのかよ!?」
「え!?迂回するんですか!?
でも正直、何とかなると思うんですよ。
それに迂回したら列車の発車時刻に間に合わないかもしれないです」
時間はかかるものの市街地を迂回し、安全に進むとばかり思っていたルフトジウムに対して、カンダロは高層ビルの真ん中を抜けることを選んだのだった。ルフトジウムは体を起こし、迂回路を指差し、そしてビルを指差した。
「何とかなるでどうにかなると思ってのかよ!?
崩れてきたらどうするんだ!?」
「何かきっかけがないと崩れないから大丈夫ですよ。
幸い“ドロフスキー”は僕達を見つけていないみたいですし」
ルフトジウムは大きくため息をついて顔を覆う。
「俺はもう知らねぇぞ…頼んだからな!」
「なんか心配になってきたじゃないですか!
でも多分大丈夫だと思います。
これだけ苦労したんですから、僕達」
「意味が分からん」
「まあ大船に乗った気持ちでいてください。
目を瞑って寝ていてもいいですよ」
落ち着いた声だったがそんな声に騙されるルフトジウムではない。今すぐにでも迂回路に入るよう何度か抗議したのだが、カンダロは聞く耳を持たず、またそんな元気はやがてすぐに消え去る。
「うっ……きもぢわるい…!」
「吐くなら窓開けてくださいね」
「ん…」
道路の表面は爆撃と地震の影響でガタガタになっており、車内は縦横無尽にシェイクされる。流石に気分を害したルフトジウムは窓を開けると外の空気を吸う為に顔だけ外に出した。カンダロの言うとおりこのまま無事に邪魔が入らずに走ることが出来れば、駅まではそう時間はかからない。不安定なビルだって何も起こらなければカンダロ達を押しつぶす機会に恵まれないに決まってる。“ドロフスキー”の爆撃も今は止んでおり、最後の編隊が雲の向こうへと消えようとしている。本隊が到着するまでまだまだ時間はあるだろう。カンダロがそこまで読んでこの行動を起こしたのだとしたらルフトジウムはまたカンダロを少し見直さなければならない。
「ん…?
やべぇ…。
来た、来たぞカンダロ!」
「まさか敵ですか?」
「このタイミングで気が付くなよなぁ~!!」
このまま何事も起こらず駅までたどり着くことが出来ると思っていたカンダロとルフトジウムだが、そうは問屋が許さなかった。爆撃機編隊最後の部隊の一機がルフトジウム達を見つけたらしい。すぐに爆撃機の腹部にくっついていた無人ドローンが発進すると一目散にこちらへ向かってくる。
「たかが装甲車一両にドローン三機なんて“ドロフスキー”さんの所はよっぽど暇を持て余してると見えるぜ」
「ルフトジウムさん、迎撃の準備してください!
早く銃座についてくださいよ!」
「んなこと言われなくてもわーってる!」
ルフトジウムは窓を開けっぱなしにすると、天井の穴からデバウアーと一緒に顔を出した。それとほぼ同時にドローンが放った銃弾が車の天井を叩く。
「あぶねっ、あぶねぇ!」
「反撃!
反撃してください!」
「わーってるっての!!」
ルフトジウムは機関銃に飛びつくとスイッチを入れ、上空を縦横無尽に飛び回るドローンに向かってエネルギー弾をバラ撒きはじめる。
「くそっ、当たらねえ!」
ドローンの挙動は直線的な物ではなく三つのエンジンから生み出される揚力を自在に操りまるでトンボのように急に止まったかと思えば上下左右に自由自在に機動する。
「いいから早く当ててくださいよ!」
「俺は銃がへたくそなんだよ!
サイント~~!!
助けてくれ~~!!」
「泣き言言ってる場合じゃないです!
また来ますよ!」
追いかけてくる時はまだ読みやすい直線的な軌道を描いて後ろからついてくるドローンに向かってルフトジウムは機関銃の銃口を向ける。しかしルフトジウムの動きを探知したドローンは無人の機動力を生かして銃口を避けるように回避行動に入りつつ、装甲車の行く手を遮るように翼にぶら下げていたロケット弾を放った。
「へっ、どこ狙ってやがる!」
ロケット弾は装甲車を飛び越える。へたくそなのは俺だけじゃなくて相手もだ、とほっとしてたルフトジウムだったがすぐにカンダロの悲鳴が運転席から上がった。
「あいつビルを!!」
どうやら初めから装甲車を狙ったわけではないらしい。ドローンが狙っていたのはずっとルフトジウムが懸念していた崩れかけのビルだった。ビルの根本に着弾したロケット弾は弾頭にたっぷり詰め込まれた高性能爆薬を炸裂させる。爆発によって生じた爆風は秒速三百メートを超えるスピードで空気を捻じ曲げ、強烈な圧力となってビルを辛うじて支えていたいくつかの支柱を削り取った。数多くの要因で大きなダメージを受けていたビルはとてもそんな爆発に耐えきれずとうとう根本から崩れだす。
「こんなの避けれないですよ!!!」
装甲車の前に割れたガラスや小石がぽつぽつと降り注ぎ、やがてそれらは大きな瓦礫と変わっていく。恐怖からスピードを緩め、今すぐにブレーキをかけたとしても装甲車はすでに大きなビルの倒壊範囲内に入ってしまっており、逃げ場は既に彼女達には無い。
「スピード緩めんなバカ!!
今すぐアクセル踏め、アクセル!!!」
ルフトジウムはしつこくロケット弾を撃ち込んでくるドローンにエネルギー弾をお見舞いしながら、カンダロに向かって叫ぶ。すぐに三機のうち二機がロケットと銃弾を次々と打ち込んでくる中、装甲車が辛うじて被弾していないのはひとえにルフトジウムの牽制のおかげでもあった。
「わ、分かりました!
しっかり掴まって下さいよ!」
装甲車のエンジンが唸りを上げ、大きなトルクと馬力にお尻を蹴飛ばされた装甲車のスピードがぐんぐん上昇する。
「右に左に動きながら走ってく……おいおい…マジかよ…」
ドローンを追いかける拍子に見上げたルフトジウムは思わず唾を飲み込んだ。
「だ、だから迂回しようぜってあれほど…俺は……」
どこまでも済んだ青空を埋め尽くすようにバラバラに散らばったビルの破片が降り注いでくるのが視野に入ったからだ。先ほどまでのは序章。倒壊のフィナーレに向かう過程で崩れるビルから生成されたのはまさに鉄と瓦礫の津波だった。人が居なくなる前は大規模な商業施設だったことがわかる建築物の側面には『今すぐ幸せと安心を買おう!最高デパート!』と書かれた横断幕がまだ残っていた。
-凍てつく世界- Part 29 End




