-凍てつく世界- Part 28
※ ※ ※
「さよならまで言ったけど…。
すまんな、サイント。
狭いけど少しだけ我慢してくれよ。
駅に着いたらすぐに出してやるからな」
都合よく車の中にあった黒い死体袋の中にサイントの遺体を入れ、付いているチャックを閉じる際ルフトジウムは囁くように謝り、彼女の腹部辺りを軽く二度ポンポンと叩いた。彼女の顔は生前の様に少し困ったような表情を浮かべている。ルフトジウムは出来るだけ優しく彼女を後部のトランクへ入れると死体袋を挟まないように丁寧にドアを閉じた。さて、今度はギャーギャー騒いでいるヤマナカを後部座席に押し込む番だ。
「貴様ら、この私をまるで積み荷のようにしよって~!!!
覚えておれ!!!」
先にその任務に当たっていたカンダロの所へ行くと案の定苦戦していた。
「すいません、ヤマナカさん。
事態が事態なんで…。
安全のためですから、我慢してください」
「いいか!!
貴様らは知らんかもしれんが、私が“大野田重工”にもたらした数多くの技術は――」
聞いていられない。ルフトジウムは馬鹿力でドアの淵でいつまでも粘るヤマナカの体を持ち上げ
「ドア閉めますから手とか挟まないようにしてくださいね」
カンダロと共同で無理やり後部座席へと押し込み、分厚い装甲ドアを閉じた。彼の声はドアを閉じると全く聞こえなくなった。何かを喚き続けているのは窓からも見えるが、いちいち反応していられるような状況ではなく、やっとのことで一仕事終えたカンダロはふう、と息を吐き出す。
彼はいつの間にかべったりと服に着いていたサイントの血を優しくハンカチで拭うと、隣でデバウアーを拾い上げているルフトジウムに話しかけた。
「これで以上ですかね」
「ああ。
まあ、一応は…だけどな」
カンダロは周囲を見渡し、もう一度駄目元でマサノリに電話をかける。しかし彼が電話に出ることは無い。一人と一匹は地震もしくは爆撃の影響で通信が繋がらなくなった事を考え、先ほど周囲を五分ほど捜索したのだが彼の姿はなかった。
「マサノリさんは結局見つかりませんでしたね。
どこにいるのかもさっぱりですし、電話しても出ませんし…」
最後の手段としてカンダロは分隊員のバイナルパターンを表示しているモニターを睨むが、マサノリを示す部分はうんともすんとも動かない。もし彼が死んでいた場合は『死亡』の文字が表示されるので死んだわけではないだろうが、不自然に彼の痕跡はぱったりとこの周辺から消えてしまっていた。彼の最終地点を示す位置情報はルフトジウムと別れを告げた扉近辺で、当然その周囲も捜索したのだがそこにも彼の姿はなかった。状況も時間も逼迫しているカンダロ達にはこれ以上マサノリの捜索に時間をかけている余裕はない。
「ああ。
でもあいつのことだ。
案外先に駅で待ってるかもしれねぇぜ。
駅に着いた瞬間「よう」なんて手を挙げてそうじゃねぇか?」
「…確かに」
ルフトジウムはボロボロになったデバウアーが異常なく作動するか細かくチェックしながら気休めを吐いた。カンダロも小さく頷き、そうであってほしいというように両手を合わせて目を閉じる。
「“就業規則”、お前も読んだんだろ?
班員の独自行動により班全体の安全が脅かされる場合は――」
「班長の判断により対象班員を班より除名することが可能…ですよね」
「そうだ。
だからお前が罰せられることは無い。
俺達は出来る限りのことはしただろうしな」
「そうですよね…」
カンダロは諦めたように目を開き、今から自分が運転する装甲車を遠巻きに眺めた。
装甲車の中でも軽装甲機動車とも呼ばれる今日の相棒の全長は五メートル弱、幅二メートル強、重量は五トンにもなる。運転席と後部座席に座席があり定員は五名。常時四輪駆動で、水冷式の小型電磁パルスディーゼル複合星形エンジンが積まれており、最大馬力は三百五十馬力にもなる。屋根には埃を被ったエネルギー機関銃が一門積まれており、側面には“大野田重工”の社章が印刷されている。かなり大きい車だが都市内を走る分には問題ない大きさだ。
「もう時間もねぇ。
あいつを探すのはここまでだ。
冷たいかもしれねぇが、無事を祈ろうぜ」
「…仕方ないですね。
じゃあ、出発しましょうか」
一人と一匹はそれぞれ助手席と運転席に乗り込む。中は広く作られており装備を付けた兵士でもぶつかることなく乗り込むことが出来るだろう。ルフトジウムはデバウアーの先端を天井に開いているエネルギー機関銃の穴から出すように斜めにして入れるとドアを閉じる。
カンダロはブレーキを踏みながら、手元にあるいくつかのスイッチを順番に押し、鍵を捻ると装甲車に積まれた水冷式の小型電磁パルスディーゼル複合星形エンジンに火が入った。
「頼むから安全運転してくれよ?」
「任せてくださいよ。
こう見えて僕は無事故無違反者なんです」
カンダロはサムズアップしてにこりと笑うとアクセルをガツンと踏み込んだ。突如、ガンという金属の音と共に、車の後部に置いてあった整備用資材置き場のコンテナが大きく動く。
「……おい」
ルフトジウムはカンダロを思いっきり睨みつけた。
「すいません、すいません。
ギアがバックに入ってました……へへ……」
慌ててギアを前進に入れ、照れくさそうに笑うカンダロだったがその笑顔とは対照的にルフトジウムの心中は穏やかではない。
「本当に大丈夫かよ……?」
「大丈夫ですよ、任せてください!
小さいころに習ってますから!」
「それが心配だって話をしてるんだけどな」
開幕の走り出しに問題はあったものの、カンダロがアクセルを踏み込めば装甲車は問題なく前進し、ハンドルを切った方向に素直に曲がるようになる。大惨事の形跡があちらこちらに残っている格納庫内部を二分程で抜け、すぐに赤い光が溢れ出す出口が見えてきた。そこから飛び出した瞬間、爆撃から身を守ってくれていた山は消え、直接的な脅威が文字通り降り注ぐようになる。
「ここからが本番だからな!
気合入れてくれよ!!」
「分かってますよ。
僕を信じてください」
「全く信じれないけど信じるよ!!」
時速八十キロで格納庫の入口から飛び出した一人と一匹の前に広がっていた光景はまさに絶望の一言だった。今しがた飛び出した格納庫は山の斜面に作られており標高が高い分都市の様子がよく見える。山の頂上に擦りそうなほどの低硬度を飛ぶ“ドロフスキー産業”の社章が付いた爆撃機が爆弾を腹からバラまき、爆弾が落ちた場所にはいくつもの赤い炎の花が咲いていた。自動迎撃用の火線がいくつか空へと撃ちあがっているが、多勢に無勢でその効果は薄そうだ。
中心街に聳えている超高層ビルは地震と爆発の影響でそのほとんどが虫食い状態になっており不安定だ。もし少しでも衝撃が加われば倒れてしまいそうに見える。都市のあちこちからは黒煙が空へ向かって登り、この都市がもう長くないことは自明の理だった。戦火を避ける為に我先にと逃げる住民の渋滞が無い事がリアリティを欠如させていたが、目の前で起こっているのは普通の都市なら毎回何万人から数十万人の死者が出る“企業間戦争”だった。
「派手にやってやがるな…。
おい、駅までの道分かってんだろうな?」
「はい。
しっかりナビを入れたので大丈夫です」
カンダロは誇らしげに端末を指す。
『このまま道なりです。
法定速度を守って、走行してください』
「…マジで心配だ」
ルフトジウムはさらに強く助手席のシートベルトを締め、体を椅子に強く押し付けた。
-凍てつく世界- Part 28 End




